第12話 自己紹介

「ではソウイチさん。私に付いてきてください」

 マヤさんが私の名前を呼んで、自らを指さしながら歩き出した。そして数歩歩くと直ぐにこちらに振り返り手招きしてくる。付いてこいと言っているのだろう。正直現状もっとも安心できる存在がマヤさんなので、離れないで済むことにほっとした。40近い年下の女性を頼るのは正直情けない話ではあるのだが……今の状況ではやむを得ないだろう。

 付いてこいと言っているのがわかった……というよりもこの状況で放っておかれても困る……ので、私は素直にマヤさんの後に付いていくことにした。さらに先ほど輸送機で私を警戒していた、完全装備の軍人の男性二人が私の後を着いてくる。

(アニメなんかで見るような……実につるつるな廊下よな)

 実に硬質的というか、機械的な廊下を歩いていく。金属……というよりも機械やらが埋め込まれた壁なのだろう。所々に隔壁が設置されており、天上などに小型の銃器が設置されていた。恐らくカメラも設置されているのだろう。道行く時、すれ違う人に会う度にこちらを見て驚かれる。それに関しては無理もないだろう。

(軍服と言うことを考慮しても、私の衣服と違いがありすぎる)

 この世界の人々がどのような衣服が標準なのかは謎だが、少なくとも今私が目にしている軍人達の衣服は、造りが見た目にも私の知る普通ではなかった。そして逆から見れば……私の衣服が普通ではないのだろう。加えて私自身という存在も珍しい。

(果たして……どうなる事やら)

 とりあえず死なないことを優先して、疑うことなく付いてきたが、まともな扱いをされるのを祈るのみである。最悪は牢屋に連れていかれるのも、最悪よりはまだマシだと思えた。

(実験動物とか観察対象とかで軟禁されても困るしな)

 針のむしろ……とまでは言わないが、色んな意味で居心地悪かった。それでも挙動不審にならないようにマヤさんについていくと、一つの扉の前で立ち止まってこちらに振り向いた。

「まずはソウイチさんの体を検査させてもらいます」

「……ふむ」

 何を言っているのかは謎だが、真矢さんの表情から邪気は感じず扉の先も不穏な雰囲気は感じられない。扉側のタッチパネルのような箇所にマヤさんが手を当てると、軽快な機械音が鳴り響いて扉がスライドした。そして私に再度笑顔を向けて、マヤさんが扉に入っていく。

 少々怯えつつも私も後に続いて扉の中に入ると……どう見ても人間ドッグと思われる球体ポッドのような物が宙に浮いていた。浮いているというのは文字通り浮遊している。浮いているのはともかく、人間ドックと思しきものを見てここが医務室だとわかり、私は最初に案内された場所に納得した。

(病原菌とかいるかも知れないしな)

 私は異世界人。この世界の人間にとって害悪な病原菌がいるかも知れないので、検査をするのは当然だろう。


 ちなみにこの予想は違っていて、身体を詳しく調べるために医務室に連れてこられたと後に知る。


「よくぞ来てくれた! 謎の男性A君!」

 医務室に入って検査をするのだと漠然と考えていると、突然奥から凄まじい音量の声が聞こえてくる。少々驚きつつそちらに目を向ければ……そこには白衣を着た少し幼さが残る女性が、両手を挙げて満面の笑みでこちらに歩いてきていた。

 この女性はマヤさんよりも更に低い……というか、ぎりぎり子供じゃないという位に小柄な体格をしている。少々暗めの茶髪はウェーブがかかっており……ひどくぼさぼさだった。身につけた白衣もよれよれ。眼鏡を掛けているがその先にある目元には、はっきりとした隈が見て取れる。

(隈がなければ間違いなく可愛いと思われる人だな……)

 だというのに、爛々と輝くその目が……この人物がどのような人物かをはっきりと物語っていた。

(絶対マッドサイエンティストの類の人物だな、この女人)




「ダヴィ博士」

 医務室の奥からやってきた、いつもよりも更にハイテンションなダヴィ博士に、私は内心で苦笑しつつその名を呼んだ。

 ダヴィ・コウ技術中佐。その階級の通り、頭脳に関して凄まじい能力を持った方だ。何を隠そう、オーラスーツの改良を日夜しているのがダヴィ中佐で、他にも様々な武器などを開発している。そんなダヴィ中佐が今もっとも研究に没頭し、多大な貢献をしているのがオーラマテリアルの研究に関してだ。

「やぁマヤ君! 簡易報告書は私も拝見させてもらった! 実になかなかどうして、面白い状況になったようじゃないか!」

 先日発見された高純度マテリアルを発見したのもこのダヴィ中佐だ。ただ中佐は軍の中でも重要人物だ。流石に現地調査の許可が出るわけもなく、彼女が今回の最高責任者として採掘調査が発令されて、私が現場での最高責任者に抜擢されたという状況だった。

 ちなみに私と一緒に調査をして、別々に脱出した調査員達は無事に帰投していると、輸送機の中で報告を受けている。後で互いの無事を確かめあって、お礼を言いたいと思っていた。

「まだ全て報告できず申し訳ありません」

「構わないさ。簡易データですらも、色々と問題があるのがわかりきったものだからね。気を落とさないでくれたまえ」

 私は篠村司令よりも先に、命令権者であるダヴィ中佐にはある程度大まかな報告のデータは、すでに提出してあった。そうしなければソウイチさんの事をどう調べるのか、方向性も決めることが出来ないからだ。

「この男性が報告に上げたソウイチさんです」

「ふむふむ。確かに色々特徴的な男性のようだね? 基地に入ってからモニタリングはさせてもらっていたが……色々凄い男性のようだ。そして……その荷物も」

 手元の空中投影ディスプレイを見ながら、ダヴィ中佐がそう言ってくる。そしてその空中投影されたモニターを見て、ソウイチさんが驚いていた。

「ふむ。これを見て驚いているようだね? そして輸送機でのマヤ君との会話をある程度確認したけど、それなりに話したのに未だ言語データがそろわないのはなかなかだね」

「はい。何とかなりませんか?」

「もちろん何とかするとも。私はそのためにいるんだからね」

 狂気じみた笑みを浮かべて……ダヴィ中佐はそういいきった。目の下の隈を見ても……数日は寝てないのが見て取れる。その天才的な頭脳もそうだけど、その頭に浮かんだアイディアを形にするためにあらゆる努力をしている。それは自分の知的好奇心を満たすためという理由があるのは間違いないけど、それと同じくらいにこの人は人のために戦っている人だった。

(ただ……寝不足で暴走しないかが、少し心配)

 そんな凄い人で私も凄い尊敬しているし、お世話になっているけど……玉に暴走してしまうのが難点だった。そのため……本当に念のため、私はダヴィ中佐に苦言を呈しておく。

「あの、ダヴィ中佐? 念のために言っておきますが、記憶投射装置は……」

 記憶投射装置は文字通り、脳に直接知識や技術を投射して覚えさせる装置だ。脳にけっこうな負担がかかるため、緊急時ですらも使用を躊躇う装置だ。

「馬鹿なことをいうものではないよ、マヤ君! こんな大事な被験者に対して、負担になるようなことを私がするわけないだろう!」

「あ……、はい、そうですね」

 理由が理由なので、私は素直に納得してしまった。それもそれでどうなんだという話なのだけれど……それで納得するしかなかった。

「さて、とりあえず、ポッドに入ってもらっている間に、彼には投影モニターの映像を見てもらおう。そしてそのときの脳の状態を計測して……私なりの思考で言語データを推測してそれを直接データ化して言語装置に打ち込む」

「……はい?」

 言っている意味がよくわからなかったが……言っていることの大変さというか無茶さは十分に理解できた。ダヴィ中佐はソウイチさんの脳の働きを計測してそれの働きで言語データを作成すると言っているのだ。自動翻訳機すら未だ解析できていない未知の言語をだ。

「そ、そんなこ――」

「おっとマヤ君? そんなことが出来るんですか? と、実に下らないことをいうのはよしてくれたまえ」

 ふふんっと、実に機嫌良く鼻を鳴らしながら、ダヴィ中佐が私にとびきりの笑顔を見せて、歯を見せながら……こう言った。

「何せ私は、天才だからね?」

 ダヴィ中佐の決め台詞が出てきた。そしてこれを言った後の結果は……本当に天才と言うべき結果しか、この人は出したことがなかった。




 マヤさんと、マッドサイエンティストがなにか話をしていて、驚くやら呆れるやらという、実に大変そうというか何をしているのかよくわからなかったが……とりあえずポッドに入れと手振りで教えられたので入った。宙に浮いていたのが下りてきて横になってはいりやすいように横になるのは、なかなかシュールだった。そして直ぐに四肢や胴体が拘束されて宙に浮く。

 荷物を……というか刀を見知らぬ人に預けるのは非常にいやだったのだが、荷物は台座の上に置いてくれとジェスチャーで指示を出されたので、素直に従った。

(多分あれも調べるための機械なのだろうな)

