第13話 平行世界
ダヴィさんと真矢さん、そして私。その三人で基地の廊下を歩いている。先頭のダヴィさんは鼻歌を歌いながら上機嫌に、真ん中の真矢さんは、顔が見えないが体がこわばっているのがわかる。緊張しているのだろうが、それは私も同じだった。
(先ほどの御仁……。何も起きないだろうな)
常識的に考えればあるわけがない。ただそれは私の……私の世界の常識であってこの世界の常識ではない。ついでに言えば私の常識は一般人の常識だ。軍属の人間の常識はしらない。
しかも状況から察するに、少なくとも今この基地周辺は流体生命体との戦争状態と考えられる。先ほどポッドで私の体を調べたはずなので、私が擬態した敵ではないというのはわかってくれていると思うが、そこで重要なのが……この基地の敵が、流体生命だけなのかという問題だ。
仮にこちらがA側として、流体生命体がB側としよう。そして流体生命体はB側が作り出した生体兵器だったと仮定した場合……敵は流体生命体だけではないと言うことになる。
(宇宙より飛来した謎の生命体との戦争物の物語など、吐いて腐るほどあるからな。もしくは生体兵器を開発してバイオハザードしたパターン。いろいろなパターンがあるが、私の知ってる中でそんなパターンの物語はあっただろうか?)
そのB側の……つまり敵側のスパイなり工作員という事もあり得るわけで、私が工作員と判断されるとも限らない。こうして警備兵を下がらせてまで俺と歩いているのも、基地内部なのでどうとでも対処が出来るという裏返しともとれる。そしてその基地の司令となれば……何かあれば洒落にもならないので、いい部屋に執務室を構えていると考えるのが道理。戦争中の基地内部の最高司令官の執務室に、何も備えがないわけがない。
(いかん……考え出したらきりがない)
しかしそれでも幸いなのは、言語が通じるようになったのは大きいだろう。機密事項に触れるようなのでこうして司令の部屋に向かっているが、逆に言えば司令の部屋に行けば色々と教えてくれるし、教えることになると言うことだ。事態が好転するとは断言できないが、ある程度今の状況がどんなことになっているのか、判明するのは間違いない。
「さて、ついたよ諸君。準備はいいかね?」
そうしてしばし歩いていると、行き止まりの扉の前でダヴィさんが振り返りながらそういってきた。その顔には悪戯心を匂わせる……ニマニマした笑みを浮かべている上に、台詞も何か考えさせる内容である。
「はい! 大丈夫です!」
「……はい」
純粋と言うべきか緊張からか、真矢さんは元気よく……というよりも本当に緊張しているのか、張り上げた感じになってる……返事をし、私には選択肢がないため消極的に返事をした。そんな私たちの反応が面白かったのかは謎だが……ダヴィさんはよりいっそういたずらっ子の笑みを深めて、地獄の門を開いた。
「やぁやぁ待たせたね、チカ司令。頼れるダヴィ中佐と、君の大事な部下のマヤ少尉、そして先ほど会話が可能になったできたてほやほや、今超絶話題の渦中の男の人、ソウイチ・シンドウくんがやってきたよ」
「し、失礼します!」
「失礼いたします」
「もう少しまともに入ってこないか、ダヴィ」
扉の奥のごつそうな机で、仕事を片付けているチカ司令が、不機嫌そうにそう返してきた。その様子を見て……ラノベにありそうな突然襲われる危険性がないようで、心から安堵した私だった。
「真矢少尉、報告書はできあがったか?」
「は、はい! こちらになります!」
緊張しつつ半ば声を裏返しながら、真矢さんがそう返事をして手元の空中に投影されたコンソールらしきものを操作していた。そしてチカさんも報告書とやらを転送されたのか、手元のコンソールに目を落とした。
「ダヴィ」
「わかってるよ~。もちろんこの部屋は元々完璧な防壁を仕込んであるけど、今回のは更に厳重にしてあるよ」
「なるほど……」
(こちらにも説明して欲しいのだが……)
どういう状況なのか未だにわかりはしない。しかしとりあえずは黙して待つべきだろう。そして報告書を見ているチカさんが時々険しい表情をしたり、呆れた表情をしたのが、実に印象的だった。
(やっぱりまずいことだよねぇ……)
報告書がどのようなものかは謎だが、恐らく荒野のコンテナと真矢さんが搭乗していたロボットが撮影した動画も、添付されていると考えるのが妥当だろう。というよりも、ロボットもあるような高度な科学を築いている文明社会で、録画がないなどあり得るわけもない。
やがて報告書を読み終えたチカさんが……首をがっくりと落として、それはもう深い溜息を吐いていた。
「……まぁなってしまったものを嘆いても仕方ない。それに、この男性の素性は少しはわかったのか? ダヴィ」
「ノンノン、チカ司令。この人はソウイチ・シンドウさんだ。そして……君は誰なのかな?」
指令の質問に答えず、ダヴィさんは人差し指をわざわざ横に振って、そう答えていた。ダヴィさんの言葉に、チカさんが片眉を下げていた。
「報告を知りたいのはわかるし、君の責務も理解している。けれどそれでも、まずはすべきことがあるんじゃないのかな?」
茶目っ気たっぷりにそういって、ダヴィさんは腰に手を当てて胸を張っていた。後ろにいるので顔を見るのは敵わないが……恐らくドヤ顔をしているだろう。その顔を見たからかどうかは謎だが……チカさんは一度大きく息を吐くと、立ち上がってこちらに歩んできた。
「確かに、ダヴィの言うとおりだな。普段まともではない貴様に教えられたのは、少し癪だが……」
「おや失礼だね? 私は普段も十分まともだとも?」
「戯言をいうんじゃない。っと、それはともかく」
オホン、とわざとらしく咳払いをしてチカ司令がこちらに向き直って、右手を差し出してきた。
「自己紹介がまだだったな、宗一さん。私はこの基地の司令を務めている千夏・篠村だ。以後よろしく頼む」
「これはご丁寧に。私の名前は……真堂宗一と申します。以後よろしくお願いいたします」
先ほど同様、名前から先に言うべきか悩んだが、先ほどのダヴィさんの言葉を思い出して、普段通り名字から名乗った。そして差し出された手を握った。
「それでダヴィ。今の状況は?」
「とりあえず先ほど宗一くんの身体検査は終えさせてもらった。そして私の研究室の機器を持ってしても……彼のオーラエネルギーは計測できなかった」
「えぇ!?」
(オーラエネルギー?)
