第7話 2

 午後の授業は図書室で本を読む時間だった。

 広い図書室に1クラス分の生徒がまばらに散る。

 受け付けの方を見遣ると茶姫さきが図書係として座っており、本を借りに訪れるクラスメイトに貸し出しの手続きを淡々と行っていた。

 ちょうど、雷門らいもん檸檬れもんが本の手続きをしているところだ。

 彼女はクラスの隅でひっそりと絵を描いている子である。思いのほかたくさんの本を借りている様子だった。


 ふと視線を横に向けると、ぼんやりしている桃絵もえがいる。どうりで何となく静かだと思った、と小さく息を吐いた。だがそのまま放置する訳にもいかないので、橙花とうかは小声で声をかける。


「どうしたの?」


「え。な、なんでもない」


桃絵は慌てて本に視線を戻した。

 なんとなく怪しく思うけれども、特に問い詰めても答えなさそうだったのでやめる。全員が本を借り終えたことを確認した後、学級委員長の藍華あいかが司書の先生にお礼を言っていた。


 そして放課後。

 クラスの人が居なくなったころ、橙花は教室でパレットと合流する。


「どうだった?」


「誰も、ぼくが見えないみたい」


としょんぼりと項垂うなだれ、パレットは悲しそうな表情をした。

 どうやら、今日は魔法少女マギカになれそうな少女を見つけられなかったらしい。パレットは、まずパレット自身の姿が見える子を、と思っている。橙花もそれで問題はないだろうと思っているが、パレットの姿が見える橙花自身と見えない周囲との違いは何だろう、と思考してみる。

 橙花は魔法少女になったから、パレットを見ることができるのなら。


「うーん。まだ、1日目だしそんなに落ち込まなくてもいいと思うよ。それに、今から部活動もあるし、きみも色々見て回ってみたら? 違う面が見られるかも」


そう、橙花は明るく声をかける。

 部活動中は授業中と違い、少々よそ見をする生徒も多くなるだろう。だから、よりパレットを見つけやすくなるのでは、と思っての提案だった。


「あ、でも、怪我とか気をつけてね、みんなには見えないんだし」


ボールとか当たったら大変だからね、と橙花はパレットに言い聞かせる。


「……うん。ありがとう」


「じゃあ行ってくるね! 帰りは体育館裏で待ってて、先に帰ってても良いけど。5時半くらいだから」


「待っとくよ。一緒に帰りたいんだ」


「そっか、ありがと」


そう言い、橙花は体育館の方へ駆けて行った。


×


 そして、橙花とうかと別れたパレットは、橙花に言われたとおりに部活動の様子を見て回る。

 授業中とは違い、パレットの方向を見る者も数名はいたように思えた。だが、すぐに視線が逸らされる。

 きっと、偶然だったのだ。


 例えば、校庭で活動をする運動部。

 そこで活動する彼らは授業中より楽しそうに、それでいて真剣に活動に打ち込んでいた。だが、女子よりも男子の方が多い印象を持った。


 校内で活動する文化部。

 そこで活動する彼らは和気藹々とリラックスしているように見えた。より集中して周囲を見ていない者もいた。


 校内で活動する生徒会。

 彼らは学校の運営をする者達だ。真剣な様子で会議をしていたので、そっと覗くだけで足早に離れた。


 体育館内で活動する運動部。

 そっと窓辺から中を覗き込む。だが、誰も気付くことはない。

 それはどこを見ても同じだった、ように思う。


 それはまるで、自分だけがこの世界から弾き出されたかのような寂寥せきりょうを感じさせる。

 ふと、体育館の窓から中を覗き込んだ時、丁度、橙花と目線があった。

 すると、彼女は手を振りさえしなかったが、微笑んでくれる。


 そのことに、心底安堵した。


「(本当に、マギカの元になる子が、あの子以外に居るのかな……)」


そう、不安が過る。

 パレットはただ、上司にあたる存在に『マギカと契約し指輪を渡せ』と言われただけなのだ。そのあと、この世界を侵略しようとしている『暗黒の国メディア・ノクス』の者達をマギカ達と共に排除する。それは決定事項。

 マギカの人数など聞いていないので、それが一人なのかそれ以上なのかも知らない。


「(どうして、あの子は指輪を持っていたんだろう)」


疑問が過る。

 通常、『幸せフェリキタス』が溢れた少女がマギカに変わる時、パワーアップ用のアイテムが片方だけ現れるはずだった。その不安定な姿を『幸せフェリキタス』の制御ができる妖精と契約を交わし、対象者の『幸せフェリキタス』で制御用の指輪を生み出す。

 その決まりを無視した存在が居たなんて。


 きっと、それをそのまま上司に報告してはいけない。そう、パレットは直感する。

 彼女を大切に思うなら、パレット自分と契約した風に見せかけて、彼女の特異性を隠すべきだと。

 そうなると、やはり早いうちに新しい魔法少女マギカを探さなければいけない。

 橙花が魔法少女マギカとしてより目立つ前に。


「(……だけど)」


結局、今日は見つからなかった。すごく、焦燥感と落胆に襲われる。

 確かに、『幸せフェリキタス』はこの地域を中心にばら撒かれたはずだったのに。


「どう? 見つかった?」


「うーん……」


ちらほらと、多めに『幸せフェリキタス』にあふれた少女達は居た。だが、彼女らが魔法少女マギカとして覚醒するにはやや量が足りない。そもそも、パレットの姿に反応を示す者もいなかった。


「じゃあ帰ろっか」


「うん」


ごめんね、とパレットは小さく謝るが、「気にしなくていいよ、また明日探そう?」と、橙花は明るく答える。


 それから数分後。


「……あれ? このあたりにいたと思ったんだけどなぁ?」


そう、桃絵もえが首を傾げたのだった。

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