第14話 講座・近代史編

「ではソウイチくんのための、ダヴィ技術中佐による特別講座始まり始まり!」

「よろしくお願いいたします」

「お願いします!」

「……何故私まで?」

 眠たげな眼をキリッとさせて、眼鏡をくいっと手で上げながらダヴィさんがそう宣言した。特別講座を意識したのだろう、キチンと椅子が三つ並べられてそれぞれ半ば強制的に着座させられた。しかし流石に講座にまで付き合う気はないようで、千夏さんは着座したと同時に、直ぐに自分の手元で操作をして、画面を出現させて仕事を始めた。

(忙しいだろうに、こんな事に付き合わせて良い物か?)

 とは思ったがそれは私が判断すべきではないし、失礼だが今は人のことよりも己のことを知らなければならない状況だ。私はわざわざわ時間を割いてくれているダヴィさんの講座に集中することにした。

「質問タイムは最後に設けるので、ソウイチくんはまず、私の話を聞いてから質問してくれたまえ。ただ、理解しているかを確認するために、玉に簡単な質問はさせてもらうよ。そして君からの質問だけでなく、私からも聞きたいことはそれはもう山ほどあるのでよろしくお願いするよ?」

「承知しました」

「機密事項以外はほとんど喋るがそれでいいよね?」

「問題ないだろう」

 手元で書類仕事をしながら、千夏さんは目もやらずにダヴィさんの質問に素っ気なく答えた。お墨付きをもらったことでダヴィさんは更に笑みを深めて、声を上げる。

「では、まず大前提を話そう。ここはソウイチくんとは違う世界だというのは、先ほどの君の話で確定した」

 ダヴィさんの話に私は大きく頷いた。何せこれほどまでに何もかもが違うのだ。タイムスリップも考えたが、言語が全く通じないことや国名が違うと思われる事から、それはかなり可能性として低いと考えて良い。

「地球、という言葉は一緒だね。今我々がいるこの基地は、大和国の秩父山地に建設された基地だ。基地の名前はひねりのない、秩父前線司令基地だ」

(秩父という地名は一緒なのか?)

 ダヴィさんの言葉と共に空中投影された画面に、世界地図が映し出されて、そこからだんだんと拡大していき、最終的に関東平野と思われる地図が映し出され、その地図に赤い点が表示された。恐らくその赤い点が、今私がいる場所なのだろう。

 そして映し出された地図を鑑みるに、地形はほとんど同じように見受けられた。詳しく地形を知っているわけではないが、世界地図レベル、そして日本地図、関東地図と徐々に拡大されていったが、大きな地形変化はないようだった。

「ちなみに今の時代は、煌晶暦(こうしょうれき)451年。日付は4月15日。時間は10時52分だね」

 言葉だけではわからないことを考慮して、キチンと空中に画面が映されて煌晶暦と表示された。そして今の説明だけで疑問点が山ほど出てきた。まず第一として……

(転移とタイムスリップは飲み込めたが……時間や時刻が完全に一緒だと?)

 転移とタイムスリップは超常現象と言うことで飲み込める。ただ、いまいち飲み込めないのだが……年は合ってないが月日と時刻が、ほぼ完全に一緒だったのが謎だった。

(常用ではない漢字を書くんだな? というか漢字まで一緒で何故言語装置がうまく働かなかった?)

 次に不思議なのが、漢字を使用しているのに、言語が通じないことだった。これは自動翻訳機による作用かとも一瞬考えたのだが……

「なお、今文字が映し出されていると思うけど、これがどのような文字かわかるかい?」

 ダヴィさんがこうして質問してきたことで、自動翻訳機の昨日ではないことが分かって、更に内心で首を傾げることとなった。

「漢字で合ってますか?」

「その「かんじ」はこの「漢字」であってるかい?」

 そういいながら表示されたのは「漢字」だった。それに頷くと、ダヴィさんは実に興味深そうに何度か頷いていた。

「言葉が通じないのに表記に使用していた言語は一緒……ふむ……」

 と、実に興味深そうにそう頷いて熟考しようと顎に手を当てて考え出した。声をかけるべきか悩んでいると、真矢さんがわざわざ手を上げる。

「ダヴィさん。まずは講義の続きをお願いします」

「おっとそれはそうだね。失礼した」

 熟考する前に止めたのは正解だろう。そのままでは完全に、自分の世界に入ってしまいかねない雰囲気を醸し出していた。間違いなく研究者であることがわかった。

「そして先に君が言った未確認生命体というのは、映像で君がそのボクトウとやらで倒していた敵のことだね。人類の敵である存在で、我々人類はそれをFMEと呼んでいる」

 どのように書くのかを聞く前に、画面に文字が表示された。

「FLUID MATERIAL ENEMY(フルイッド マテリアル エネミー)。大和言葉だと流体物質敵性体といったところかな? ちなみに漢字がわかるならこの横文字もわかってる?」

