『名無しの探偵団』
「一ノ瀬がスケープゴートを受け入れた理由は、たぶんタスポだ」
タスポとは、煙草の自動販売機で買い物をするために必要なカードだ。当然未成年者は取得することはできない。
「一ノ瀬は野球部の先輩連中に煙草を買いに行かされていた。彼はコンビニで煙草を買うこともできないし、通販でも免許証の写しがいるからそれも無理。自動販売機でタスポを使うしかない。彼の兄姉か親がタスポを持っていて、それを勝手に使った。
問題なのは未成年者喫煙禁止法だ。この法律は『煙草を吸った子供』を罰するものではなくて、子供が煙草を吸ったり買ったりするのを『防止しなかった大人』を罰するものだ。子供がタスポを持ち出せる状態にしているということは、煙草を容認していたのじゃないかと疑われるということにもなる。そうなると監督者たる両親や兄姉が罪に問われる。大した内容じゃないけど、書類上は犯罪者になってしまう。一ノ瀬は家族を人質に取られて、生贄になることを受け入れたんじゃないだろうか」
もしくは、あの気が強い少年が屈服するような暴力。精神的支配。晶はそれを口にすることはできなかった。
「……いずれにせよ脅迫か、それに似たものがあったんだろう」
「もし、もしそれが本当なら……許せない」
健流の拳が強く握られるのがわかった。
「そうはいうけど、お前も彼が煙草を買えるのを知って、じゃあついでに僕のも、なんてやったんだろ。そうでないとブログにあれだけの種類の煙草を短期間で載せられるわけない。しかも自販機では買えないような缶入りのピースや海外煙草は『都合で用意できなかった』とご丁寧に書いている。あれは不用心だったな。未成年だけど自販機で買ってます、と言っているようなものだ。
気付かなかったとはいえ、無法な先輩と同じことをしていた。まさかあの気が強い一ノ瀬が虐められているなんて思わないからな。そんなことも今回の騒動を引き起こした理由のひとつだろう?
最初から相談してくれればこんな回りくどいことをしなくてすんだのに。もしくは、まぁ正攻法か。なるべく身バレを避けながら教師に報告するとか」
普段であれば、健流も晶の遠慮がない発言には慣れているから、かつてのように、いつものように聞き流せただろう。
しかし今日はダメだった。相変わらず無遠慮な晶の言葉に、どうしても反論したかった。
「……ひとつ、付け加えないといけないことがある」
さっきまで乾いていた健流の声が、湿り気を帯びていた。
「正攻法ならもうやった。学年主任に3年の野球部員が煙草を吸っていることを告発した手紙をだしたんだ。いじめのことも、
ため息をついて、バカみたいだよな、と付け加えた。
「学校側が早々にボヤの犯人を生徒と決めつけたのは僕の告発があったからだよ。既に喫煙者が野球部にいることがわかっているから、火をつけたのは生徒だと学校は考えた。でも、ここまでならまだいいよ。あのクソ野郎の3年どもが野球部からいなくなれば、康二はもう少しマシな部活ができたはずだったのに」
肺の空気を最後まで吐き出すように言葉を続ける。
「でも、まさか、畜生、康二になすりつけるなんて。そこまで腐ってた……なんて。そこまで僕たちを馬鹿にしてたなんて、思わなかった。あの顧問も……学年主任も……畜生、僕たちを……」
晶は言葉が出なかった。健流の震える肩に触れるべきかどうか、迷った。彼を助けたかった。右手で、肩を優しく掴んだ。
「僕のほんとうの、最大の誤算はね、僕自身が大人を信じていたことだよ」涙と一緒に吐き出した。「信じたらだめだった。忘れてたよ。浮かれていたんだな。綺麗な中学校、優しい先輩、素晴らしい先生。相談したら親身に対応してくれる。わからないことはちゃんと最後まで教えてくれる。学校のパンフレットをそのまんま信じてた。ほんと、馬鹿だな僕は」
健流は……『
勇気ある友達の震える声と息を聞きながら、晶は考えた。自分だって、基本的には大人は信用しない。生きるための利害が絡むと、大人は子供の都合よりも生活の都合を取る。仕方ないことでもある。判断基準が違う。
だけど、中にはちゃんと子供の信用に応えてくれようとする大人もいる。前の事件もそうだった。榛菜が担任の先生を助けるために奔走していて、それを手助けするためになし崩し的にその先生を「信用する」はめになった。その教師が嫌いだというわけではなかったが、正直なところ、期待してなかった。どこかで抜けていく。どこかで止める。どこかで逃げ出す。でも、あの担任は最後まで投げ出さずに一緒にやってくれた。そういう大人もいることを、今では知っている。
