証拠集め②
さくらはずっと悔しかった。
探偵団のなかで自分だけが助けられる側のような気がしていた。晶が推理して、凛太郎が行動して、榛菜が方法を提案して……そうやって前回の事件は解決した。自分は助けられる側だった。
あの事件を解決した後も、中学校ではさくらはやっぱりまだ引っ込み思案な女の子だ。クラスでも話し相手は少ないし、体育の時間は誰と組むかいつも冷や冷やしている。図書室で榛菜と二人、もしくは一人で過ごす昼休みが一番心休まる時間である。
そんな彼女でも、六本松修学館に来ると何故か少しばかり解放的になる。誰にも感情をはっきりと見せたことがなかった彼女の、隠していた一面を知っている友達がいる。中学校と違って塾の中では、彼女は自分を少しだけ見せることができた。
そんなとき、彼女を助けてくれた晶が困っていた。晶の友達が困っていた。やっと自分が名無しの探偵団の一員になれるチャンスが来たような気がした。
今度はわたしは助ける側なのだ。だから、できるだけ、いや、できないことでも頑張りたい。
部室棟の濃ゆい影に隠れて、ちょっと重たいカメラを構えるだけだ。もっと頑張れる。
「おい! なにやってんだ!」
グラウンド側から声がした。その瞬間、三人目が振り向いて顔をはっきり見せた、同時にさくらはすぐにカメラを引っ込めて、カバンに放り込んだ。写せた。しかし気付かれたかもしれない。それより今の声は……。
「お前なにやってる!」
声がする方を見た。グラウンドの出入り口に、さくらを指差している野球部員がいる。
おかしい。危ない時は凛太郎が教えてくれるはずだった。彼の声はしなかった。どうして? と、耳元へ思わず手をやって、やっと彼女は気付いた。イヤホンがない。……イヤホンがない!
カメラのストラップを首にかけた時にひっかけて落としたのだ、と気付いた時にはすでに窓が大きく開かれていた。
「誰だ?」
目があった。その3年生は、体格が良く、もう大人とも言える体つきをしていた。窓枠を乗り越え、さくらの前に立つ。小柄なさくらに対して頭二つ分は大きい。鼻に皺を寄せ、目を細めて、煙草臭い息を吐き、腰をかがめ、首を傾げながら、さくらの顔を舐め回すように見る。
「誰だ?」
さくらは初めて、恐怖で舌が痺れると声が出なくなることを知った。
一歩後ずさる。3年は一歩追ってくる。顔の距離は縮まらない。
「誰だ?」
さらに一歩下がる。また追ってくる。
グラウンドにいた野球部員も集まってきた。
「誰だ? おい」
さらに下がった。もう振り返って走り出したいが、舌と同じように足も震えてろくに動いてくれない。動いたところで体格のいい男子たちから逃げられるわけもない、という若干の理性も彼女の足を止めさせた。恐怖も理性も逃げられない、と彼女に伝えている。彼女の大きく開いた目と口の中が急速に乾いてきた。それに反応して、目を守ろうと涙が溢れてくる。
「誰だって聞いてるだろ?」
何か喋ろうとして口を開けるが、乾きと震えで何も出てこない。
「お前、何をーー」
「そいつ、知ってます!」
「俺のクラスで、あー、先輩のファンなんです! 多分、顔を見たかったんだと思います! 今日、練習するって言ってたんで、勝手に来たんですよきっと!」
集まっていた野球部員がどよめいた。
「まじ? うそだろ?」
「生田先輩に……?」
生田が振り向くと、すぐにどよめきはおさまった。
「一ノ瀬。本当か?」
一団の後ろにいる康二に声をかけた。いち早く部室から飛び出して、駆けつけてくれたのだ。
「はい。先輩の
「まじか」
またさくらを見た。
驚いたことに、さっきまでの威嚇的な態度はなりをひそめ、口元がニヤついてさえいる。
「本当に?」
生田の煙草臭い息に窒息しそうになりながら、さくらは必死に首を縦に振った。
「そ、そうだったか。それは、驚いた」
露骨に顔を赤くして、坊主頭をがしがしと
「いやー、怖がらせてたら悪かったな。そうかそうか。きみ、名前は?」
さくらはまだ恐怖で声が出せない。口をあわあわ動かしている彼女を見て、文句を言いたげに康二を振り返った。
「あー、照れてるんですよ、いきなり近くに来られたんで、びびってるんです」
「この子の名前は?」
「え?」
「名前」
「一ノ瀬康二です」
「てめーのじゃねぇ! この子の名前だ!」
「あー、その子の……」
詰まった。本名を言うわけにはいかない。だからと言って適当な名前も思いつかな
「あーっ、くろかわちゃーん! 先輩に会えたのー?」
近くのフェンスから声がした。いつのまにか歩道に凛太郎がいる。もはや正体を隠すなどと言っていられる場合ではないと判断したのだろう。
「やよいちゃーん! とうとう先輩に会えたんだー!? やったねー!」
凛太郎がバチバチと目配せだかウインクだかまばたきだかを康二へ送る。合わせろ合わせろ!
「く、くろかわやよいです! その子の名前!」
「ああ〜?」
生田は凛太郎と康二を交互に見て、フェンス向こうの少年が何者かを追求するか、女の子と仲良くなるか迷っているようだったが、3回ほどラリーをしてさくらを振り返った。
「本当?」
煙草臭い息から逃げるために鼻を押さえたい気持ちを我慢しながら首を縦に何度も振る。
「そうか。やよいちゃん」
そう言いながら、まだ生田は疑っている様子だった。ちらりとさくらが抱き抱えている鞄を見た。学校指定の肩掛け鞄で、名前が刺繍されている。
「黒川 弥生」と。
「……なるほど」
黒川家の三女、
かに思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます