第9話 空中兜割
左手が発光している。といっても正しくは私が纏っているパワードスーツの左手で光っているのだが、そこは些末事だろう。ともかく、私の左手が光っていることに驚ついてある程度冷静に見ていた。それを自覚して、私は今の自分の異常さに気づいた。
(ロボットに好感を持てるのは事実だが、自分よりも強大なロボット相手、そしてエイリ〇ンに襲われたにもかかわらず、何故私自身恐怖を覚えてない?)
ロボットが私を庇っているのはわかった。それに好感を覚えるのはまだいい。だが……現時点で、自分自身が死ぬかも知れないという瀬戸際の状況だというのに、死の恐怖を覚えてない。
(面妖な状況故に……感覚が麻痺しているのか?)
意識を失えば、荒廃した場所に転移。そして転移と同時に肉体が若返っていた。現実感がなくなるには十分に面妖な状況と言えるだろう。夢だとは思っていない。オタクだったこともあり、転移であるというのもそれなりに理解はできた。それに夢にしてはあまりにも色んな事がリアル過ぎた。そして転移した先の巨大な生物と戦う状況になった。
箇条書きにしただけでも非常にとんでもない状況にも関わらず、私は恐怖していなかった。
(そう遠くない将来に死ぬからか?)
若返ったとはいえ、病が無くなった保証は今のところ無い。故に、生に対する執着が薄いのかも知れない。とりあえず私はそう結論づけた。
『なにをしているの!? はやく逃げて!』
ロボットが再度怒鳴ったことで、私は無理矢理思考を止める。ともかくまずは目の前の問題を解決すべきである。そして……左手が光ったことを認識したと同時に、何も無いはずの左手の中に、見えないはずの何かを掴んでいる感覚が、自らの手に返ってきていた。
その感覚を覚えた瞬間……何故かわからないが私は「いける」という、何の根拠もない思いが脳裏を満たしていた。ただし問題があった。
(右手が使えん……)
今の右手はアームキャノンである。手を使うことが出来ないのが非常にネックだった。左手の感覚が、私の思い描いている物であれば、両手で使う必要がある。そう考えた時だった。
!!!
圧縮されていた、機械の中の空気が吐き出されるような音が響いて……右手のアームキャノンの先端部分の装甲が開いて、手首から下の前腕部分へとスライドしていく。すると……パワードスーツに包まれた右手が姿を現した。
「……至れり尽くせりだな」
思わず言葉に出して感嘆していた。ロトメイドは大好きだし、アムスのパワードスーツも大好きだったのだが、剣術家として見れば右手が使えないというのは、どうしても致命的なのだ。まるで……私が思っていた不満を正確に読み取ったかのようだった。
これで憂いはほぼ無くなった。後は……敵が再度突っ込んでくるのを祈るしかない。
【!!!!!】
敵が咆える。再度こちらを殺すために旋回し、距離を稼いで速度を増しているようだ。こちらの遠距離武器が自身にとって脅威ではないと判断したのならば、それも妥当な考えだろう。
地面に足を付けた剣術ではない故に少々不安が残るが、それでもやらなければ死ぬだけなのだ。しかも私が死ぬのならば、天寿を全うしたと考えることも出来るが、私を庇うことでこのロボットの中の人が死ぬのは心苦しい。
ぶっつけ本番だがやるしかないと覚悟を決めていたのだが……先にロボットが動いてしまった。
『とにかく、早くコンテナの中で隠れていて!』
そう叫んでロボットは、敵が突っ込んでくると思われる方へと走り出した。どうやら迎撃するつもりらしい。角度が悪かったと考えれるが、それでもアームキャノンを弾いた相手に対して、ハンドガンとロングソードだけで突っ込んでいくロボット。破れかぶれになっていると思われたが、それでも勝算があるのかと考えるが、その疑問は直ぐに解消された。
走り出したロボットが両手で剣を構えると、剣が淡く輝き出したのだ。見ていて気持ちの良いというのも語弊があるかも知れないが、少なくとも悪寒を覚える物ではない。むしろ本当に見ていて気持ちの良い光なのだ。安心できる光と言うべきか……それが剣という武器から発せられるのは、少々驚いた。
そしてその驚きもつかの間に……ロボットが敵へと向かって飛んでいった。背面のブースターを吹かしての直線的移動。まさにアニメの自由戦士ダムガンの機動そのものだった。
「おぉ」
目測3m前後とはいえロボットが素早く動いて飛翔するというのは、実に見ていて感動する物だった。やはりロボットが飛び上がるというのは浪漫がある。実に暢気なことを考えてしまう。そんな阿呆な私の思いとは裏腹に、悲壮感を漂わせていると言って良いほどに、ロボットは確かな覚悟を持って敵へと突貫していった。