「アルファベットですね。学がなく恐縮ですが、フルイッドはわかりません。マテリアル、エネミーは英語でしょうか?」

「ふむ、本当に興味深いね。まぁそれは後だ」

 確かに興味深い。漢字もアルファベットも一緒で何故言語だけが通じないのか? これは私自身も気になるが、それは今の私の立場からすればどうでもいいことだ。まずはこの世界とこの基地の状況を確認したい。

「FMEとの遭遇は煌晶暦の51年まで遡る。煌晶暦と呼ばれるようになってからしばらくしてから、ということになるね」

(四百年前? ずいぶんと遡るな)

「その前にまずは光晶暦について話そうか? 光晶暦と暦が変わったのは煌晶暦元年の二年前に、とある鉱石が発見されたことに起因する。今ではオーラマテリアルと呼ばれている鉱石のことだ」

「オーラマテリアル」

 その言葉と同時に、発見当時の映像なのか……今の未来の基地のような部屋ではなく、私の知る研究室に近い風景の研究室の写真が映し出された。その中心部に鎮座しているのが、白い球体だった。

「これが発見し、研究されたオーラマテリアルだ。最初に鉱石が発見されたのはまさにここ。秩父山地だった」

 そこから発掘当初の様子や研究中の映像などが映し出される。発見当初……つまり煌晶暦前の時代の風景は、私が知る現代日本にかなり近い様子だった。まだ判断材料は少ないが直感的に思ったことは……

(煌晶暦の分だけ私がタイムスリップした上で、この世界に転移して来た?)

 四百年という時間を飛び越えた上で平行世界であるこの世界に来た……何となくそれが正しいことであるように、私自身思えていた。

「この鉱石は未知の物質で形成されていたため、様々な研究が成された。そして面白かったのが、このオーラマテリアルが発見されるのを皮切りに、日本各地だけでなく、世界のあらゆる箇所からオーラマテリアルが発掘され始めたのだよ」

 そういいながら世界地図に画面が変わり、発見された順番とでもいえばいいのか……順繰りに赤い点が増えていった。ある程度自然豊かな場所で発見された傾向こそあるものの、世界的に分布しているのが見て取れた。

「また真っ先に発見されたこの秩父の鉱石は、当時世界中から注目を集めて様々な研究が成された。そして直ぐに発見されたのが、この鉱石は別の鉱石……というか、物質と同化するという特徴があり、そして面白いのがその同化した物の特製を高める効果があることがわかったんだ。この定義が発見されたこととで、煌晶暦という暦になったんだ」

「なるほど。しかし……特製を高める?」

 物質と同化するというのはすでに目にしている事だ。見ているのでそれは直ぐにわかったが、特製を高めるとはどういう事なのか?

「特製を高めるというのは、文字通りの意味だね。たとえば……制作されたエンジンにオーラマテリアルを加えると、そのエンジン出力が爆発的に増加するんだ」

「なるほど……」

 エンジンに取り込ませれば出力が増加するというのであれば……他の製品でもその製品の特化したものが更に増加する、という具合なのかも知れない。

「エンジンに取り込ませれば出力が向上し、工業製品の刃物などに取り込ませれば切れ味、耐久性が増す……このようにこの鉱石は夢の鉱石であると、当時の学者達は歓喜した。研究していても特段人体にも影響が無く、悪質な物資も検出されない。そして製品はそれこそ山のようにある。そしてオーラマテリアルも世界各国から採掘されたことで豊富にあった」

 日本……大和国からしか取れないとかであれば、普及しないだろう。しかし先ほどの採掘分布図を見れば、それなりの量が採掘されたのが容易に想像できる。ならば取り合い……全くないとは言わないだろうが……にならず、研究もしやすかったはずだ。そしてその研究結果がこの特製であるのならば……歓喜するのも当然といえた。

「自動車のエンジンに取り込めば出力……速度が増す、同じ燃料でより長距離が走れる、発電などの機械製品に使用すれば、発電量が増える。そしてその上昇は、どれだけのオーラマテリアルを使用したかによって変化する。多く使用すれば使用しただけ指数関数的に上昇する。エネルギー問題などが取りざたされていた、当時の人が歓喜するのは当然といえるだろう」

 今の現代日本でも、人が増えすぎた結果で様々な弊害が起こっている。その内の一つがエネルギー問題だ。需要と共有が釣り合っていないため、電気代は高くなるわ、ガソリン代は高くなるわ……実に大きな問題であったといっていい。

(まぁ私は地元業者に勤めていたので、ガソリン代とはほぼ無縁な生活だったが……)

 地元勤めの強いところで、自転車通勤だったために私はほとんど私用で車に乗ることはなかった。車は所持していたが週末どこかに出掛けるのに使う程度だ。しかも私の趣味は刀剣鑑賞の他は友人との飲み会である。友人達と集まるのにちょうどいいのが東京だったこと、酒を飲む都合上電車での移動が必須になる。

 友人と飲まないときも車での遠出はせず、終末に食材の買い出しに行く際に車を使うくらいで、ガソリン代はそこまで負担ではなかった。

(しかし何故オーラ?)

