第15話 講座・戦史編

「煌晶暦51年。10月22日。当時のアメタニカのケンタッキー州に墜落した原初のFMEは、周囲の地形を吹き飛ばすには十分なほどの質量だった」

 その言葉と共に映し出された地図は、先に見た世界地図を拡大した物で、見た目完全にアメリカ大陸だった。その一部を拡大されて、赤い光点が映し出される。それが原初のFMEが落下したケンタッキー州なのだろう。

(国名はあれだが……確か私の世界のアメリカにも、ケンタッキー州があったような?)

 海外旅行が趣味でなく、他国の地形とかに興味がない私には、他国の地名など覚えてはいない。ただ……ケンタッキー州という地名があったと思われた。

「当時世界最強だった軍を持つアメタニカは、隕石が落下するとわかった時は国の総力を挙げて迎撃を試みた。宇宙船で地球衛星軌道まで軍を派遣し、大量破壊兵器を大量に宇宙へと上げた。当時開発が進められていた宇宙作業用ロボット兵器、ETハンターも配備された」

 ETハンター。EARTH TOOL(アースツール)という地球に貢献するという意味で名付けられたそのロボットは、主に宇宙で使うことを前提で開発されたという。ハンターという物騒な意味合いは、地球圏よりも外に行くことを考えてのことだったとのこと。

(四百年も前からロボット兵器が実用化されていたのか……。しかも話しぶりから、その時代でも宇宙に行くのがそこまで難題ではなさそうだ)

 そのロボットが映し出されるが……それは先ほど私が見たオーラスーツと異なり完全にロボットだった。頭部のコクピットに乗り込むタイプのロボットなので……けっこう大きなサイズだろう。胴体にコクピットがある個人的にもっともメジャーなロボットと言える、自由戦士ダムガンよりも小さいのは間違いない。

 しかし気にすべき事はそこではない。今ダヴィさんはなんと言ったのか? 「当時世界最強だった」が一番のポイントと言えるだろう。

「ETハンターは重力下での運用はまだうまくいってなかったが、宇宙空間では多用されていたので迎撃には向いていた。また無重力下とはいえ巨大な兵器を運搬、運用するにはそれに見合ったサイズが必要になるため、この兵器は合理的と言えなくもなかった」

(……顔がしかめっ面になってるからあまりそうは思ってなさそうだな)

「しかし世界最強のアメタニカの奮戦もむなしく原初のFME……まぁ当時は唯の隕石と呼称されていたそれはケンタッキー州に落下して、周囲に甚大な被害をもたらした。そしてそれが……始まりだった訳だね」

 画面に映し出されたのは……隕石と言うにはあまりにも巨大すぎた,

何かの塊だった。どれほどの倍率かは不明だが……周囲のクレーターの様子から見ても、その大きさが伺えた。

「当初こそ唯の隕石だと思われていたものから、無数のFMEが出現し……周囲を飲み込むのにそう時間はかからなかった。何せ隕石が落下して一時間に満たない時間での出来事だ。いくら何でも即応出来るわけもない」

 落下の余波が収まってから動くのが当然の流れだろう。それが唯の隕石だった場合は……だが。

「何とか被害の外にいた人や街は、FMEによって飲み込まれた。初動が遅くなってしまったこともそうだけど、最大の要因はFMEに既存の兵器が有効にならなかったことが大きいね」

「……なるほど」

 落ちた隕石が巨大で被害が甚大とはいえ、それだけで世界最強と断言された国が負けるわけがない。その原因があるのはわかりきっている。そして私はその結果を直に体験している。

 既存兵器が有効にならなかったまではわからなかったが、それでもそういった理由がなければ常識的に考えて、ホームである自国の土地に落ちてきた侵入者に対して負けるはずが無く、負けて良いはずもない。

「そうしてFMEによってアメタリカ大陸は瞬く間に侵略されて……FMEの大陸となってしまった。そしてアメタリカ大陸だけで事は終わらず……海を横断して世界各国にFMEが侵略してきており、必死になって防衛を行っている。非常におおざっぱではあるけど、これがこの世界の歴史だよ、ソウイチくん」

 一段落したのだろう。そういいながらダヴィさんが眼鏡を外して軽く体を伸ばしていた。私も一度目を閉じて……情報を整理する。しかしあまりにも自らの世界とかけ離れすぎていて……戸惑いも大きかった。

(まぁ話だけを聞いているのであれば……本当に「これなんてエロゲ?」という心境ではあるのだが……)

 身命を賭して戦っている兵士が隣に座っているので無論口にすることはないが……FMEと戦ったというのに、私の正直な感想はそれだった。

「いくつか質問しても?」

「もちろんだとも」

「アメタリカ? が敗北したのに今現在も戦争は続いています。抗戦出来ているのは兵器が完成したという証だとは思いますが……いくら何でも長すぎませんか?」

「……ほうほう。なるほどね」

(意味深に頷いて欲しくないのだが……)

 顔を妖しく歪めながら、ニヤリという効果音が似合う笑みを浮かべるダヴィさん。そしてその笑みのままに、直接的な回答ではなく、次のように言ってきた。

「少々飛ぶが……まぁ歴史の授業をするためではないので飛ばさせてもらおう。質量兵器が通用しなかったFMEに対抗できたのが……オーラマテリアルを用いた武器だった。そのためオーラマテリアルを兵器に取り込ませたのだが、それだけでは決定打にならなかった」

 オーラマテリアルを使用した武器というのがなにかは謎だが……質量兵器とわざわざ言ったことを鑑みて、単純に考えれば光学兵器が有効だったのだろう。この世界の技術力と、時代が経っていることを鑑みれば、光学兵器も実用化されていて不思議ではなく、何よりも先ほどマヤさんが乗っていたロボットも実弾兵器を装備していなかった。

「オーラという……想いという目に見えない物が特製を向上させる。そのオーラマテリアルの特製は、光学兵器に相性が凄まじく良い物だった。そして……オーラマテリアルを使用された光学兵器は……FMEに決定的とも言える有効な兵器となった」

 物体ではなく、エネルギー兵器であれば……銃弾や火薬を消費しない。その上で光学兵器が決定打になるのであれば、それはもう最良とも言える兵器だろう。

(いや、正しくいえば私は光学兵器の理論なんかは全くわかってないのだが……)

 実弾兵器と光学兵器。どちらが総合的なロスが少なく、威力が高いのかはわかってないが、少なくともオーラマテリアルがあるこの世界では、どう考えてもその特性上光学兵器に軍配が上がるだろう。

「しかし敵も馬鹿ではない。光学兵器が有効になったけれど……何も対策を施さないわけもない。といっても……光学兵器が未だ有効なのは変わってない。変化した……というかしていったのは、FMEの生態的な形状だ」

「形状?」

「当初は唯の球体みたいな物が、あらゆる物を取り込んでいくスライムのような形状だったのが、徐々に四肢を形成したりして最適化していった。ただ蠢いて近寄ってくるだけだった存在が、四肢で跳んだり撥ねたりしてきたんだ。戦車に光学兵器を搭載しただけの兵器では……勝てるわけもない」

 それを聞いて私は、先ほど木刀で殴り飛ばしたFMEの姿を思い出していた。個人的にはどう見てもエイリ○ンにしか見えない形状をしていた。元がスライムのような形状をしていた地球外生命体が、どのような経緯であの形状に変化していったのが謎だが……地球外生命体ということを鑑みれば、この太陽系の地球外には……エイリア○みたいな生命がいたのかも知れない。

(いや、でもその場合は地球に降り立った時点でなっていても不思議ではないな? 適応していった事も考えれば……まさかこの地球にはエ○リアンみたいな生命がいるって事?)

「敵の機動性が向上した。ならばこちらも機動性を向上させるしかなかった。そしてオーラマテリアルの特性上……既存の物体に取り込ませるのが有効であり、何よりも手っ取り早かった」

 完全な新規設計や思想の兵器を作るよりも、既存の兵器をグレードアップさせるほうが時間短縮になるのは当然といえる。そしてサイズが違うとはいえ……この世界には自由戦士ダムガンと思われる兵器が存在していた。

「ETハンターは世界各国で開発、研究されていたこともあって真っ先にオーラマテリアルの転用が検討された兵器だった。だけど……それは難しい物だった。特製を強化させて、再生もするオーラマテリアルの特製を持ってしても、10mもある巨大な物体を、重力下で運用するのは現実的ではなかったんだ」

 現代日本でも二足歩行ロボットは存在していた。しかしサイズは私の知る限り人間と同程度のサイズが限界だった。人間と同じロボットがすでに実用化されていたとしても、それをただ巨大化すれば兵器が完成するわけではない。大きくなればなるだけ慣性の問題や、それを支えるための材質の問題なども出てくる。特性を強化するオーラマテリアルであっても、巨大人型兵器を制作するのは難しかったようだった。

「しかしFMEに生身で挑む事は出来なかった。当然だ。物体を取り込むという特性を持った既存の生物と、かけ離れた形状をした化け物と言うべきFMEに、武器があっても生身で立ち向かう勇気がある者など、そうそういるわけもない」

「でしょうね」

 それに私は深く頷いていた。先ほど人と同じサイズの流体生命……FMEと生身で戦った私が同意するのは間抜けというか陳腐に思えるかも知れないが、しかし先ほど私が戦えたのはあまりにも荒唐無稽な状況だったのと、木刀を手にしていたのが大きいだろう。命の危機的状況だったことも相まって……戦うことが出来た。

 そしてもっとも大きいのが……FMEがあまりにも生命とは思えなかったことが大きい。命の危機に瀕していたのは間違いないのだが、もしもFMEが殴って液体や内臓などを撒き散らすほ乳類のような生命だった場合……間違いなく私は数体倒したところでダウンしていたはずだ。

 剣術を修めたと言ってもそれはあくまでも道場剣術。いわゆる「道」へと通ずるための稽古だ。無論私が修めた剣術は実戦剣術であり、私自身真剣を用いて稽古したし、刃引きした真剣で人同士で切り結んだこともあった。

 だが、それでもあくまでも稽古であって、殺し合いではないのだ。一寸虫にも五分の魂という言葉がある故に、あまりこの考えは良くないのだが……小さな虫等は殺すことが出来ても、私は肉眼で見えるほど内蔵を有した生命を殺せるとは思えない。当然、殺したこともなかった。

 そのため、殺したことで内蔵が飛び出たり、赤い血や、赤くなくても液体を撒き散らすような生命が襲ってきた場合……恐らく剣術で数体は殺せるだろうが、それ以上は気持ちが耐えきれなくなって戦えなくなるだろう。

「それでも戦うしかなかった。何もしなければ滅びる……というよりもFMEに取り込まれて遺体すらも残らない。そんな相手に……人々は次々に生み出される兵器を手にして、戦っていった」

「っ!?」

 取り込まれて遺体すら残らない……それを聞いて私は先ほども同じような表現の言葉を聞いたことを思い出して、咄嗟に口元を手で覆っていた。その言葉の意味はどう考えてもそういうことであって。さきほどまでは物を吸収すると勝手に解釈したが、遺体が残らないのであればそれは、遺体すらも取り込むと言うこと。

(いや違う……無意識に避けていたんだ)

 すでに亡くなっているとはいえ、遺体を……人を物扱いするのを避けていたのだ。しかし流石に質問を口にする勇気はなくて……私は口元を押さえる事しかできなかった。

「……幾千、幾万、幾億もの人たちが必死になって戦った。前線でFMEと戦う者、後方で新たな兵器を開発する物。世界中の人間が必死になって戦った」

「……っ」

 軍属として思うところがあるのだろう。私の両隣に座っている真矢さんと千夏さん、それぞれ体を硬くしたり、手をきつく握りしめていた。ダヴィさんも、先ほどまでの楽しそうな雰囲気は鳴りを潜めて……淡々とした言葉で話を続ける。

「そして百年ほど歴史が経過した煌晶暦149年。現在のオーラスーツの原型とも言える兵器が開発された。それがコンバットスーツだ」

 その言葉と共に映し出された物は、まさにスーツと言うべき物だった。簡単な話だ。大きさが原因でまともに動けないのならば、まともに動けるサイズの兵器を開発すれば良い。映し出されたそのコンバットスーツは、人の全身を覆う形状をしていた。

 ただ足の形状が凄まじく大きく、歩行が出来ないのが容易に想像できる形状で、腕も胴体ほどの太さがある。四肢が非常に大きいのに対して胴体部がほとんど人間サイズなので、非常にアンバランスだった。

「ホバー移動を可能とするための大型の脚部に、まだ小型化がうまくいってなかった光学兵器を使用するために手、というか椀部が凄く大きい。何とか人型に成功した小型移動砲台……とも言うべき物だね」

 兵器関係に話が戻ったことで、ダヴィさんの表情が無味乾燥な物からしかめっつらになった。このマッドサイエンティストの思考を読むのならば……恐らく効率やら形状があまり良くない物だと,

認識しているからだろう。

「そこから徐々に洗練されていって、結局人が装甲を覆う……着込むのではなく、人よりも二回りほど大きなロボットに搭乗する今の形が確立された。それが今マヤ君が乗っているオーラスーツだ。元々外骨格として開発されていて、纏うような兵器だった。スーツという呼称はその名残だね」

 小さめとはいえ、人が乗り込むサイズのロボットの事を何故スーツと呼称しているのか少々謎だったが、それを丁寧に拾って解説をしてくれた。ダヴィさんはオーラスーツが好きなのだろう。今までの雰囲気が一変して……実に楽しそうに興奮気味に言葉を発してくる。

 系譜図といえばいいのか……徐々に形を変えていく兵器が次々に映し出されて、最後に画面に映し出されたのは、先ほどまでマヤさんが搭乗していたオーラスーツと言われる、ロボット兵器の設計図と思しき図面だった。

「全高3m。思考伝達操縦機能によって、思考するだけで操縦が可能……というよりも意識がオーラスーツとリンクすることで、二回り大きなオーラスーツとしての自分を動かす、というような兵器だね」

「思考で操縦が可能?」

 思考で操縦が可能というのは、実にロボット創作物が好きな人間の大好物の存在だ。これが人類を救うために、時間と命を糧に生み出された兵器だとわかっていても……興奮してしまう物だった。

 というよりもそうやって誤魔化さないと、気持ち的についていかなかったかも知れない。間近でFMEに人が殺されるのを見たわけではない。しかし実際にFMEという脅威を目の当たりにしたこと、そしてオーラスーツの開発された歴史を思えば……意識を逸らさなければ耐えきれなかっただろう。

「私は技術開発者としてオーラスーツのことはかなり詳しいと自負しているのだけれど……それでは本当にただの講義になってしまう。それでは後にするソウイチくんとの質問タイムを考えても、私のメリットが少ない」

「はぁ?」

「えっと?」

「……はぁ~」

 突然の台詞に私と真矢さんは頭に疑問符を浮かべたような間抜けな声を出す。しかし千夏さんはどうやらダヴィさんの思考が読めているようで……浅くない溜息を吐いていた。そんな三人を置き去りというか……放置して、ダヴィさんは驚きの言葉を口にする。

「ではここから先のオーラスーツの詳しい解説については現搭乗者であるマヤ君にお願いしようかな♪」


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