第10話 対面

(うっ……)

 意識をたたき起こすような、注意を促す警告音。それが聞こえた気がして……次の瞬間に私は意識を取り戻していた。

(寝てる場合じゃない!?)

 目を開けて意識を覚醒させる。私が意識を取り戻したことで警告音が鳴りやんで、スーツの中が静かになった。それを認識して、私は驚く。

(何で……私は生きてるの?)

 リーレスと戦っていたのを覚えている。そしてリーレスに対抗できる武器がマテリアルソードのみ。飛び上がって攻撃した時にバランスを崩されて落下して、その落下の衝撃で意識を失った。それを思い出すのにそんなに時間はかからなかった。

時間を見てみれば気絶していた時間は一分程度だ。しかし一分もあればリーレスが私を殺すのには十分すぎる時間だ。だというのに私は生きていた。

(あの人は!?)

 そこでようやく、私は守るべき命が私以外にもいたことを思い出して、レーダーを確認する。すると……

『お? 起きた』

 私の側で腰を下ろしていた男性が、そんな声を上げた。未だ互いに何を言っているのかわからないけど、それでも自動翻訳機が作動しているのは確認している。もうしばらく互いに話し合えば、言語データが蓄積されて普通に話せるようになるだろう。

 男の人が生きていることに一安心して再度レーダーに目を向ける。けれどオーラスーツで可能な索敵範囲内に、リーレスの姿は確認できなかった。また、男性が纏っていた不思議なスーツが消失している。それにFMEに対して、あれだけ大立ち回りをしていた男の人が何も気にせず腰掛けている。私が意識を失っている間に何があったのかは謎だけど、とりあえず危機が去ったことは間違いなさそうだった。

(録画データの確認を……)

 どうして危機が去ったのかを確認するため、オーラスーツとコンテナにあるデータを確認することにした。そしてその動画データを再生して……私は再度頭痛がする思いに目を回しそうになった。

「……何なの、この人?」

 思わず漏れてしまった呟きだけど、取り繕う事も出来ず頭を抱えるしかなかった。私が意識を失って直ぐに……男の人がリーレスを撲殺した映像が流れたのだから無理もないと、私は全力で叫びたい気持ちだった。

(棒が確かに異様なまでのオーラエネルギーを放出していたから、当たれば倒せなくはないかも知れないけど……)

 数値というか、男性が持っていた棒のエネルギー数値が異常だったのは、理解している。何せ測定できなかったのだから。そしてそれが当たれば、リーレスすらも倒せるかも知れないと考えたのも事実だ。だから……こちらはまだ理解できなくはなかった。

 しかしもっとも厄介なのが、リーレスを倒した後にオーラマテリアルが出現し、そのオーラマテリアルが男の人に向かって突進した映像だった。

「……もうやだ、この人」

 出会ってまだ一時間と経っておらず、あげくに生身で対面すらもしてないというのに……私のこの謎の男の人の評価は、不思議から不気味に変わるには十分すぎる映像だった。

(FMEを棒で次々になぎ倒す、オーラマテリアルを直接纏ったと思われる変なスーツを着用する、リーレスを棒で倒して……リーオスから出てきたオーラマテリアルが飛び込んでくるって……)

 はっきり言える。この男の人と出会った一時間足らずの時間は、あまりにも濃密すぎて……生涯でもっとも濃い一時間だと断言できる……と。

『応答せよ! マヤ少尉!』 

 そうして私が力なくうなだれていると通信が入ってきた。通信が入ったことで、こちらに救援が向かっていることを思い出して……私は状況を確認した。

(高純度のオーラマテリアルの回収任務に伴って、最高責任者は私に任命された……だから……)

 人員がいなかった。その一言に尽きる。幸か不幸か、私はオーラマテリアルを利用したマテリアルソードの適合者となった。それだけならばまだその程度で終わる。だけど……良くも悪くも、高純度のオーラマテリアルを発見したそのとき、他の実力者達は全て出払っている状況だった。

 私が所属する秩父前線基地のエースや、エース級がことごとく別の任務に出払っていたのだ。だから今回の任務に当たって、もっとも強力な武器であるマテリアルソードを使用できた私が、高純度オーラマテリアル回収の重要任務の最高責任者に抜擢されたのだ。

 だからその最高責任者としての責務と言うべきか……やった方がいいと思ったことを、私は逡巡しつつも素直に実行することにした。

(ラーファとコンテナの記録したデータを全て秘匿情報に設定。私が許可しない限り誰も見えない状況に設定!)