「そしてこの鉱石の優れたところは……金属がもっとも効率的と言うだけで、金属以外の物体も取り込ませたり、取り込んだりすることが可能だったんだ。最近は行っていないけれど、木材などにもマテリアルを取り込ませていたこともあったんだよ」

 そして驚いたことに、取り込ませるというか、取り込むことが可能なのは金属だけではないという万能性だった。それならば職人が歓喜するのも当然といえるだろう。偏見かも知れないが、職人がもっとも多いのは……昔ながらの素材用いて造られた物だからだ。それが顕著なのは木材や純鉄だろう。有史以来……木材や鉄ほど、人類と密接に関わってきた部材はそうないはずだ。

「これだけならば唯の夢の鉱石に過ぎない。その鉱石にオーラという言葉が冠せられた理由は……この鉱石は人の想いに反応するということがわかったからなんだ」

 鉱石が想いに反応する……その言葉の意味が意味不明だった。

「たとえば包丁を造り、その包丁にオーラマテリアルを取り込ませるとする。Aの包丁は機械で鋳造された包丁、Bは大和国の熟練の職人が渾身の想いで作成された包丁。鉄の使用量はAとBともに同量だ。当然、取り込ませるオーラマテリアルもAとB同量にする」

 ここまで話をされれば私も話の流れが理解できた。この場合であればBの包丁の方が切れ味や耐久性が増した……という結果になるのだろう。しかし聞いた話は私の予想を上回る物だった。

「結果は……まぁ言わなくてもわかるとは思うけれど、Bの包丁の方が圧倒的に切れ味や耐久性などが勝ったんだよ。それどころか研いでも自然と刃肉が復活するというおまけ付きだった」

(……ナノマシン?)

 刃物というのは研げば切れ味が復活するのだが、それはあくまでもがたがたになった刃を、研ぐ……つまり削いで馴らすことで、がたがたになった刃を均一にして切れ味を戻している。つまり刃物の体積が減っているのである。故に研いで大事に使っていたとしても最終的には研いで体積が無くなれば使えなくなるのである。それが元に戻るというのであれば……それはもはやナノマシン製であると考えても不思議ではないと思われた。

「この研究結果は世界中の技術者達……とりわけ職人と言われる人種を歓喜させた。何せ機械やロボットを使用しての大量生産、大量消費で成り立っていた文明に、職人という人種に脚光を浴びせる事になったのだからね」

 私の日本にも職人は大勢いる。それらの職人達のおかげで生活が成り立っている事が多いというのに、人々や政治家はそれを忘れて自分の利のみを追求して、職人達を軽んじているような風潮があった。しかしこの世界ではオーラマテリアルのおかげで、それがそれはないということだろう。

「機械で大量生産した物よりも、職人が一部でもパーツを造り上げてくみ上げられた製品の方が、寿命も性能も圧倒的に上なのだ。そして職人が造り上げた部品が多いほど性能も耐久性も向上していく。物によっては一生使えた物もあったそうだ。多少高く付いても一生使える物ならば……そちらを購入するのが当然といえる」

「確かに」

 その言葉に私は大きく深く頷いた。どんな物でも劣化するものだが、職人が……言うなれば魂を注いで造り上げたものを購入すれば、もう一度同じ物を買うことがないこともあり得るのだ。どちらのコスパが良いかなど……考えるまでもない。

 しかしそうなると疑問が出てくる。摩耗し、使い物にならなくなることがないのならば、需要が減ってしまう。

 流石に人の手よりも遙かに小さい物を手作りするのは出来ないので、全ての部品を職人が作るわけには出来ないだろう。故に劣化する場所としない場所が出てくるが、それでも一生使えたとしたら、消費よりも生産が上回ってしまうはずだ。

 そうなれば経済が崩壊し……職人なども自らの腕前のせいで自らの首を絞める行為になるはずだ。

「気づいているようだが一応言っておこう。消耗や消費が減ると言うことは、生産が上回るため、物が溢れて需要と供給のバランスが崩壊する。そうなれば職人達は自らの技術力の高さで職を失うわけだが……非常に残念なことにそうはならなかった」

 重苦しい言葉と共に映像が切り替わり……流星の写真が映し出された。しかもその流星は禍々しい事に……赤黒い尾を引いていた。合成写真というか、作り物の写真と思うほどに、赤黒い。そして話しぶりから言って……これがターニングポイント。つまりは……

「これが最初に飛来し、発見されたFME。通称、原初のFME」

(やはり……)

 日常……平和的な世界であれば物量が溢れるというか、豊かになっていくだけの世界に現れた黒い陰。オーラマテリアルという、夢の物質ないし魔法の物質の生産力や耐久力を超えるには、消費が激しくなる絶対的な行為が必要である。


 有史以来、もっとも大量に、明確に、残虐に……物資と人員が導入される出来事がある。


 戦争。


 この二文字が浮かぶのは実に容易なことだった。

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