第2話 世界は動き出す
やけに赤い夕陽だと思っていた。その空を眺めて、不意に湧き上がった不安に少女は足を止める。
少女の名は
ただの中学2年生だ。
部活動の帰り道で、家に向かう途中だった。
唐突な爆発音に体が震える。
「クク、フハハハ! もっと壊せ! 破壊し不幸を振り撒くが良い!」
その声に顔をあげた。
そこには赤い空を背に電柱に腰かけた異様な男が居る。
長い銀髪を夕陽に煌めかせ美しい顔を持った、虚ろな闇のような男が。
姿の美しさに、一瞬だけ見惚れた。それは否定できない。
だが、こんな惨状を嗤う者が居るなんて信じられないと思った。
だから。忘れないように、男の事を目に焼き付けておこうと思った。この悔しさを忘れないために。
どこまでも緋い夕焼けに苦しみ、悲しみを募らせていたその時。
不意に何か胸の辺りで光り、可愛らしいコンパクトケースとオレンジ色に輝く指輪が現れた。
それを手に取った直後——
「『レインボーパクト』!」
橙花は叫ぶ。
かけ声に応呼し、コンパクトが虹色に光る。それから橙花を中心に周囲に強い光と風の奔流が起こった。
「『オレンジ・フラワー』!」
強い光と風の奔流の中で、橙花はコンパクトを開き、内蓋の丸型ミラーに自身の姿を映し取る。すると彼女はオレンジ色の光に包まれ、衣服が変化する。
それから虚空より現れた、オレンジ色に輝くリボンが腕や胴体、脚部へと巻きつき、花びらのような粒子を溢しながら衣装へと作り変わってゆく。
腕に巻き付いたものは手袋や長袖の上衣へ、脚部に巻き付いたものは太腿丈のストッキングソックスへと。
胴体に巻き付いたものは胸元の飾り付きのリボンや細かな意匠を作りながら変化した。
出来上がった衣装は橙色と白を基調とした、フリルやレース、リボンたっぷりの可愛らしいブレザー風のロリータ。膝上丈のスカートとフリルカフス、手袋、シュシュで結われたサイドテールが特徴的だ。
「元気になれるビタミンカラー、幸せを告げる『フロースオレンジ』!」
ビシッ! とポーズを決めた所で、橙花、いや『フロースオレンジ』は我に返る。
「——え?」
気付けばオレンジ色を基調とした可愛らしい服を身に付けていた。
「何これ!?」
「何だ?」
彼女が戸惑う合間に、男が気付く。
「
呟き、男は「行け、『
「えっ!」
巨大な、純黒の怪物がこちらに向かって行く。
「踏み潰せ」
淡々と男はそれに命令を下した。
「わわっ!」
思わず顔を逸らし、両手を前方に突き出した。
——ズドン
鈍い音がして、地響きが起こる。
「……あれ」
衝撃が来ないことを不思議に思い、目を開けると怪物が後方に転がっていた。
「もしかして、わたし、あの怪物を押し除けたの?」
ちら、と男を見ると、男も戸惑っているように見えた。きっと、これはあの男にとっても不可解なことなのだ。
もしかすると、あの怪物を倒せるかもしれない。そう、フロースオレンジは直感する。
「いや、倒す!」
そう叫んだ時、手元に白い銃らしきものが現れる。両手で持てる大きさでオレンジ色のラインが入った、可愛らしい丸っこい形状の銃だ。
「よしっ、これなら!」
白い銃を構えると、照準器が銃に現れる。
狙いを定めると翼のような形のハンマーが下がった。そして、
「『オレンジ・ショット』!」
叫び、怪物に向かって引き金を引く。
刹那、ハンマーが跳ね上がり、オレンジ色の煌めきが高速で発射された。
着弾したと同時に爆発が起こる。
怪物が苦しそうな声を上げたので、効果があったのだと自覚した。
そしてどうやら、この不思議な道具達に触れると、技名が勝手に口から出るらしい。
「でも、これじゃあまだ足りない」
もっと高威力なものを。
そう願った時。
銃が輝きロケットランチャーのように巨大に細長く変形した。
構えると、先ほどと同様に照準器が現れ、怪物の姿を映す。きっと、狙う対象が映ったら確実に直撃するのだ。そう、直感した。
「『オレンジ・バースト』っ!」
叫び、引き金を引く。
直後。
より高威力で太い光線が怪物へ発射された。
そして、光線が消えた時、純黒の怪物は姿を消していた。
「……やった!」
怪物が消えると同時に、破壊された周囲が煌めき出し、壊れる前の形状へと戻り始める。
ドサ、と崩れる音に振り向けば、サラリーマン風の男性が倒れていた。
「……初手にしては、かなりのデータが取れましたね」
呟き、男は姿を消した。
「……何だったの、さっきの」
気が抜けぺたりと座り込んだところで、するすると衣装が解けて光となって消え、みるみるうちに元の姿になって行く。
変身が解けたらしい。
周囲を見ればまだ赤い夕焼けが世界を照らしていた。少し暗くなっただろうか。
「あ、早く帰らなきゃ!」
急いで身支度を整え、人が集まる前にその場を立ち去る。
後で、妖精達が世界に『不思議な力』をばら撒いたおかげで、突如現れた怪物に対抗する強い心を持ち合わせた少女達に力が授けられたのだと知った。
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