第12話 2

 檸檬れもん魔法少女マギカに変身した日から数日後。

 とある昼休みに橙花とうか桃絵もえ、檸檬とパレットは図書館に集まっていた。元々美術室は授業で使う以外では滅多に人が来ないような、非常に閑散とした場所だった。だから、3人と1匹が集まって話をしても大きな問題はなかった。

 だが、本日は美術の先生が不在なのもあり、美術室は閉まっており中に入れなかったのだ。


 なので今日は図書室に3人と1匹は集まる。場所はなるべく人の迷惑が少なそうな端っこを選んだ。場所を借りるので、ついでにそれぞれが興味を持った本を手に取り持ち寄る。


「珍しい組み合わせね」


 と、不意に声をかけられる。見上げると森河もりかわ茶姫さきががそこにいた。彼女は同じクラスの図書委員会の少女で、大抵いつも本を読んでいるような子だ。


「あら、それ何かしら……」


 橙花達に視線を向けた後、彼女はパレットに注目する。


「見えるの?」


「もしかして、あなた達以外には見えないの?」


目を丸くした橙花達に、茶姫はおっとりと首を傾げた。

 橙花がパレットの姿が他の人には見えないらしいことを伝えると


「特別感があって面白いわ」


そう、茶姫はくすくすと楽しそうに微笑む。


「触ってみても、いいかしら?」


首を傾げ、茶姫はパレットに問うた。


「動物とか、あんまり触ったことがなくて。あなた、ふわふわで触り心地が良さそうだから」


「うん! いいよ!」


パレットから許可が下りたので、茶姫はそっとパレットの頭に触れる。おでこの辺りや長い耳の周辺、後頭部などをくりくりと撫でた。


「ふふ、やっぱりふわふわね」


「えへへー」


一通り撫で終えると、茶姫は「撫でさせてくれてありがとう」とパレットにお礼を告げた。


「また撫でても良いかしら?」


「うんっ!」


×


 その日の放課後。


「……この場所なら良いだろう」


と、黒い格好の女性、ディールクルムが図書館に現れた。

 それなりに人間の気配が多いこの場所なら、短時間で多くの『不幸ミセリア』が生まれるだろうと予想したのだ。


「ここは……書庫か」


周囲を見回して呟く。大半がデータ化した世界の『暗黒の国メディア・ノクス』にも、書庫の存在はあった。だが、大半の情報が手元の端末ですぐ済むので利用者はもうほとんどいない。


「読書する人間なら、さぞ深い『不幸ミセリア』を出してくれるだろう」


 おもむろに、近くにあった本棚に手を向けてきとうに一冊、本を抜き出す。


 そして『絶望デスペア』を召喚した。

 それからすぐに『絶望デスペア』を暴れさせ、本棚を倒し破壊して周囲の人間達を怯えさせる。


「くく。不幸のばらまき甲斐がある」


そうせせら笑ったその時。


「本は大切にしなきゃいけないんだよ!」


魔法少女マギカが現れた。


「前より増えてるっ?!」


 初めて見た時は橙色の魔法少女マギカだけだったが、桃色と黄色の魔法少女マギカが増えている。報告で聞いていたが実際に目にするとその驚きもひとしおだ。


「まあ良い!」


気を取り直し、「行け! 『絶望デスペア』!」と暴れるよう命令を下した。


 と。その時。


「……何、しているの」


「茶姫ちゃん!?」


思わずソムニウムピーチは声を上げる。


「その声は、桃絵さんね。じゃあそっちは橙花さんと檸檬さん、かしら」


「離れて!」

「危ないよ!」


フロースオレンジとトニトルスパインも、慌てて彼女に呼びかけた。


「いいえ。それよりも私には言いたいことがあるわ」


だが。茶姫は引く様子は無い。


「本を大切にしないなんて!」


そして、きっ、とディールクルムと『絶望デスペア』を睨み付ける。


「絶対に、ゆるさないわ!」


——パァン!


 そう弾ける音と共に、茶姫の胸元からレインボーパクトが現れた。


「これ、なにかしら」


キラキラと輝くそれに、茶姫は戸惑う。


「これ! 受け取って!」


とパレットが投げよこした指輪を受け取り、我に返った茶姫は、指輪とコンパクトを構えた。


「『レインボーパクト』!」


茶姫は声高らかに宣言する。

 そして、緑色の光と風の奔流に包まれ——


「爽やかな安らぎの葉! 癒す心の色、『フォリウムミント!』」


ビシッ! とポーズを決めた緑色の魔法少女マギカがそこに居た。


「な、なんてこと?!」


またしても増えた魔法少女マギカにディールクルムはショックを受ける。もはや『本で召喚しなければよかった』と小さな後悔が首をもたげたところだった。


「『グリーンリフレクト』っ!」


 緑のドーム状の物体が『絶望デスペア』の動きを阻む。そして、これ以上図書館内を破壊しないようにした。


 そして、両の手の指を真っ直ぐに伸ばして揃え、両手の人差し指と親指で輪を作る。


「『グリーンブレス』っ!」


 途端にそこから噴出した緑の輝きに『絶望デスペア』が包まれ、周囲に爽やかな風が吹き荒んだ。


 それが止んだ頃には『絶望デスペア』は消え去っており、周囲は煌めきと共に元の姿へと修復されて行く。


「つ、次こそはっ!」


そう捨て台詞を吐き、ディールクルムは姿を消した。


「よかった。本達も元の姿に戻ってくれて」


 周囲を見回し、フォリウムミントは安堵する。それと同時に魔法少女マギカ達の変身も解けたのだった。


×


 ディールクルムは意気消沈して拠点の洋館に戻った。

 そこには、当然のようにウェスペルとディエースが居る。


「ま、魔法少女マギカが増えた」


 そう、ディールクルムは端的に報告した。


「あと、本を使った『絶望デスペア』の召喚は控えた方がいい……」


そう言い捨て自室へ戻って行く。


「じゃあ、次は俺が行く」


とウェスペルは淡々と告げ


「好きにしろ」


とディエースは興味なさそうに本に視線を落とした。


×


魔法少女マギカ仲間、増えちゃったねー」


と言い合う桃絵もえ檸檬れもんはとても嬉しそうだった。


「じゃあこの子ももっと撫で放題、ってことね」


と、茶姫さきも上機嫌にパレットを撫でる。


「ふふー茶姫は撫でるの上手だねー」


パレットも満更でもなさそうだ。

 その様子を、橙花とうかは微笑ましげに眺めるのだった。

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