模範解答と採点基準①
市立総合図書館は、小学生の頃の二人にとって一番の遊び場だった。読みきれない本、静かで過ごしやすい空調、座り心地の良い椅子。晶は主に中高生向けの理学系の書棚の前で、健流はミステリーをメインに人文学コーナーで過ごした。5年でクラスが一緒になった時、お互いに顔を認識して、教室よりも図書館で話すことが多くなった。
そんな図書館を飾る街灯の下へ静かに現れた健流は、書店で見た時と同じような服装だった。晶よりも長く伸ばした髪は両眼と耳を隠している。無地の青いシャツ、シワの少ないデニム、そして、歯に噛んだ笑顔。いたずらを仕掛けた時のような、ばれた時のような、遊んでもらって喜んでいる子供のような笑顔。
もう図書館は閉館時間を過ぎている。陽もとっくに落ちていて、二人の他に人影はない。
「やれやれ。理由を教えてもらいたいな。どうしてこんな回りくどいことをしたんだ?」
数ヶ月前まではよくしていたように、晶と健流は図書館脇の固くて冷たい大理石のベンチに並んで座った。海が近いので風も強いが、7月のいまではそれらも心地いい。最後に二人でここに座ったのは2月だったか3月だったか。そのときはベンチも風の冷たさも身に染みて痛いくらいだった。
「まぁまぁ。そう急がずにさ、まずはボヤの犯人と、その根拠を教えてくれよ」
一見すると健流はこの状況を楽しんでいるように見えた。しかし晶はこれから話すことがどんなものか知っている。当然健流もわかっている。楽しんでいるように見せて、実は緊張しているのだ。晶も同じだった。
「ボヤじゃない……。まったく、度し難い」
晶の髪を、海風が撫でた。
風が収まるのを待ってから口を開いた。二人とも視線はどこかぼんやりと前を向いている。
「まず状況から確認しよう。
事件が起きたのは日曜日の昼過ぎ。運動部が午前の練習を終え、お昼をとり終わった頃に火災が起きた。ただし大きなものではなく、煙がもくもくと出るような不完全燃焼のボヤで、ゴミを集めに来た清掃の人と警備の人たちですぐに消し止められた。そのあとは教師達も呼び出されて、出火原因を一緒に調べたようだ。ゴミの大部分は運動部員たちの昼食の際に出たもので、中には部活の監督や顧問が捨てたものもあっただろう。教職員の素人調査では出火元の特定は難しかったはずだが、ゴミの中に煙草の吸い殻があったため、出火原因は煙草だと断定された。
……さて、仮に煙草が原因のボヤだとしたら、いったい誰が煙草を捨てたのだろう?
お前はもう、野球部の一部が喫煙しているのを知っているな。しかし彼らがやったとは考えにくい。彼らが吸っているのはメビウス系のもので、フィルタが付いているから火が付いたまま捨てるとフィルタと周辺部分が焼け残る。今回は
それに、教職員以上に視線を気にする必要がある生徒が、あんな目立つところに捨てるわけがないんだ。生徒達はゴミ箱に吸い殻を捨てるほど愚かではないが、ポイ捨てをする程度には愚かで倫理観がない。彼らは煙草をグラウンドのフェンス越しに、歩道に捨てていた。まぁ連中が携帯灰皿を持ち歩くわけにはいかないからな。捨て方にも彼らなりの工夫があったんだが……これに関してはあとで言おう。とにかく、彼らはゴミ箱に吸い殻を捨てない。
ではあの野球部顧問は? 彼はいつも煙草の匂いをさせていて、喫煙者なのは周知の事実。
あの顧問が吸っているのはキャメル。お前のサイトの受け売りだが、安くて味が濃い煙草らしいな。昔はフィルタがついていない、ダイレクトに煙を楽しめる両切りの煙草だったキャメルは、今ではフィルタ付きのものしか国内販売されていない。しかし、愛好家はフィルタをちぎり取って両切りの状態にして吸うらしい。あの顧問がまさにそれだ。非常に特徴的で、もしボヤの原因になった煙草の銘柄や吸い方が一致すればあの男が一番に疑われる。
しかし彼はだらしないイメージと違い、ちゃんと携帯灰皿を持ち歩いている。単純にそうしないと両切りの煙草の扱いに困るから、というのもあるだろう。普通の煙草は吸い終わったらフィルタ部分を持って灰皿に押し付けて消火する。でも両切りだと、ギリギリまで吸うと指で持つ幅がほとんどなくなる。奴は指で持てないくらいに短くなるまで吸って、そのまま吐き捨てていた。当然そんな捨て方だと火を消すことはできないから、携帯灰皿は必須だ。立場的に生徒の前では吸えないことも含め、奴が吸い差しの煙草をゴミ箱に直接吐いて捨てるとは考えにくい。
となると、目下のところ犯人がいなくなる。ゴミの中に煙草の吸い殻があったので出火原因は煙草だと断定されたのに、どうしてだろう? 僕達が気付いていない、他の誰かが捨てた吸い殻だったのだろうか?
いや、まずそれが間違いだった。『吸い殻』はそもそも捨てられてなかった。捨てられていたのは、『ちぎり取られたキャメルのフィルタ』だったんだ」
——『火を付けたのは誰か』採点基準——
野球部員がボヤを起こした可能性を否定した(配点20)
⬜︎フェンス沿いの煙草が、ゆっくり吸えない立場の人間(生徒)が捨てたものであることに気付いた。
⬜︎目立つ場所にあるゴミ箱に吸い殻を捨てられないと推測した。
⬜︎『西海中学校③』において、発火源にフィルタ状のものがなかったため、野球部を指し示す証拠がないことに気付いた。
以上をひとつでも満たしていれば加点。
顧問がボヤを起こした可能性を否定した(配点20)
⬜︎常に携帯灰皿を使っているため吸い殻は窒息消火されており、原因になりにくいと推測した。
⬜︎顧問が捨てたのは吸い殻ではなくちぎり取ったフィルタであり、火災原因とは考えにくいと推測した。
以上をひとつでも満たしていれば加点。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます