ヨネダ珈琲店

「……というわけ。さくらちゃんすごかったよ」


 半分は皮肉なのだが、榛菜にそう言われたさくらは満更でもない顔をしている。


 ここは西海学園から少し離れた、チェーンの喫茶店である。晶と凛太郎への報告を兼ねて、ささやかながらも甘味と珈琲でもてなされているところだ。大盛りで有名なソフトクリームと甘めのカフェオレを堪能たんのうしていれば、今日の気疲れも消えていくと言うもの。お手洗いを借りて私服に着替えているので、西海中学校生徒が寄り道していると誤解されることもない。


「ありがとう」報告を受けて、晶は腕組みした。探偵ポーズの2歩手前だ。彼の前には、吸い殻が二つ、紙ナプキンの上に乗っている。ひとつは以前に晶が拾ったもの、ひとつはさくらが拾って来たゴミ袋に入っていたもの。さくらのお手柄のひとつだ。あの顧問は吸い殻を捨てていた。


 凛太郎はストロベリーシェイクを飲みながらスマホをいじっている。転送した動画を繰り返し見ているようだが、とくに発見はないらしい。


「まぁ、放火の線はなさそうだよな。こんなの燃やしても面白くないだろ」と、不謹慎な発言をした。


「たしかに。延焼する恐れもないくらい、ぽつんとゴミ箱だけがある。まるで安全面に配慮してそこを選んでいるようだ。放火だとしても愉快犯的なものじゃないな」


 以前から気になっているところだった。一般的に放火犯は派手に燃え上がる炎や人々の大騒ぎを見たさに犯罪を行う。普通に考えれば、こんなゴミ箱を選びそうにない。


「そう……安全にすぎるな……」晶は改めて動画を見直し始めた。「ゴミ箱の位置……もっと部室棟寄りの方が便利なんじゃないかな……グラウンドや駐車場で頻繁にゴミが出るのだろうか」


 成果を前に頭を捻る二人を見て、まぁそれなりに苦労した甲斐はあったのかな、と榛菜は思う。これで彼らの友人が助かるのであればなおいいのだが。


「それにしてもゴミ袋まで持ってくるとはなぁ」ひとしきり動画を見て、シェイクを飲み終えた凛太郎がつぶやく。「案外楽しんでたんじゃねーの?」


「冗談! もう二度とごめんだよ!」


 キッと鬼の如く凛太郎を睨みつける榛菜だったが、唇のはしにクリームがついているので全く迫力がない。


 逆に、さくらは静かに言った。


「だって可哀想じゃない? あの一ノ瀬ってひと」


 三人の視線がさくらに集まった。


「みんな練習してるのにさ。ひとりだけ部室掃除させられてるんだよ?」


 さくらはゆっくりとソフトクリームを口に運んでいる。


「もしかしたらさ、一ノ瀬が煙草吸ってるのがバレて掃除させられてるのかもしれないけどさ。あの先輩たち、嫌な感じだよ。他の生徒だって煙草を吸っているかもしれないんでしょ? それに、先生だって隠れて吸ってるくせに、生徒だけが罰を受けてるなんて。大人はルールを破っても何も言われないのに子供はダメなの? もし普段からあんな扱いをされてたら、やけになって煙草を吸いたくなるのかもね。わたしはわからないけど」


 甘いカフェオレをひとくち飲む。


「犯人ってあの顧問なんじゃないかなぁ。ゴミ箱の近くに車を停めて煙草吸っているし。きっとあいつが火を消さないまま捨てたんだよ。だから、なんでもいいから出来ることないかなぁって拾って来ちゃった」


 カップを置くと、チン、と陶器が触れ合う音がした。


 四人とも視線を目の前に落とした。一ノ瀬『だけ』が罰を受けている。生徒『だけ』が罰を受けている。榛菜は空き部室に静かに引っ込んだ一ノ瀬を思い出した。あの時の違和感と無力感を思い出した。


 晶の前には二つの吸い殻がある。


 さくらが拾ってきた吸い殻。パッケージこそなかったが、特徴的なラクダの絵柄が入っている。素人なので葉の違いまではわからないが、キャメルという銘柄で間違い無いだろう。


 晶が拾って来たものは泥で汚れているせいで確認しにくいが、メビウスと英語で書かれている。さまざまな種類の味がある人気のシリーズらしい。これがそのシリーズ中のどれなのかまではわからなかった。健流のサイトにも代表的な製品しか写真がないし、ネット上にも細かく見比べできるような高画質の写真はなかった。これも煙草葉を見ても何が違うのかわからない。


 それらの吸い殻を持ち上げたとき、晶は気付いた。


「キャメルの吸い殻はフィルタが綺麗だな」


 巻かれている紙は巻紙まきしと呼ばれるもので、燃えやすく灰になりにくいように工夫されているらしい。キャメルの巻紙はまるで火がつけられてないように白い。メビウスは先端部分が黒く焦げている。


「燃え方が違うんじゃねーの。警察ならそういうのから犯人を特定したりできるんだろうな。楽でうらやましいぜ」


 凛太郎の言葉には返事をせず、晶はじっと右手と左手の吸い殻を見比べている。


 しばらく眺めて納得がいったのか、吸い殻を置いて、腕組みして目を閉じた。探偵ポーズ一歩手前。


 アイスクリームも食べ終えて、榛菜とさくらは手持ち無沙汰になってしまった。時計を見るともういい時間だ。夏の盛りとは言え、そろそろ日が落ち始める。


「さくらちゃん、そろそろ帰ろうか」ここから榛菜たちの住んでる地域に帰るにはバスを乗り継ぐ必要がある。早めにお店を出ないと、家に着く頃には真っ暗だ。さくらも頷いて荷物を持った。晶は黙ったままだ。少し気が引けたが、凛太郎が頷いたので二人はそのまま席を立った。


「それじゃあ、また明日、塾でね」


「黒川くん、制服汚してごめんね。煙草臭くなっちゃったかも」


「ああ、気にするな。こっちが無理言ったんだから。俺が代わりに掃除しとくよ」


 そのとき、晶の深い呼吸が聞こえた。右手で口元を覆っている。目を瞑り、腕組みして、右手で口元を隠す。探偵ポーズの完成だ。


「晶、二人が帰るぜ。おつかれさまくらい言ったらどうだ?」


 一呼吸置いて、ゆっくり目が開いた。


「……ああ。やっぱり僕は頭が硬いな。探偵には向かないよ」口元を隠す右手の隙間から、口角があがってるのが見えた。「三人ともおつかれさま。犯人がわかった」


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