 自ら装備しているオーラスーツと、オーラマテリアルを調査するために運搬されたコンテナに記録された情報全てに、私が許可しない限り解除されないプロテクトを設定した。

 別段自分が凄いとは思ってないけれど、頭を抱えるほどの案件だ。誰彼構わず見せて良いと思えない。それを差し引いても、この男の人が絡んだ情報に関しては、司令の判断を仰いだ方が良いと思ったからだ。

 そしてこのときの判断は、絶対的に正しかったと……基地に戻って直ぐに後にわかることとなった。

『こちら真矢少尉です。聞こえますか?』

『やっと応答したか! 無事か?』

『問題ありません。装備を紛失しましたが、オーラスーツの損傷は軽微。マテリアルソードも無事です』

『採掘されたオーラマテリアルは?』 

『それは……直ぐに簡易データを転送します』

 言葉だけで説明するのも難しく、話しすぎてはデータを隠蔽した意味が無くなってしまう。そのため私は文章ソフトを立ち上げて、自分が輸送機の人たちに明かせる情報のみを抽出した文章を作成し、通信して輸送機に転送した。輸送機が到着するまで予定ならば後二分ほどある。文章にしてせいぜい200文字もいかない文章だ。理解は出来ないかも知れないけど納得はしてくれるだろう。何せ最高責任者としての権限を利用してのデータ送信なのだから。

 幸いなのは、現時点に至ってもレーダーにFMEが検出されないことだ。これならば安心してオーラスーツと機材の搬入作業が行える。漸く一段落できる状況になって、私はオーラスーツ越しではあるけれども、男の人に向き直った。

「……何か?」

 倒れていた私が起き上がり、何も言わずに向き直ったので、少々警戒したようだった。逆の立場から言えば、3mはあるオーラスーツが自分の目の前で仁王立ちしている状況なのだから、それも無理はない。

 本来であれば私も除装して対面すべきなのだけど、小型の人型種とはいえFMEと生身で戦える人を前にして、その人がたとえ悪人ではないと思えたとしても、言葉も通じない状況で対面したいとは思えなかった。

(まぁ多分……大丈夫だとは思うけど)

 そんな下らないことを考えていると、輸送機が近くまで接近してきたようだ。スーツから接近のアラートが流れて、そちらに目を向けた。すでに減速している状況で、直ぐに自らの頭上へとそれは到着した。

「おー今度は飛行機か? しかしでかいな」

 男の人も頭上にあらわれた飛行機へと目を向けて何かを呟いている。垂直離着陸が可能な輸送機。戦闘用超音速輸送機。音速を超えた速度で移動可能な一種の要塞とも言える。大きさも反重力ユニットがあるためにそこまで大きくない。速度と武装を充実した関係で、輸送能力が減ってしまったけれど、リーレスに対抗することの出来る貴重な輸送機だった。移動できる強力な武器とも言える、この輸送機を救援に向かわせた事も、基地が今回の任務を重く見ていることを示していた。

『真矢!』

 私の名前を呼ぶ通信が届くと同時に、輸送機の後部ハッチから一機のオーラスーツが舞い降りてきた。その着地はあまりにもなめらかで、音もなく空を降りてきて、音も地響きも少なく、綺麗に着地した。

(相変わらず凄いなぁ……)