ダヴィさんの言葉に真矢さんが絶句していた。篠村さんも驚いてはいるらしく、一瞬だけ体を硬直させていた。そして渦中の話題の主である私は……何の話かまったくわからずぽかんとするしかなかった。
「極めつけが、彼が今持っている黒い運搬袋の中身だ。恐ろしいことに……計測器が計測を拒否した」
「は?」
「え?」
「はい?」
真矢さん、千夏さん、私がそろって間抜けな声を上げていた。二人がどうして驚いているのかわからないが、私は驚いたというか、その文言の意味不明さに声を上げたのだ。
(機械が計測を拒否するって……どういうこと?)
機械で計測したのに計測できないのならば理解できるが、拒否とは計測を断ったということになる。未来科学なだけあって機械に搭載されたAIが意志をもっていたりするのだろうか? と……それくらいしかわからなかった。
私はその程度で終わるのだが、二人はそれですまなかったようで、真矢さんは呆然としており、千夏さんに至っては……額に手を当てて頭が痛そうに目を瞑っている。
「さてソウイチくん」
「はい」
そんな重くなった雰囲気を払拭したいのか、はたまたただの好奇心か……恐らく後者……ダヴィさんが私に近寄ってきた。その目は実に生き生きとしており……実に楽しげにしている様子だった。
「こちらとしてはまずは君の話を聞かせてもらって言いかな? そちらも話を聞きたいだろうけど、こちらとしてはまず君の話を聞いてからの方が良いと思うんだけど、いいかな?」
そういいながらその小柄な体を目一杯利用して、のぞき込むようにしてつぶらな瞳で訴えかけてきた。ロリコンではないが、その十分愛くるしい顔と仕草で下からのぞき込まれたら……大概の男は一発でノックアウトだろう。
「……承知しました」
別段ノックアウトされたわけではない。可愛いとは思うがそれ以上の感情は抱かなかった。確かに私の事情を説明した上で、あちらの事情を聞いた方が効率的だと私も判断し、私は改めて自己紹介をした。先ほどとは違い名前だけではなく、普段ならば絶対にしない詳細な自己紹介を。
「私の名前は真堂宗一。地球と呼ばれる惑星の日本で生まれ育った日本人です。西暦1988年11月7日生まれ。年齢は今年で61になる初老の男になります」
「え?」
「ふむ?」
「ほう?」
最初の部分はわからないだろうが、それでも絶対にわかる箇所に三者三様の反応を示してくれる。私もそれは十分に理解しているので、ポケットから財布を取り出して、財布の中から運転免許証を取り出す。そして顔写真が見えるように三人に突きだした。その顔写真は当然……ここ数年でよく見慣れた老人の私の顔だった。
「趣味は刀剣収集と刀剣鑑賞。そして日本刀を用いての剣術修練だったのですが……本日の午前10時頃に、神社を訪れて境内を歩き始めたその瞬間に、意識が一瞬途絶えて……目を開けたらこの世界の廃墟に、何故か若返った状態でたたずんでおりました」
「えっと……」
「ふむふむ」
「……なるほど」
私の言っていることが理解できないのか信じられないのか……はたまたその両方か? 真矢さんが非常に困惑しながら、残りの二人に何度も視線をやっている。ダヴィさんは興味深そうに話を聞いて頷いており、千夏さんも必死に飲み込みながら、私の話を聞いている。
「あてどなく荒野をさまよっているうちに、クレーターを発見。中心部にコンテナと思われるものがあったので、危険を承知で近寄り……真矢さんのロボットが出てきました」
三人が集中して効いているため、私の話は途中で遮られることなく続けられた。
「少なくとも私が生まれ育った地球の現代日本に、二足歩行が出来て人が乗り込めるロボットは存在しておりません。そして先ほどまで言語が全く通じなかったことから鑑みるに、私はここが私の住んでいた世界とは別の世界であると考えております」
というよりも、逆に一気に話した方がよいとダヴィさんも判断したからこそ、私の身の上を話せと言ってきたのだろう。そのため私は、可能な限り率直な感想と表現、言葉遣いで話を続けた。
「後は映像で確認されたとは思いますが、私の感想を述べます。よくわからない流体金属生命体? に襲われそうになったので、持っていた木刀で応戦。そして次に何か巨大な物体が接近していると判断したのですが、時すでに遅く……翼をはためかさないワイバーンに避難していたコンテナを攻撃されて、何かが封印されているような箱が外れて私の方へ吹っ飛んできたので、思わず反射的に木刀で迎撃。すると中身が飛び出てきて、それに触れてしまったらパワードスーツを身につけておりました」