 籠ではないので何となくそんな気はした。調べるだけであると信じるしかなかったが……流石にまだ未知の存在の荷物に対して、変なことをすることはないだろうと信じた。そして荷物を置いた後にポッドに入ると、自身の前に空中に投影されたモニターが出てきて、映像が流れた。

(映画か? それとも……)

 映像の内容は、巨大な未確認生命体と戦うロボットと、ロボットに乗り込む人たちの映像だった。これが現代の日本であれば、間違いなく映画とか作り物であると断言できるのだが、私は先ほど未確認生命と戦ったばかりだ。この映像が作り物か断じるのは出来なかった。

 意外にも面白い映像を見て感心していたら、機械音が鳴り響いてポッドが再び地面に下りていき、下りやすい高さになって固定が外された。そして目の前にやってきた、子供に見えなくもない狂科学者の第一声が……

「さて、ソウイチくん? だったかな? 私の言葉が理解できるかい?」

「……はい?」

 これだった。これには流石に本当に驚いて……呆然としてしまった。何せ相手の言語が理解できていたのだから。そしてそれは私だけではなく、先ほどまで何かデータの処理をしていたマヤさんが、私の検査が終わるのと同時にこちらに向かってきていて……同じように呆然としていた。

「はい? だけではわからないよソウイチくん? 私の名前はダヴィ・コウ技術中佐だ。この基地の副司令も務めさせてもらっている。一応名前は知っているのだけれど、フルネームを教えてもらえると嬉しいね?」

「は、はい。自己紹介感謝いたします。私は真堂宗一……、失礼ソウイチ・シンドウの方が通りが良いでしょうか? ソウイチが名前で、シンドウがみょう――ファミリーネームです」

「こちらこそ、自己紹介感謝しよう。ソウイチ君」

 どうやら、私の病原菌検査が終えるまでの間に、言語が通じるようになったらしい。もしくは先ほどのポッドは、検査ポッドではなく記憶投射でもされたのかも知れない。完全な未来世界の機器だ。あり得なくはないだろう。

「名字……と言おうとしたのかな? その辺はあまり気にしなくて問題ないよ。まだ完全じゃないとはいえ自動翻訳機が動作しているからね。ただその言い方の感じだと、君はヤマト国の子孫……いや、もしかしてご先祖様かな?」

「……なるほど」

 ヤマト国という単語が出てきた時点で、この世界が私の世界線の地球ではないと思われた。自動翻訳機がどこまでの性能かは謎だが、それでもロボットが存在するような世界の機械だ。日本をヤマトと誤訳するようなポンコツではないだろう。

 仮にここが本当の意味での平行世界であるのならば、この世界の日本のような国は、ヤマト国というのが国名なのだろう。私のいた日本が、国名を変える可能性はあり得るだろうが、それでもわざわざ別名として通っている大和を使用するとは思えない。そうなれば必然的に考えられるのは、異世界ないし平行世界であると考えられ、それが確定した。

「意志の疎通は問題なさそうだ。という理解でいいかな? ソウイチ君」

「それで良いと思います、ダヴィ中佐」

「役職名呼びなんて必要ない。私には今後のことも考えて是非フレンドリーに呼んでくれたまえ! ちゃん付けとか、全然問題ないよ?」

 隈を鑑みての疲労感か、それとも何か別の要因か? ともかく何か達成感を感じさせる雰囲気を醸し出しながら、それでもテンション高くこちらに詰めよってそういってくる、少女に見えるダヴィさんの言葉には、とりあえず直接返答することはよしておいた。

「つきましてはいくつかお聞き――」

「おっと、そこまでだソウイチ君。口を閉じてくれたまえ」

 私が質問をしようとすると、ダヴィさんが顔の前で手で大きく×を造りながら、言葉を遮ってきた。何かまずいことをしたのかと思ったが、特に思い当たる節はない。それでも別段拒否をする理由もないので、素直に口を閉じた。

「済まないね。今の君の扱いはデリケートにならざるを得なくてね」

「はぁ?」

「私も話を聞きたいし、質問にも答えたいんだが、ここではまずいんだ。マヤ君?」

「はい。すでに報告書は作成し終えてあります」

 私と言葉が通じたダヴィさんとの会話を側で聞いていたマヤさんが、そう返事をする。報告書という言葉を聞いて、私も状況を思い出して言葉を遮られたのに納得した。私の存在自体が報告すべき案件なのだ。機密保持という観点もある。ならば私自身、むやみやたらに質疑応答をするべきではないのだろう。

