第17話 選択肢
オーラスーツの大まかな仕様の解説。そういって映し出されたのは、見るからに近接武器仕様と思しき機体、中距離、遠距離と……見た目から言って簡単にわかる見た目をしたオーラスーツだった。
「近接に特化した機体は見ての通り、装備の軽い兵装を装備してのヒットアンドアウェイを着眼点として、機動性と機動力を重視した装備をします。特に顕著なのが追加推進器を装着しての高機動戦闘です」
その言葉と共に、恐らくオーラスーツで記録されたと思われる映像が流れ、自分より前にいた機体が縦横無尽に暴れ回る映像が流れた。
「人の体力をエネルギーとしていても、工学的な変化はないので……銃身が長ければ長いほど、オーラの収束や加速が可能となり、射撃時の威力と弾道の安定性等が変化します。しかしそれはいくら金属部品を可能な限り減らしたとしても、重量の増加を招き、また長くなることで取り回しの善し悪しに、大きな影響を及ぼします」
光学兵器は私の世界には、少なくとも一般人がお目にかかれるほどの実用化はされていなかった。しかしそこらの考察はさんざん色んなアニメやらマンガでされており、ダンガムが好きな私もそれなりに知ってはいた。オーラ、体力を使用した兵器でもその物理的?工学的?……ともかくそういった力学には勝てなかったようだ。
「そのため当然ですが、当人の思考や戦闘方法を元に、適切な武装を装備しています。それを可能にしたのも、開発されたオーラスーツの特徴と言えるでしょう」
近接タイプのバックパックには、いくつかの可動域が見える推進器が取り付けられており、武装はハンドガンとナイフであるようだ。
続く中距離型と遠距離型も装備の違いをある程度説明してくれた。これは私に対する講義だろう。
「その上で私の所見としましては……オーラライフルですらも打ち抜くことが難しい、FMEに対する決定的な遠距離武器の開発が急務だと思われます。マテリアル兵装は確かに強力ですが……扱いの難しさがあり、数がどうしても少ないです」
「まぁそれはそうでしょうね」
剣術をやっていた身としては……それはよくわかった。私の場合は刀だが……それを扱うのは本当に難しいのだ。
刃物で物を切断する場合、切る対象に対して垂直に刃を立てる必要性が出てくる。包丁で食材を切るのも基本的には同じのため、包丁を一度でも扱ったことがあれば、理屈はよくわかるだろう。
しかし当然刀は包丁ではなく、切る対象も食材ではない。稽古の内容にもよるが、剣術道場では巻き藁や、青竹に藁を巻いた物、畳などになる。そういったある程度の堅さがあるものを切るには、勢い……つまり力が必要だ。その力を正確に、刀……すなわち刃がぶれることなく振り回すのが難しく、更にその上で刃を対象に垂直に当てなければいけない。
これが刀で物を切るのが難しい最大の要因である。しかもその上で対象物を切断する際もぶれさせてはいけないため、物を切るという抵抗を受けながら真っ直ぐ切り抜く必要が出てくる。
故に日々稽古に打ち込むわけだが……この世界にはその稽古をする時間もなく、指導者がいない。それではいくら強力な兵器であっても宝の持ち腐れ……とまでは言わないかも知れないが、効率的な運用にはほど遠いだろう。
何よりも数が足りてないのはその通りだろう。歴史的武具は増産ができるわけもない。またオーラマテリアルを使用しなければいけないため、オーラマテリアルがなければ増産もできない。そして仮に増産ができても、接近戦ではどうしても技量が必要になるため即戦力とはならない。ならば多少の安全性を考慮して遠距離武器の開発と、現場の人間が思うのは当然といえた。
「それはこちらもわかっているんだけどね。どうにもうまくいかないのが実情でね」
「もちろんそれはわかっています。ただ、これは私だけではなく、前線の兵士の総意なのは間違いないです。また、相性があるとしても、どうしてもマテリアル兵装の有無というのは……優劣を明確に位置づけてしまう物です。ですので……矛盾しているのはわかりますが、マテリアル兵装の数を増やす、もしくはそれに匹敵する兵器の開発をお願いしたいというのが私の本音です」
