第11話 新しい魔法少女の誕生

 桃絵もえとパレットが共に暮らし始めた次の日。

 パレットは学校について来たようで、


「ここに来たら、橙花とうかとも会えるよね!」


と主張していた。

 それがあまりにも純粋で嬉しそうに言うものだから


「仕方ないなぁ」


「他の人には迷惑をかけないようにしてね?」


と、桃絵も橙花もそのまま放置していた。

 実際、意外と常識的なパレットは大きな問題を起こさない。授業中は静かに校内を見て周り、昼休み時間は桃絵や橙花の側にいた。


 それから数日、桃絵はパレットを学校に連れて過ごした。


 そんなある日。

 おずおずと雷門らいもん檸檬れもん


「そ、そのぬいぐるみって何ですか?」


と聞いてきた。


「ず、ずっと……前から気付いていたけれど、こ、声をかけるのが怖かったんです」


怯えて震え、顔を真っ赤にしている。きっと、人と会話することに緊張する子なのだ。


「勇気を出したんだね、えらい!」


と桃絵は檸檬の勇気を褒めた。それに一瞬、びくっと跳ねた後、「えへへ……」と表情を緩めた。緊張よりも嬉しさの方が勝ったらしい。


「ぼくのこと見えるんだね!」


そう、パレットは嬉しそうに飛び跳ねた。

 不思議そうにする檸檬に橙花が不思議と見えない人が多いらしいことを伝えると、「不思議なこともあるんですね」と頷く。


「ええっと。モデルにして絵を描いてもいいですか?」


檸檬の提案で、昼休みに人気のない美術室で絵を描くことになった。


「ぼく、モデルになるのは初めてだなぁ」


と、パレットは落ち着きなくそわそわしている。

 それから30分後、


「どう……でしょう? もうちょっと描きたかったけれど、昼休みは短いし……」


そうおずおずとしながら、檸檬は絵を差し出した。

 そこに描かれていたのはふわふわそうなパレットのイラストだ。


「すっごーい!」

「可愛い!」

「ありがとう!」


それぞれが桃絵、橙花、パレットの感想。みんな檸檬の絵の上手さに目を驚いていた。


「放課後も、またきていいですよ?」


そう、檸檬は頬を朱に染めてみんなを伺い見る。


×


「このあたりかな? 魔法少女マギカの出やすい地域というのは」


 放課後、学校に『暗黒の国メディア・ノクス』のディエースがあらわれた。

 即座に『絶望デスペア』を召喚し、不幸ミセリアを周囲にばら撒きはじめる。


 『絶望デスペア』の登場に、周囲一帯に避難指示が出された。部活動を始めようとしていた生徒や教員達は急いで避難を始める。


「わ、わたしも避難しなきゃ……!」


一人、美術室に来ていた檸檬れもんも大事なスケッチブックをもって避難誘導に従おうとしていた。


「……あれ?」


だが、その途中で別の方向に走り出す橙花とうか桃絵もえを見かける。


「そ、そっちじゃないですよ!」


言いつつ、足を止める。怖いのでさっさと避難したかったのだが、せっかくの友達を見捨てたくなかった。


「うー!」


 逡巡した後、意を決して檸檬は橙花と桃絵の向かった方向に走り出す。


 だが。その先で見たのは、橙色と桃色に一瞬光った後に可愛らしい服に変わっていた二人だった。


「……え?」


そのまま、二人は窓から外へと飛び出していく。慌てて檸檬もその後を追った。


 そして、次に見たのは純黒の怪物や黒い恰好の細身の男性と対立する橙花と桃絵だった。


×


「わ、すごい……!」


「何だ?」


 二人の戦闘に目を輝かせていたその時、細身の男に気付かれてしまった。魔法少女マギカの二人は『絶望デスペア』の相手で手いっぱいでそちらにまで手が回らない。


「ふん。ただの人間か」

「わわっ!」


突如目の前に現れ、その衝撃で檸檬れもんはスケッチブックを取り落としてしまう。


「わ、わたしのスケッチブック……」


だが、細身の男の方が先にそれを拾い上げた。


「なんだ、これ」


檸檬の描いたイラストを細身の男は勝手に見ていく。そして


「くだらない」


と呟き鼻で笑った。


「……かえして」


「ん?」


「返して! わたしの大事なスケッチブック!」


「はぁ? 絵なんて何の足しにもなりやしないだろう。下らない」


「くだらなくなんか、ないっ!」


 直後。


——パァン!


 そう弾ける音と共に、檸檬の胸元からレインボーパクトが現れた。


「なに、これ……」


キラキラと輝くそれに、檸檬は目を丸くする。


「これ! 受け取って!」


とパレットが投げよこした指輪を受け取り、我に返った檸檬は、指輪とコンパクトを構えた。


「『レインボーパクト』!」


檸檬は声高らかに宣言する。

 そして、黄色の光と風の奔流に包まれ——


「俊足の雷! 明るい勇気の色、『トニトルスパイン!』」


ビシッ! とポーズを決めた黄色の魔法少女マギカがそこに居た。


「何だとっ!」


驚く細身の男をよそに、


「『イエロースパーク』!」


と、細身の男を指差し、黄色に輝く火花をトニトルスパインは放つ。


「か、返せばいいんだろ!」


それを避けたものの、慌てた様子で細身の男はスケッチブックを手放した。それをトニトルスパインがキャッチする。


「よ、よかったぁ……」


そして、トニトルスパインは召喚された『絶望デスペア』の方へ向き直した。


「みんなを怖がらせちゃう悪い子には、おしおき、なんだからっ!」


 きっ、と『絶望デスペア』を睨み、トニトルスパインは両の手の人差し指と親指を真っ直ぐにして『絶望デスペア』をその中に収める。


「『イエローサンダー』っ!」


可愛らしい叫び声とともに、轟音を伴う黄色い輝きの落雷が『絶望デスペア』に直撃した。

 土煙が立ち、それが収まった頃には『絶望デスペア』は居なくなっており、周囲が煌めきとともに修復を始める。


「く、そぉッ!」


悪態を吐き、細身の男は姿を消した。


×


 それからすぐに細身の男、ディエースは拠点に帰る。

 そこにはディールクルムとウェスペルが居た。


「結局、お前も負けたじゃない」


そう不機嫌にディールクルムは鼻で笑う。


「増えるなんて予想外だろう」


「また増えたのか」


不貞腐れるディエースにウェスペルが眉間を寄せた。


「次は私が行く」


とディールクルムが告げる。


×


「やったー、魔法少女マギカ仲間だねー」


「そうですね!」


 言い合う桃絵もえ檸檬れもんは、実に嬉しそうだった。


「パレットに友達が増えてよかった」


と、橙花とうかは微笑ましそうにその様子を眺める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る