『やぁぁぁぁ!』
裂帛の気合いの元、声を張り上げて敵へと斬りかかる。しかしそのロボットの姿勢を見て、何となく結果がわかってしまった。飛び上がっており、ロボットなので完全に見抜けないのは事実だが、それでも軸がぶれているのが見て取れたからだ。
光り輝いた剣がどれほどの切断力を有しているのかは謎だが……それでも刃物であるのならば、刃を対象に対して直角に立てなければ、物を切る事が出来ないのは道理である。
しかも相手は凄まじい速度を出して飛行する敵。ロボットも立体起動が出来ないわけではないが、動きは直線的だ。そんなロボットに対して、敵は完全な三次元移動が出来る怪物とも称すべき敵である。
故に……
!!!!!
ぶつかり合うと同時に甲高い金属音が鳴り響いて、飛び上がったロボットが吹き飛ばされた。
『きゃぁぁぁぁ!?』
悲鳴を上げて下に落下するロボット。地響きと共に地面に落下したロボットは、そのまま動かなくなってしまった。動かなくなったことで危機を覚えた私は、何が出来るわけでもないが直ぐにロボットへと走り寄った。
「大丈夫ですか!?」
『うっ……』
機械に包まれている故に、首筋に手を当てて脈を測ることも出来ない。ロボットの衝撃吸収性能が高いことを祈るのみである。うめき声のような吐息が聞こえたこと、またロボットが原型を止めていることから恐らく大丈夫と判断して、私は敵へと向き直ろうとした。そのとき、側に落下してきた剣に意識を奪われ、意識が一瞬飛んだ。
(何だ?)
この平行世界に転移するという不思議な状況に陥ってより、幾度も訪れる意識の消失。流石にいい加減うんざりしてきたところだったが、地面に落ちている剣の破片が淡く発光していることに気がついた。
「これは?」
何となく惹かれて、敵との衝突により欠けたと思われる破片に右手で触れると、その破片がまるで右手の中に吸い込まれるようにして、消失した。
「むっ?」
手に吸い込まれたと言っても、身体の中に吸い込まれたわけではないだろう。私が今身に纏っているパワードスーツに、吸い込まれたと考えるのが妥当だった。
「……面妖な」
もうその一言ですませて良い状況ではないのだが、今はそんな状況ではない。距離を取っていた敵が旋回してこちらに突っ込もうと、私に対して正面切って突進する体勢を整え終えていた。失敗してロボットに被弾しても敵わないので、私は横に飛んで、ロボットから離れた。感覚的に言って、一足で10mほど離れていた。
「……末恐ろしいな」
凄まじい性能のパワードスーツに半ば呆れる。しかしこれほどの防具が無ければ、流石に巨大なドラゴンの形をした敵と相対したいとは、思えなかっただろう。
(さて……後はうまくいくかだが)
剣術については、それなりの腕前があると自負はあるが、それはあくまでも地に足を付けた状態での剣術だ。今私が相対しているのは、空を自由自在に飛び回るワイバーンもどき。流石に地面にすれすれに飛んできて、こちらを襲うような事をするはずもなく、また羽ばたいていないため、体力が切れて地面に降りてくるということも恐らく無いだろう。
そしてロボットが意識不明になってしまったため、長々時間をかけていてはロボットを襲いかねない。速攻で片を付け無ければならない状況だった。
手には何も持ってない状況だったが、それでも構えた。数十年稽古してもっとも構えた中段の構え。手には木刀も刀も持ってない状況では、間抜けにしか見えぬ光景だろう。しかし……私の手に平には、確かに握っている感覚があった。
幻覚かも知れないが……それでも飛び道具がまともに効かないのであれば、もうどちらにしろどうにもならないのだ。故に……破れかぶれのように、ただ手に平にある感触を信じて、私はそのときを待った。
【!!!!!】
敵が再度咆えて、こちらに突進してくる。そんな敵を見据えて……四肢に力を込める。そして……斜め上に飛んだ。身に纏ったパワードスーツのおかげで、十数メートルの距離を飛び上がっていた。眼下に写るのは、敵が先ほどまで私がいた位置へと、突撃しようとしている光景。角度と距離があったその瞬間……私は背中のバーニアを吹かして真下に落下した。
「はぁぁぁぁっ!」
声を上げて眼下に急降下する。そして敵の頭が間合いに入ったその瞬間に、私はいつの間にか具現化していた木刀を、思いっきりたたきつけた。
!!!!