こんな状況下でも劣等感というか……公平不公平が出てしまうことに、私は少々笑うしかなかった。ただそれだけじゃないこともまた事実だろう。
オーラ兵装が基本装備のため、恐らく弾切れという状況にはそうそう陥らないことが考えられる。しかしそれでも武器を破損したり、落としたりすることは戦場ではあり得る。しかもオーラマテリアルの特性上、強度が高いことが考えられる。しかも威力が強力と言うことは、それだけ扱いが下手でも当てられれば倒せる可能性があるわけで。
最後に命を救うのは己と武器だ。その武器が強力であればあるだけ、自分の生存率が上がるのは必然な訳だ。そこで厄介なのが相性問題なのだろう。武器が余っていても相性の問題で使えなければ……心証が悪くなるのはさけられない。
「結局そこに行き着く訳か……。まぁそれはその通りだよねぇ? 私としてもそれはわかっているんだけど……どうにも、ね……」
自分でもわかっていたが、現場の人間から直接言われるという行程が大事なのだろう。ダヴィさんはうなだれてそうぼやいていたが、その顔にかげりはあまりなかった。
刺激を求めて現場の人間の話を聞いたが予想通りだったことと、それを打開できない自分に歯嚙みしているのだろうが、どうにも出来ずモヤモヤしている。実に相反した状態だと思われた。
「その……すみません。兵器の開発にどれだけの労力と時間、そして努力が必要なのか、明確にわかってないのに、自分の気持ちだけをぶつけてしまって」
「いやいや。それを望んだのは他ならぬ私なのだから、そこは気にしないでくれたまえ」
家と言われたので素直に真面目に答えた真矢さんだが、やはり罪悪感はあるのだろう。非常に気まずそうにしている。対するダヴィさんはヒラヒラと力なく手を振って苦笑いしながらそう答えている。
「こんな感じで終えればと思うのですが……よろしいですか?」
「もちろんだとも。十分だ。下がってくれたまえ」
ぴょんという擬音が似合いそうに、軽快に椅子から飛び跳ねてダヴィさんがそういって真矢さんと場所を交代する。うまくできたかはわからないが、それでも一応終えたことで安堵しているのだろう。真矢さんが椅子に腰掛けるのと同時に一つ息を吐いていた。
「さてここからは質問タイムといこうか? まずはソウイチくん。君から私……私たちに何か質問したいことはあるかね?」
「……そうですね」
何を聞くべきか? 別段回数や時間の制限を設けられている訳ではないだろうが、それでも基地司令と副司令が暇であるわけもない。また最悪は真矢さんに後に聞くことも可能だろうと考えて……私はとりあえずもっとも聞くべきことを質問した。
「状況は理解しました。それで、私はどのような扱いになるのでしょうか?」
「ほう? やっぱり自身の境遇が気になるかい?」
「こちらの状況が完全にご理解いただいたとは思っていませんが、それでも荒唐無稽な状況なのはおわかりでしょう? その状況で今後どうなるかというのは基礎的というか、重要な情報では?」
「それはその通りだね。その辺りについては……」
「私から説明させてもらおう」
書類仕事が終えたのかそれとも終わらせたのか……ともかく千夏さんがダヴィさんの言葉を遮って立ち上がった。そして私と真矢さんの前に進んで振り返り……こちらに鋭い視線を向けてくる。
「さて……私もあまり時間的余裕もないので単刀直入に言わせてもらうが……あなたには二つの選択肢がある」
指を立てて……こちらに右手を突き出してきた。その顔は実に恐ろしく強ばっていた。
「一つは民間人として山間の街にて生活をしてもらう。その場合、仕事も斡旋させてもらうことになる」
「なるほど」
戦時下で人を遊ばせておく余裕などあるはずもない。どのような仕事をさせられるかは謎し、こんな未来世界で私でもできる仕事があるのかは不安だったが、それでもこう言ってくれるのだからあるにはあるのだろう。
(働かざる者食うべからず)