「おもわずって……まぁ仕方ないかも知れないけど」
「ほうほう。あれはパワードスーツというのかな? 実に興味深いね?」
「……」
真矢さんは呆れるというか、もう何が何だか理解できないし、理解するのを諦めたかのように乾いた声を上げて笑っていた。ダヴィさんは私の話を本当に興味深そうにメモを取りながら熱心に聞き入っている。残りの千夏さんは……どんどん無口になっていくので正直怖かった。
「パワードスーツで応戦するも、右手のアームキャノンが通用せず危機に陥りましたが、それを庇うように真矢さんがロボットにて迎撃に出て行かれましたが、ワイバーンの攻撃で意識を喪失……されたと思います」
この私の言葉に、真矢さんはばつが悪そうにしていた。一応現段階での私の立場は民間人だ。守るべき民間人を守るためとはいえ、亡くなるわけでもなく、意識を失ってしまい、意識を失っている間に事態が解決していては……思うところがない方がおかしいだろう。別段私としては責める要因もないため、話を進めた。
「その際、真矢さんが装備していたロングソードの一部が破損し、それを私が纏っていたパワードスーツが吸収する現象が発生。それについて考察する余裕はなく、ワイバーンをどうにかしなければと考えていると、パワードスーツが反応しました」
これに関しては本当に私の直感でしか言えない事柄だった。未来技術のためコンテナやロボットの観測装置がどれほど高性能かは謎だが……仮に思考が読めるのであれば言語について、もっと早く意思疎通が出来なければおかしい。ならば流石の未来技術でも、思考を読むことは難しいと判断した。
そして私が抱いた違和感は文字通り心証であるため……言葉で説明するしかなかった。
「生身で振るっていた木刀が、パワードスーツに吸収されていたようでそれを顕現させてワイバーンを撃破。そして撃破と同時にワイバーンから箱に封印されていた中身と似たような物が出現して、私の右腕に向かって飛び込んできて、パワードスーツの待機状態と思われる腕輪に吸収されました」
そういいつつ、私は身につけている……というか身につけさせられた?……右手の腕輪を前に突きだして皆に見せる。三者三様ではあったが、突きだした腕輪を注目していた。
「後は輸送機に乗せてもらってここに着た。という感じでしょうか?」
「えぇ……」
「ほうほうほうほう!?」
「……はぁ」
最終的には真矢さんは完全に呆れるどころかどん引きし、ダヴィさんは更に興奮してこちらにじわじわ近寄ってきて、千夏さんはそれはそれは盛大に溜息を吐かれた。しかしこちらとしても嘘偽りなく、報告というか自分の思いをぶちまけたので、どうしようもないことだった。
「とりあえずこのような感じで大丈夫でしょうか?」
「もちろんだとも! 君という人となりがだいぶわかったし、話の内容からソウイチくんの言うとおり、私たちは別世界の人間だと思われる事がよくわかったよ」
空中投影されたメモ用紙? にダヴィさんは必死にメモをして、そこから色々と書き連ねて情報を整理しているようだ。真矢さんはもう完全に呆然としていた。あまりにも自分の常識とかけ離れすぎていて、理解が出来ないのだろう。それは先ほどまでの私が同じような状況だったので、その気持ちはよくわかった。そして千夏さんは……額に当てた手を更に強くして、必死に私の情報を咀嚼して整理しているようだった。
「それで、この場に案内してくれた上で、私の話を聞いてくださったのですから、こちらもそちらの……というかこの世界がどんな世界なのか教えてください」
「無論だとも。こちらの世界のことは教えるし、こちらとしても君の世界の事……というか君と互いに質疑応答をさせてほしいと思っている。ただまずは……」
自分がメモし、書き込んだ内容を頷きながら確認していたダヴィさんが顔を上げて、かけている眼鏡に手を当て……位置をただした。そしてニヤリと不敵に笑った。
「まずは私がソウイチくんに、特別授業をして上げよう!」
「……えぇ!?」
「……まぁそれが妥当か?」
(真矢さんが何故そこまで驚くのか?)
私のそんな当たり前の疑問を取り残して……ダヴィさんが嬉々として私に満面の笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます