六本松修学館①
もう夕方の6時を過ぎているがまだまだ
白崎
「うわー今日もあっついねぇ……」榛菜がぼやくと、
「ほんと。溶けちゃうね」さくらが答える。
六本松修学館は二人が通う学習塾だ。校舎はエアコンが効いていたのでやっと一息つけた。水筒に入れてきた麦茶が美味しい。
二人が教室に入ると、最近仲良くなった
「お、晶くん。今日ははやいね」
榛菜はいつものように声をかける。彼は二人に頷いて返した。
晶は普段から物静かに過ごしている。彼が通っている中学校でもそうだろうし、ここ六本松修学館でも必要な時以外は話をほとんどしない。榛菜が見る限り、たまの
しかし今日はとりわけ静かだ。挨拶をしても軽く頷いただけで声も出さないのは彼らしくない。いつもと雰囲気が違うことが気になった。
彼女たちが通う塾は難関高校の受験を視野に入れた中学生が通っている。そのためか全体的に大人しい生徒が多い。晶はその中でもさらに目立たない存在だが、今日は席についたまま仏像のように動かないので、もともと薄い存在感がさらに希薄になっている。
そのおかげか今日の授業中は晶は一度も先生に当てられなかった。かわりに手前の席に座る榛菜がいつも以上に先生に指される気がするので、何とはなしに彼女は不満顔である。
「ねえ、黒川くん」授業の合間、榛菜は廊下ですれ違った凛太郎に声をかけた。凛太郎は晶の同級生で、塾での席は晶の隣だ。四人は前後隣同士になっている。
「晶くん、今日はなんで石像みたいになってるの?」
「ああ、あいつか。学校ではいつも通りだったんだけどな。俺も詳しくは分からないけど、小学校の時の同級生に会ったらしい」
「同級生に会っただけ? 何か気になることでもあったのかな」
「まぁほっといていいよ。あいつたまにああなるんだ。俺でもあの石化は解除できん」
榛菜が席に戻ると、隣のさくらも後ろの席に座っている晶の様子が気になるようだ。ノートの端っこにメモを書いて見せてくる。
『晶くんなにかあったの?』
榛菜もノートに書いて返す。
『わかんない。黒川くんもハッキリとは知らないんだって。小学校の友達に会ってからあんな感じらしいよ』
『考え事してるよね? あの姿勢』
『うん。探偵ポーズしてる』
探偵ポーズとは榛菜が命名した、晶が腕組みしながら右手で口元を隠す姿勢のことだ。5月の終わり頃に榛菜、さくら、晶、凛太郎の四人は10年前の未解決殺人事件の犯人を見つけ出した。その際に
『事件かな』
字体からさくらが何かを期待しているのが見てとれる。そういえば彼女は推理小説が好きだった、と榛菜は思い出した。
『言われてみればそうかも。でも喋ってくれるかな』
『聞いてみないとわからないよ』不敵に微笑んだ。
小学校の時のさくらは内気な少女で、自分から友達を作ることもできなかった。中学校になってからもそれは変わらないものと思っていたが、どうもあの事件以降は彼女にも変化があったようだ。
なんとなく、嵐の予感がした。
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