あの時の失敗①
康二が部室のドアを開けようとすると、中から怒声が聞こえた。
「てめーらだろうが! 他に誰がやったっつーんだ、ああ!?」
監督だ。普段は何を考えているかもわからない顔をしているが、一度怒らせるとねちっこくて面倒になる。
「生意気に中坊がヤニ吸いやがって、俺に迷惑かけんじゃねぇ!」
「させんしたっ」
「したっ」
「で、誰がやったんだ」
沈黙。
「黙ってたらわからねぇだろうが!」
大きな音が響く。何かが転がり、壁に当たる。
「ヤニ吸ってんのはてめーらしかいねえだろ! 誰がやったって聞いてんだよ!」返事がない。苛立った監督の声が響く。「じゃ、てめーら全員か」
「やってないです」
「じゃ誰なんだ」
「わかりません」
「わからねぇじゃねぇだろうが!」今度は金属が響く音。ロッカーだろうか、スチールの椅子だろうか。「あんなゴミ箱に火をつける奴なんていねえだろ! てめーらの誰かが吸い殻捨てたんだろうが! はっきり言え!」
「わかりません」
「いいか、いまこんなクソくだらねえことで部活禁止になってみろ、中体連どころじゃねえぞ。とくに山崎、万が一テメーが抜けたらピッチャーがいなくなる。言ってる意味わかるな?お前じゃねえよなぁ?」
「自分、違います」
「よーし、じゃあ
「違います」
「なるほど、じゃあ
「自分も違います」
「うるせえ! お前だ! 鳥飼と山崎は抜けさせられん、もうお前が行け」
「自分、や、やってません」
「知らねーんだよこっちはぁ! てめーらの誰かなんだ! さっさと決めろ!」
静かになった。落ち着いたのかとおもったら、また金属音が響いた。
「自分、変なやつを見ました」これまで聞いたことがない、生田の遠慮がちで震える声が聞こえた。
「……はぁ?」
「ヒョロい一年坊が、ゴミ箱のとこで何かやってました」
「おいおい」見えないが、生田の襟元を掴んでいることが分かる。生田のうめく声が聞こえた。「適当こいてんじゃねーぞコラ。俺を舐めたらどうなるか分かってて言ってんのか?」
「見ました、本当に見ました」
「どんなやつだ」
「今まで見たことないやつです、ヒョロくて、背が低そうで、猫背の、髪が長いやつです。運動部では見たことありません」
……嘘だろ?
「らしいこと言ってんなぁ?じゃあそいつ連れてこいや」
「その……誰かまではわかりません」
康二には分かった。
昨日の晩、健流からメッセージが来ていたのだ。『あれは反撃の
今日だって、健流は特に何を言うわけでもするわけでもない。いつも通りに授業を受け、一緒に食堂に行って、最近読んだ小説について話した。強いて言えば、サンタのプレゼントを待つ子供のように少しだけそわそわしていたような気もする。
が、今になってわかった。
『ゴミ箱に火をつける』。煙草を吸っている奴が疑われている。……あいつの『狼煙』だ。
思えば、野球部での扱いについて健流に相談してから彼の様子が少しおかしくなった。僕に任せておけ、今に良くなる、もう少しだけ我慢してくれ、迷惑かけた、と妙に威勢がいいというか気負ったことを言うことが多くなった。
仕掛けたのだ。
康二と健流は同じクラスだった。互いの読書趣味が似ていたため、ミステリー談義をすることも多かった。とりわけ彼は『
あいつは大好きなトリックを仕掛けたのだ。煙草の不審火で出火したように見せかけた。そうして煙草を吸う喫煙者を犯人に仕立て上げて、野球部から追い出そうとしている。
確かに、道筋は悪くなさそうだった。実際、煙草を吸っている奴らが疑われて、まさに思惑通り犯人に仕立て上げられようとしている。
だが、あいつ、馬鹿か! 姿を見られてるじゃねーか!
「そこまで言うなら探してこい」半笑いの顔だろう。声でわかる。「いいか、そいつを見つけられなかったらお前が犯人だ。部活も辞めてもらう。それでなんとか辻褄を合わせて部を中体連には出す。分かってんな?」
まずい。退部と3年最後の中体連を
くそっくそっ、あいつ俺に何も言わずに先走りやがって、本当に面倒なやつだ。
「取り込み中だ、出てろ」
気が付けば康二は部室のドアを開けていた。部屋の中は荒れていた。康二が来る前から柳田は暴れていたのだろう。椅子も長机もゴミ箱も床に転がっている。暗くて見えないがロッカーもボコボコにへこんでいるはずだ。ドアを開けても3年達は
これ以外、もう何も思いつかない。
「お……俺がやりました」
全員が注目した。
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