第3話 荒野のクレーター
あてどなく歩き始めて早一時間ほどが経過した。これは自らが身につけている腕時計のおかげで間違いがない。しかしそれだけ歩いても、特段何が起こるわけでもなく……ただただ時間が過ぎ去っていくだけだった。
「……むぅ」
思わず小さくうなり声を上げてしまう。ここがどこだかは不明だが……状況的にとんでもないことが起こったことは想像に難くない。そしてここが荒野というか廃墟となって放置された街であることは、それとなく予想は出来るが……今のところそれだけだ。
人どころか……生命というべきものも見あたらない。そのため、この廃墟が果たしてどういう経緯で出来たのか、そもそもここは人がいる場所なのかという事もわからない。
「しかし還暦を迎えてこのような面妖な状況に陥いようとは……事実は小説よりも奇なりというべきか……」
刀剣を趣味にしていた私だが、何も刀剣だけが趣味だったわけではない。大学まで進学して卒業した身だが、その時代はまさにパソコンゲームが全盛期というべき時代だ。端的に言えば……私はオタクだったのである。ゲームもすればラノベもマンガも嗜んだ。
故に、自分の身に起こったことがどのような物か……何となく想定は出来ていた。だが想定は出来てもそれが現実だと思えないのは……無理からぬ事だろう。何せ境内に入って直ぐに突如として別の場所へ転移したような状況なのだ。
当然と言うべきか……私の学生時代にも、それから数十年過ぎ去った現在においても、物質転移などの装置は開発されていない。国の超極秘機関などで開発がされていたかも知れないが……少なくとも一般市民が身近に感じる機会はなかった。
ならば今の自分の身に起きた状況が何かと言えば……小説やらマンガで流行っていた異世界転移だと思うのはまぁ……これも無理からぬ事だと思いたい。しかしそれが若い自分ならばいざ知らず、初老になったおっさんの身に起きようとは……よもやよもやだと言いたい状況だった。
その推論に信憑性を増したのが、携帯電話が圏外になっている事だった。そして……その携帯を見たときに、とんでもないことが発覚した。携帯の圏外を確認し、画面をOFFにした時だ。画面が暗くなることで自らの顔が映し出されたのだが、その顔を見て、思わず私は頓狂な声を上げていた。
「むぅ?」
黒い画面に映し出されただけではわからなかったので、私はすぐさま再度携帯を使用し、今度は携帯のフロントカメラを起動させて……驚愕した。
「……誰だこれは」
フロントカメラに映し出されたのは……青年と言うべき年代の男の顔だった。誰だ……とはいったが、この顔は非常に見覚えがある。なにせカメラに映し出されたその顔は……私がまだ学生ぐらいの頃の私の顔だったのだから。
そして顔だけではなく、髪の色も白ではなく若さの証と言うべきか……真っ黒な髪になっている。それに気づいてから他にも変化があるところを見つけた。手だ。驚天動地な状況で咄嗟には気づかなかったが……手も初老の男の手ではなく、顔同様に若く艶のある手へと変貌していた。
何故こうなったのかは不明だが……今朝旅館で温泉に浸かって風呂上がりに鏡で見た顔と体は、間違いなく老人だった。であればこの若返りと思しき変化が起こったのは……今の状況に陥ってからと考えるのが、もっとも違和感がない。
そしてそれに伴って、自分の体にあまり疲労が蓄積されてない理由も判明した。単純な話だ。老人よりも二十代の男の方が、遙かに体力があるに決まっている。
「なんとまぁ……実に面妖な状況よ」
刀を奉納しようと神社に赴き、参道にたどり着いて神社へと向かおうと、境内に入った矢先に転移?と思しき状況に陥り、そんなへんてこな状況に陥った。そうかと思えば、へんてこな状況は更に混迷を極めた状況を呈しており……自らの肉体が若返っていたという。実に……面妖な状況である。
「転移であるならば……神様からの説明や特典があってもよいと思うのだがね」
あまりにも摩訶不思議で面妖な事態にとまどうが……とまどっていて立ち止まっているわけにはいかず、私は歩くのを再開した。私も闇雲に廃墟を歩いているわけではない。現在の状況がどういうことなのかは不明だが、現実である以上行動しなければ死ぬだけだ。
私は剣術には多少なりとも自信はあるが、サバイバル技術などを身につけているわけではない。移動中だったこと、旅行中ということもあり、衣服やら飲料、小腹が空いたときのために携帯食料も多少はあるが……今のままでは数日中に死ぬのが目に見えている。
ここがどんな世界かは不明だが、せめて友好的に意思疎通が出来る知的生命体……無論可能な限り同じ人類であることが望ましいが……と会って保護というか、助けてもらわなければ死んでしまうのだ。だからこうして廃墟を歩いているのだが……その廃墟に私は違和感を覚えていた。
「……ふむ」
廃墟となってなお、非常に頑健な造りをしていて崩れる様子すらも見えない、建築物の残骸。これがどれだけの年月放置されているのかは謎だが……埃の汚れから言って年単位なのは間違いなかった。故に人がいないのは仕方がないことだ。それはわかる。頑健なために崩れる様子も見られないので、いくつかの建物に入って中を見たりもした。人が長い時間出入りしてないというのも何となく感じられた。