健流はまだ知らないだけだ。自分を責める必要などない。彼は間違っていない。
それに、頼れるのは大人だけじゃない。
「……最近僕も知ったんだが、ごく僅かながら信用できる大人も居るらしい。結局、大人だろうと子供だろうと、その人自身を信用できるか都度都度判断しないといけないんだ。面倒だけどね」
「僕には……そんな大人はいないよ」
「だったら僕を信用しろ」掴んでいた手に力を込めた。「いいか、もう一度言うぞ。大人だろうと子供だろうと、その人が信用できるのか、それに値するのか、自分で判断するんだ。大人にそんな奴がいないなら、僕はどうだ? 僕は信用できないか」
晶は健流の正面に立ち、向き直った。今度は両手で健流の両肩を掴んで、しっかりと目を見た。
「お前も言ってたろ、僕は探偵だ。自分では科学者のつもりなんだが。最近じゃあ塾で知り合った友達と合わせて探偵団扱いされてるんだ。相談相手にはぴったりだろ?」
「……探偵団だって?」もしかしたら今日一番の驚きの声だったかもしれない。「あの灰野晶が?」
「……うん」
急に恥ずかしくなって、肩から手を離した。
「……信じられないな。なんて名前だい? 灰野少年探偵団? いやいやあれか、塾の名前から取って六本松
「調子が出てきたな」苦笑する。「名前なんてない。ただの寄せ集めの探偵団さ。誰も名前なんて呼ばないし付けたりもしない。言わば名無しの探偵団かな。まぁ、僕にはそれくらいがちょうどいい」
「目立つのは嫌いだって言ってたからね」小学生の頃を思い出したのか、目を
晶は再び隣に並んで座った。さっきよりも少し居心地が悪い。そういえば、鞄の中に缶珈琲を入れていたのを忘れていた。落ち着くために取り出し、プルタブを開けた。苦味が気分を覚ます。健流も自販機で買った紅茶を飲んだ。そうやって、お互いに落ち着くまで二人で黙って過ごした。街灯が薄く照らす中で、海風が二人を撫でるのに任せていた。
「うらやましいよ」まだ3ヶ月程度しか離れていない友人は、寂しそうに呟いた。「僕には康二しか友達はできなかった。彼とも話せなくなったら、学校はつまんないだろうな」
「学校が全てじゃない」晶も中学生になってからの3ヶ月を思い、言う。「塾に通い出して気付いた。学校なんて狭いよ。学校に居場所がないなら他に作ればいい。塾だってそのひとつだ」
晶は立ち上がった。硬くて冷たい石のベンチのおかげで尻が痛い。
「こんな時間に呼び出して悪かった。もうすっかり夜だ。帰るにはいい時間だけど」健流に向き直って言う。「さぁ、これからどうするか考えないと」
「考えるったって……もう打つ手はないよ。先生も信用できない、康二とも連絡がつかない、頼みの事件も見破られてしまって、あいつらを犯人に仕立て上げられそうにもない」俯いて両手で顔を覆った。「僕は何もできなかった。これで終わりだよ」
「いや、終わりじゃない」はっきりと言った。「ここまで来たならもう成り行きだ。一ノ瀬康二を助けなければ」
「でも、どうやって」
「僕もまだ考え中だ。でも全く当てがないわけじゃない」
「当てが……いったい、どんな当てがあるんだい?」
「決まってるだろ」晶は不敵に笑いながら健流を見た。「探偵団のメンバーさ」
——特別加点対象——
⬜︎健流の煙草の入手経路について疑問を持った(この時点で一ノ瀬との関連を疑っていなくても可)。
⬜︎健流のブログ情報から、自動販売機以外から購入ができないことを推測した。
⬜︎健流自身はタスポを入手できなかった可能性が高いことに気付いた(『健流の家族に喫煙者がいれば、わざわざ匂いを気にしてベランダで撮影する必要がない』『写真撮影に手間をかけていない様子から、急いで撮影しているか隠れて撮影しており、家族の理解を得られていない』など、喫煙者が身近にいない=身近にタスポがないことを推測できていれば可)。
⬜︎『番号付き』のセリフから、一ノ瀬が日常的に煙草を買わされていることに気付いた。
⬜︎一ノ瀬の立場から、購入方法は健流と同様にタスポが最も現実的であると推測した。
⬜︎二人とも煙草の購入という点で協力(もしくは依存)関係を取り得ることに気付いた。
以上を3つ満たしていれば加点。
健流が晶に意図して接触したことに気付いた(配点20)
⬜︎自宅謹慎中にもかかわらず、人目につきやすい時間に外出していることに違和感を持った。
⬜︎メッセージログや会話などから、健流が誘導を試みていることに気付いた(曖昧な根拠でも可)。
以上をひとつ満たしていれば加点。
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