 私が一人で納得していると、そんな様子を見ていたダヴィさんが感心したように頷いていた。

「頭の巡りは悪くないようだね? いいねぇ♪ これから私とマヤ君と一緒に、チカ司令のところに一緒に来てもらうよ。そのときに君の状況を説明させてもらい、その上で質疑応答をしようじゃないか?」

「……わかりました」

 一瞬返事が遅れたのはチカ司令というのが、一瞬誰だかわからなかったからだ。しかし司令という肩書きで、先ほどの眼光鋭い軍服の事だと察した。別段取って食われる事はないだろうが……何か嫌な予感がしてならなかった。

「では警備の諸君。警護ご苦労だったね! これからは私とマヤ君で問題ないから通常任務に戻ってくれたまえ」

「了解しました!」

 付いてきていた完全装備の男性二人が敬礼して去っていく。そのときこちらに笑顔を向けてきた。

「また後でな、宗一さん」

「今度ちゃんと俺達も自己紹介させてくれよな」

 てっきり警戒されていると思っていたので少々意外だった。それに面食らったが驚いてばかりも……驚きすぎてだんだん感覚が麻痺してきて驚くことも出来なくなってきた……いられない。話すのを封じられているが、お礼をお礼を言うのは流石に問題あるまい。そう思い、私は頭を下げてお礼を述べておいた。

「私の準備も終えたので行こうか」

「あ、あのダヴィ中佐」

 そうして意気揚々とどこぞに行こうとするダヴィさんに対して、マヤさんが遠慮気味に口を開いた。そのため私とダヴィさんがマヤさんに視線をむけることになり、一斉に注目を浴びたことで、マヤさんが少し怯んだ。しかし口を結んで拳を握り、はっきりとした口調でこういった。

「時間的に惜しいこともわかってます。機密事項は喋りません。なので出来たら……私も自己紹介させていただいても良いですか?」

 時間的とは喋れるようになったので、報告を上げるべきであるということ。またむやみやたらに喋れば機密事項を口にすることもなくはない。だがそれを押してなお……この人は俺との挨拶を優先してくれた。その温かさが……どこか嬉しかった。

「おっと、これは済まない! 私としたことが大事なことを君にさせるのを忘れてしまったね。知的好奇心がうずいてしょうがなかった物でね」

 あはっ、と軽く笑いながらそういっているが、許可を出したようだ。マッドサイエンティストなのは間違いなさそうだが、人格破綻者ではないようだ。

「それでも最低限にしてくれたまえ」

「わかりました。では改めまして宗一・真堂さん。初めまして。私の名前は真矢・山谷少尉です。先ほどは危ないところを助けていただき、感謝しております」

 きちんと自己紹介が出来て嬉しい……そんな感情が漏れ出ているような満面の笑みでマヤさんは私にそう自己紹介をしつつ、右手を差しのばしてくれる。

 最低限、ということは恐らく己のことしか話してはいけないという意味だろう。故にどこの部隊に所属しているとかも教えてもらうことは敵わなかったが、そんなことは今の私にとってどうでも良いことだった。差しのばされた手を握り替えして、私も挨拶を返した。

「ご丁寧に感謝いたします。真矢さん。先にも言いましたが私はシン――宗一・真堂と申します。お礼を言うのはこちらの方です。あなたがいなければ私は早晩、あの場でのたれ死んでいたことでしょう」

 最低限ということを鑑みて、私も身の上は極力話さないように自己紹介をした。この場にはすでにダヴィさん、真矢さんと私の三人しかいないので、最悪口を滑らせても問題ないとは思うが、それでもこれは自己紹介の場をわざわざ設けてくれたダヴィさんへの最低限の礼儀という物だろう。簡素に、だがそれでも私の感謝の気持ちが少しでも伝わるように、礼節と思いを込めて名乗った。

「これで良いかな? 済まないね。私としても宗一くんを独占してあれこれしたいのが本音なのだけど……千夏司令がそれを許してくれないのでね」

 これ以上話を続けられてもまずいというか、口を滑らせないようにだろう。これでとりあえ、最低限やらなければいけないことはしたという認識でよいのだろう。

「では、今度こそ行こうか?」

「はい!」

「承知しました」

 真矢さんが元気よく挨拶をしていたのが、なんというか……実に微笑ましいというか和やかにさせてもらった。とりあえず私も二人に遅れることなくついていくことにした。

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