しかしこの建築物に使われている物質がなんなのか、私には皆目見当が付かなかった。といっても建築物に詳しいわけではないが、少なくとも木材でも煉瓦でもコンクリートでもなさそうだった。つるっとしている金属のような材質に見えるが、その割には錆などが見られない。何とも言えない不思議な建材だった。
さらに不思議なのが……この廃墟には何もないのだ。廃墟なので何も無いのは当然かも知れないのだが……それを差し引いても人が暮らした形跡がなさ過ぎる。火事で全焼したならば理解できるのだが……この廃墟は全て、ニュースなどで見るような戦闘による破壊が原因で、放棄されたとおぼしき廃墟だ。
そして……どの建物にも何も残っていなかった。廃墟になったが故に放棄されたのは当然だが、それでも家具といった、移動が容易ではなく持ち運ぶのも困難な物は、放棄されて残っているはずだというのに、それがない。つまり……人が暮らしたと思える形跡が一つもない。
人類が暮らしている世界であればという前提が必要ではある。しかし、建物の素材や建築方式に違いはあれど、部屋の間取りやサイズは、私の感覚とほとんど同じに思われた。少なくとも、巨人等が生活していた街ではないとは思われる。
見た感じ、近未来的建築資材で作られたと思しき建物。見た目にも頑丈そうな街が、明らかに戦闘による破損で放棄されたと思われる廃墟。そして廃墟後に、一切何も残されてないという事実。何か嫌な予感を思わせるには十分すぎた。
「う~む。なかなか難儀な状況に陥ったようだな……」
誰もいない故に独り言が止まらなかった。もっと慌てても良いものだが……年も年であるし、そもそもそう長くは生きられぬ身。ある意味で達観している状況とも言える。このままでは本当に命が危ういのだが……それよりも手にした刀を奉納出来なかったことの方が、現時点では気に掛かってしまっていた。
「我ながら……病的だな」
すでに死の宣告をされているためか、それとも元々狂ったように刀が好きだったが故か……刀の心配をしてしまう自分に呆れつつも、笑ってしまった。ちなみにその刀達についてだが、抜き身で持ち歩く勇気は流石になかった。
ここがどこだかもわからないので、護身も兼ねて帯刀しようか悩んだのだが……まだ状況が確定してない以上、言い訳の出来る木刀を手に持つことにした。木刀を使えるような状況で持ち歩くのも体外だが……それでも抜刀した刀を持って歩くよりは、まだ言い訳が出来るだろう。
そうして痕跡を探しながらも歩いていると、望んだと言うべきか、望んでいなかったと言うべきか……漸く変化が訪れてくれた。少し丘というか、坂道になっていた坂を登り切ると、その先は巨大なくぼみ状の地形になっていた。
廃墟の先に出来た巨大なくぼみ。少々先に見える反対側まで、少なくとも二百メートル以上は離れている様子だった。深さは二メートルほどはある。これらを加味すれば……
「クレーターか?」
地表の地形を変化させるほどの質量が、落下したことによって生まれる円形の窪地。そして周囲の廃墟の様子を考えれば……爆撃などが原因で生まれたと考えるのが妥当だろう。
平和な現代の日本の生活しか知らないので、クレーターを見たのはこれが初めてだ。故に……このクレーターが、どれほどの質量が落下したことによって出来たのかは謎だが、今の私にはそれはどうでもいいことだった。何せそのクレーターの中心部に……明らかに人工物と思しき物が鎮座していたのだから。鎮座していただけならば、クレーターを作った原因の物体が、落下によって損壊したと思えた。
だが、その鎮座していた物は……コンテナ状の何かに見えて、しかもそのコンテナに損傷らしく物が見あたらなかったのだ。コンテナということで、中に何が入っているのかという疑問と損壊してないことから、今の廃墟を歩き回るだけではなく、何かしらの変化があるはずだ。そう思えたのだ。
そして……それが明らかに人工物だと言うことに、この距離でわかる自分に違和感を覚えた。
「……我ながら、面妖な」
相当距離があるにも関わらず、あの落下物が何かしらの人工物だと判断できる視力。目は確かにそれなりに良いのだが……これほど遠視ができるような超人的な視力ではなく、私は通常の視力しかないはずだった。
(老眼だってあるしな)
色々と考える。己の身に降りかかった事実。己の身体に起こった出来事。そして……ようやく見つけた今の状況に変化をもたらしてくれるであろう物体。それが果たして吉と出るか凶と出るかは不明だが……このまま何も変化がなければ死ぬだけなのだ。故に……私は覚悟を決めてその人工物へと近づくことにした。
荷物を置いていくことも考えたが……置いておくとどうなるかわからないので、動きが鈍くなるが所持したままにすることにした。
「果たして……蛇が出るか、鬼が出るか……」
内心恐々としていたが……それでも努めて冷静に、私はクレーターの窪地へと降りて、人工物へと歩み寄っていった。
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