 通信越しに聞こえた声。そして着地のあまりのスムーズさ。この二つがそろえばこのオーラスーツのパイロットが誰なのか、考えるまでもなくわかった。

『璃兜』

『無事なの!? 怪我は!?』

 オーラスーツの交互通信で搭乗者の情報を得ているはずなのに、こうしてわざわざ聞いてきてくれる。それにありがたさを覚えるのと同時に、照れくさく思えてしまう自分がいた。璃兜・鳴海(りつ・なるみ)少尉。私の同期であり、親しくしてもらっている友人だった。

『ありがとう。何とか持ってるわ』

『レーダーでこっちでもFMEが大量に襲っていたのは掴んでるけど……よく無事だったわね』

『それについては後々ね? とりあえず警戒任せても良い?』

『もちろん♪』

 楽しげな口調でそう答えてくれた。璃兜が普段通りだったので、私もようやく安心出来る状況になったことが認識できて、心身ともに安堵することが出来た。私のオーラスーツが破損することもあり得たために、貴重な戦力を投入してくれたこと、そしてその戦力に璃兜を選んでくれた事に、司令の優しい配慮を感じて嬉しく思えた。

 ただ安堵してばかりもいられない。私は味方が来てくれたことで安堵できたけど、男の人は言葉が通じない上に、輸送機がやってきたのだ。警戒しない方がおかしい。情けないことに味方が来たことで、ようやく男の人の前に立つ勇気が、私にも出来た。そのため、コンテナの機器を搬入するまでのわずかな時間ではあるけど、男の人と対面しようと思ったのだ。

 除装すると、オーラスーツのハッチが開放される。前面装甲が解放されて空気を肌で感じた。といってもインナースーツを纏っているので肌を感じるのは顔のみだった。

 だけど……基地以外というか、安全地帯以外で顔が外気に触れるのも珍しくなってしまった今となっては、貴重と思えた。ハッチの完全解放と共に私は地面に降り立って、この人と初めて生身で対面した。

「おぉ、よかった。見た目も普通の人間だ」

(? なんといったんだろう?)

 私が言葉を掛ける前に、男の人が安堵の吐息と共に呟いているのが耳に入ってきた。未だ自動翻訳機が機能してないため何を言っているのかはわからない。けれど不快感は覚えなかったので、悪いことを言っているのではないと思えた。

(じろじろと不躾に視線を向けてくるわけでもないし)

 インナースーツの欠点として、オーラスーツとのシンクロ性を高めるために完全にボディーラインが出るようになってしまう。そのため、私は男性から不躾な目線を浴びせられることが多々あるのだけど、この人にそれは無かった。

(見た目、二十代前半の人かな?)

 普段は不躾な視線を浴びせられる私だけど、今は逆に私が不躾に男性を見つめていた。とても安心できる状況ではなかったために、注視する余裕がなかったので、生身で見るという意味合いだけでなく、この男の人を注目するのはこれが初めてだったのだ。

 中肉中背。実に平凡的な肉体をしている。けれど素肌が見える前腕には、絞り込まれたような腕をしていて、何かしらの運動をしているように見受けられた。

 ただ気になることがいくつかあった。一昔どころか遙か昔の資料データで見たような、縫製の衣服を身につけている。腕にしている時計もずいぶんと古めかしいというか……骨董品のようなのモデルに見えてしまう腕時計。

 他には手にしている何か細長い黒い袋が異様な雰囲気を放っていた。というか、私の気のせいでなければ、その黒い袋からあり得ないほどのオーラエネルギーが放出されていたはずだ。何が入っているのか非常に興味があった。

「あの? もしもし?」

 私が目の前に立っても何も言ってこないので、男性も不安を覚えたのだろう。何かを呟いて私を見てくる。それで私ははっとして、軽く咳払いをして自分の意識を切り替えた。色んな意味で重要人ではあるけれど、服装から見てこの男の人は民間人だ。ならば、軍属の私がすべき対応は決まっていた。

「失礼しました。私の名前は真矢・山谷少尉です。このたびは私の窮地を救っていただき、感謝しております」

 そう言って、私は男の人に笑みを見せつつ敬礼をした。



 これが私、真矢・山谷と、宗一・真堂さんとの出会いだった。

  



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