凄まじい打撃音と共に、手に返ってくる衝撃。それでも剣を振る者として、意地でも木刀を落とすことなく、振り終えた。加速した意識で目に捉えたのは、私の打撃で敵の頭が木っ端微塵に吹っ飛んだ光景だった。
しかし先にも書いたが、剣術を修めているのは事実だが、それは地に足の付いた剣術でしかない。こんなマンガやゲームで出てくるような、曲芸じみた剣技はしたことがない。故に……無様に落下して肩から地面に落下した。
「あだ!?」
実に無様な状況だが、それでも攻撃が命中して良かったというものだろう。高い位置からバーニアで急加速して落下したというのに、体にはほとんど痛みがなかった。そのため直ぐに起き上がって、敵の様子を確認する。
【!??!?】
そちらに目を向ければ、私と同じように落下したようで、コンテナより先のクレーターの中で、頭がつぶれた状態ながらも立ち上がって、こちらに向かって来ようとしている、敵の姿があった。ワイバーンに見えても敵は液体金属生命?なのがよくわかる光景である。
しかし立ち上がって、こちらに向かって走ってきて少しして力尽きたのか、頭のないドラゴンは地に伏して……そのまま動かなくなり、液体に戻って消失していった。その消失した中心部に、白銀に輝く球体が残された。先ほどコンテナの中で、私に向かってきた球体と同じような感じだった。
しかし私はそれどころではなかった。先ほどの頭がつぶれた状態で、こちらに突進してきたワイバーン。翼竜というか……腕のない姿も相まって
(……首を切られた鶏が走り回る、反射運動にしか見えなかった)
なかなかショッキングな光景で、しかもまだ戦いになっていた可能性もあったというのに、私は実に死ぬほど下らないことを考えていたりした。
(言葉が通じないとわかっているが、それでも口にだせんな)
とりあえずワイバーンが消失したことで、当面の危機は去ったと考えて良いだろう。漸く少し気を抜くことが出来る状況になったので、私は自らの右手を……正しくは右手に握られている物を見た。
(……コンテナの中で振るっていた木刀だな)
目を向けた手の中にあるのは、人間と同じくらいのサイズの未確認生命体を何体も撲殺した、愛用の木刀だった。表面に刻まれた傷や質感等で、私が長年稽古で愛用していた木刀であることは間違いなさそうだった。
不思議な点としてこの木刀は、今身に纏っているパワードスーツと入れ替わるようにして、無くなっていたはずだった。緊急時故に悠長にコンテナの中を探している余裕はなかったので、もしかしたらまだコンテナの中にあるのかも知れないが、何となくコンテナの中には無いと思えた。なぜなら、今手にしている木刀が愛用の物であると確信できたからだ。
「……ふむ」
では何故木刀が突如として、私の手に収まったのかと言えば……それは先ほどロボットの剣の欠片をパワードスーツの右手に吸収されたことが答えだろう。
「金属だけでなく、物体を吸収出来るというのか?」
白銀の球体に触れるときに、手にしていた木刀。パワードスーツを形成するときに、パワードスーツの中に吸収されたのだろう。それしか考えられなかった。しかし液体金属ならばまだ何となく吸収するのは理解できるのだが、まさか物理的に違う物体を吸収できるとは思わなかった。
「このスーツは……一体……」
命を救ってくれたスーツだが……何もかもがわかってない状況だった。ただ、私にとって悪意というか害意というか……悪影響がないのは確信できた。その私の信頼とでもいえばいいのか?……ともかく私がこのスーツを信用し、信頼した瞬間に、体が淡く光り輝いた。
突然の事に少々驚く私だったが……光が消えるのと同時に、スーツが姿を消した。そして、パワードスーツを纏う前には身につけていなかった、アクセサリーにしては実にごつい、腕輪が右手首に装着されていた。
「……ストラトスインフィニティーの待機状態?」
