第5話 4

「ぼくのこと、助けてくれてありがとう!」


 と、生き物が橙花とうかの元へ飛んで近寄る。


「君、マギカだったんだね」


そして嬉しそうに橙花の周囲を飛び回った。


「マギカ……って?」


疑問を口にすると、生き物はゆっくり止まり橙花の顔が見える位置に移動する。


「変身して、『絶望デスペア』……えっと、真っ黒な大きな怪物と闘える存在のことだよ。魔法少女、って言った方が分かりやすいかな……」


「ふぅん……」


どうやら自分は魔法少女マギカらしい、と橙花は頷く。


「ところで、きみは何しにここに来たの?」


目の前の生き物みたいなものを橙花は今まで他に見たことはなかった。なので、何か目的がありそうだと考えたのだ。


「君くらいの年の、女の子を探してたんだ」


「探してた?」


どうして、と首を傾けて話の続きを促す。


「せっかく幸せの力、『フェリキタス』をばら撒いたんだから適合者を探せ、って言われて」


「……適合者?」


「うん。『幸せフェリキタス』の力でマギカになれる女の子を探してたんだ」


「でも、ぼくが見えない人がいっぱいだからどうしようかなって思ってたの」としょんぼりと項垂れる。

 そして、視線を下げた先で何かを見つけた様子で顔を上げた。


「ね、その指輪って……」


「え、これ?」


釣られて橙花は自身の右手を持ち上げ見る。右手中指に嵌った指輪は、そこの生き物にも見えるらしい。


「急に現れて、指にはまったまま抜けなくなっちゃったんだよね」


そして、素直に答えた。目の前の生き物はただの大学生である葦月いつきと違い、指輪については隠さなくても問題はなさそうだと考えたからだ。

 それに、橙花が魔法少女マギカになれることと関係があるとも解った。


「じゃあ、君はもう立派な魔法少女マギカなんだね」


そう、生き物は感心した様子で頷く。


「どういうこと?」


「えっと。ぼくが探してるのは、まだ魔法少女マギカじゃない少女なんだ。じゃなきゃ契約が出来ないから」


「契約?」


「うん。変身できる前の子と契約して、きみのそれみたいな指輪を作るの」


「へぇ」


「指輪がない状態の魔法少女マギカは不安定で、力が安定しないらしくて」


だから、すでに指輪を持っている少女とは契約はできないし、指輪を持つ少女は立派な魔法少女マギカということらしい。


「ところで、どうやって適合者の女の子達を探すの?」


姿が見えないのならば営業マンみたく出会う少女達にいちいち声をかけることはできないだろうし、仮に見えたとしても不審物や珍しい生き物として怖がられたり面白がられたりするだけだろう。


「うーん、考えてなかった……君くらいの年の子がいっぱいいる場所を知らない?」


 困った様子で橙花に問いかけた。


「……平日なら学校、休日ならショッピングモールとかかなぁ」


「そっか! あの大きな建物のことだね!」


 生き物は顔を輝かせる。視線の先を見ると、夕陽に染まるショッピングモールが見えた。


「うん。学校は向こうの方とかにあるよ」


ついでに周囲の学校の情報も付け加える。「ありがとう! 明日から探してみるよ!」と生き物は嬉しそうだった。


「そういえば、泊まるところとかどうするの? 今日ここにきたばかりっぽいし、1日じゃあ見つからないでしょ、多分」


「あ、そうだね……」


今晩をどう過ごすのか問うと、みるみるうちにしぼんでゆく。その様子を見て、「仕方ないなぁ」と、橙花は小さく息を吐いた。


「わたしのお家においでよ。1週間くらいは置いておけると思うし。学校にもこっそりならついてきても良いよ」


「ほんと!」


「うん。まあ出会ったのも何かの縁だし」


 1週間くらいならば色々と鈍い両親も気付かないだろう、と踏んでいる。橙花の指輪にもなんら反応を返していないので、大丈夫なはずだ。


「こっそりついていくのは大丈夫だよ! ぼく、普通の人には見えないみたいだし」


そう、生き物は喜色ばんだ声で答える。どうやら、橙花の家に泊めてもらえることが大分嬉しいらしい。


「うーん、大丈夫じゃないかも。導引さん、指輪に気付いてたし……」


先程のやりとりを思い出し、橙花は少し声を落とした。そして、もう家に帰り着いてる頃だな、と思い至る。

 それに目の前の生き物が彼に見つかったら、ろくな目に遭いそうにないな、となんとなく直感する。


「いつも大体真っ黒い服の人で近所の大学生なんだけど、たまに家庭教師としてうちに来るから。気を付けてね」


たまに勝手に母親が家に上げていることもあるので、テスト期間外でも油断は出来ない。

 一体彼の何が良いのだろう、とはなはだ疑問であるが、顔が良いからかな、と結論を出した。


「そっか……きっと、よく見える人なんだね」


「そうかも」


以前、『幽霊を信じるか』等の話をした際に「幽霊ってあの少し気配が薄い人間や生物のことですか」と聞いていたので、多分色々と見える人なのだろう。


「あ、ぼくパレットっていうんだ。君の名前は?」


ふと思い出した様子で生き物、パレットは橙花に聞いた。


「わたしは、立花橙花」


「既に変身してる子とは契約はできないから、きみとはお友達だね!」


「そうだね。よろしくね、パレット」


そうして、二人は握手を交わした。

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