思ったことが口に出ていた。ストラトスインフィニティーとは、強化装甲を身に纏った少年少女達が、謎の敵組織と戦う青春ラブコメも入ったアクションもののラノベだ。亞空間にパワードスーツが格納されている設定で、待機時は今私が身につけているような腕輪だったりピアスだったりに姿を変えて、装着者が装備していた。何となくそれと同じだと思われた。
試しに心の中で「装着」と念じてみると、瞬時に私の体が光に包まれてパワードスーツを身につけた状態になった。身につけた状態で少し動いた後、心の中で「解除」と念じるとスーツが腕輪に変化した。
「なるほど……」
実に便利なパワードスーツである。エネルギー源が謎だが……それは体力が減っていることが証明だと思われた。ロトメイドのパワードスーツも、主人公のアムスの生体エネルギーを使用していたはずだ。逆を言えばエンジンもエネルギータンクもない装備で、現在は腕輪になっているような、超常的な存在だ。説明のしようがなかった。
(仕様なだけに、説明しようがない……くだらん……)
とりあえず己の身に何が起こったのかは未だ不明なままだが……少し息を吐く余裕が出来たと考えて良いだろう。後の問題は……
「ロボットの意識が早く戻ってくれるのを祈るのみか……」
そう言いながらロボットへ目を向けるが、未だ昏睡したままのようだ。除装させて容態を確認した方が良いのかも知れないが……その勇気はなかった。ロボットの中の人が、大気というか空気なんかが合わず、何の備えもなしに外に出れば死んでしまうとかもしれないと、考えられたためだ。
「とりあえず、待つか……」
ロボットの側の地面に腰を下ろして、私はとりあえず待つことにした。
そのときだった。
「む?」
視界の隅に、先ほどのワイバーンが変化した球体が動いたのを、私の目は捉えていた。剣術をやっていたので、視野の端でも捉えられるようになったのだ。そのためだろう。そちらに目を向けると……傍目に見たとおり、球体が蠢いていた。
「……本当になんというか、面妖よな」
実際に見たことはないが、スライムなんかはこんな動きをするのかも知れないと、実にどうでもいいことを考えていた。どうでもいいことを考えられたのは、その流体に嫌悪感というか、悪寒を覚えなかったからだ。悪意がないと言えばいいのか……なんとも言えない不思議な感覚だったが、ともかく悪意はないと思えたのだ。
それが油断だった。
「む?」
とりあえず震える液体金属をのんびり眺めていたのだが……それがひときわ大きく波打つと、こちらに飛びかかってきたのだ。悪意がないからか嫌悪感がないからか、その動きは完全に目で捉えられていたのだが、意識して回避しようと思わなかったため、その球体が右腕に体当たりをしてきた。そして、そのまま右腕の腕輪に吸収されて、消滅した。
「……おぉ?」
どうなったのかは謎だが、先ほどの剣の欠片同様、吸収されたのだろう。それを証明するかのように……右腕の腕輪が淡く発光していた。
「……厄介事にならなければいいが」
これ自体に悪意や嫌悪感は覚えなかった。だがしかし、この球体だけでなく、先ほどの箱に封印されていた球体が変化した、パワードスーツと腕輪に今の球体。これらが悪い方向に転がらないかが、少々不安だった。コンテナの機能が生きていて、今の流れが録画されていることを祈るのみである。
(私が故意に、この不思議な物質を取ったと思われたくないからな)
世界観、言語、戦争?状態、ロボットに不思議な液体金属。わからないことだらけであるが、ともかく今の状況では私にはどうにも出来ない。一応周囲を再度確認するが、今度こそ何も起こりそうになかった。そのため、私は再度ロボットに近寄って、腰を下ろしてロボットの意識が戻るのを待つことにするのだった。
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