「次は、予想はしているだろうが……軍に入隊してもらうことだ」
「……でしょうね」
これについては考えるまでもなかった。戦力が不足してる中で突然出現した男。しかもその男は……オーラマテリアルを用いたマテリアル兵装を偶然にも身につけて、ワイバーンを単体で撃破したのだ。
正直なことを言えば、強制的に入隊させられると想像していたので、一応選択権を与えられて内心驚いていた。
「今までの話しぶりから言って、恐らくあなたは民間人だな?」
「えぇ。命のやりとりなんてしたことがない、ただの民間人ですね。先にも言いましたが年齢は61です。私の世界では60になると定年退職と申しまして、仕事を辞めて余生を過ごすような年になります。一応地元の企業で36年働いておりました」
「へぇ? ホントに興味深いね」
ダヴィさんの笑みが妖しくて嫌になる。何というか……今後の選択を終えたら文字通り質問攻めにあいそうだし、恐らくその予想は間違いないだろう。
「そんな君にいきなり軍属になれというのは心苦しいのだけれど……君には是非とも入隊して欲しいというのが、我々の本音だ。何せ君は……新たに発見されたオーラマテリアルを纏って戦闘を行っている。マテリアル兵装を先ほど軽く調べてみたが……適合者が二人しかいない。メインにソウイチ君が、そしてサブとしてマヤ君が登録されていることがわかった」
「えぇっ!?」
ダヴィさんの言葉に、真矢さんが動揺して大声を上げていた。それは私も同様だった。声こそ上げなかったが……思わず真矢さんの方へと顔を向けてしまっていた。しかし直ぐに……何となく理由がわかった。マテリアル兵装の話を聞いたからだろう。
マテリアル兵装には相性があるという。そして、その相性がある物体の欠片……真矢さんが装備していたマテリアルソードの欠片を、私のパワードスーツは吸収したと思しき事をしていた。つまりは……それが答えだった。
その考えが顔に出ていたのだろう。ダヴィさんが乾いた笑みを浮かべて……私を見つめていたことに気づいた。
「ソウイチくんは気づいたようだけど……というか恐らくマヤ君は映像をみていないのだろうね? 君がリーレスにたたき落とされて意識を失っている間に、マヤ君が装備していたマテリアルソードの欠片を、ソウイチ君のパワードスーツが吸収するような現象が起こっているんだよ」
「えっ!? ……あぁ、先ほど宗一さんも言ってましたねぇ?」
(何故引き気味に声を間延びさせる?)
声を間延びさせるのと同時に何故かこちらを距離を取るように、椅子の端に寄られた。若干傷付いたが……この世界の常識がわからない私としては、笑うしかなかった。
「ほぼ間違いなくこれが原因だろうね」
「えっと……それに伴って何か問題とかは?」
「調べてないので何とも言えないが、ソウイチ君がいる限りは大丈夫だろう。要経過観察対象ということだね。二人とも」
苦笑いしながらそういってくるダヴィさんを見て、真矢さんは肩を落としてしまった。どうなるのかは謎だが……厄介事に巻き込まれたのは間違いないのでそれも当然だろう。
「ちょうど良いので、君のマテリアル兵装について話をさせてもらおう。正直私もほとんどわかってないので説明のしようがないのだけど……まず、君のその腕輪がマテリアル兵装であるのは間違いない。そうだね?」
「まぁ恐らく……」
「ちなみに……今それを装備することは可能かい?」
その言葉に、真矢さんと千夏さんの態度が一変した。それはそうだろう。この部屋がどういう警備体制かは謎だが……最強のマテリアル兵装を破壊できるほどの兵器が、備え付けられているとは思えない。そして人となりはある程度わかっただろうが、それでも一人の意味不明な人間を、信用ないし信頼するにはまだ早すぎる。警戒するのは当然といえた。
「多分大丈夫ですが、身につけても?」
「もちろんだとも。ただ……あまり変なことはしないでくれたまえよ?」
「命の恩人もいるというのに、変なことなどしませんよ」
身につけられるという保証はないのだが……だが無駄にある確信を持って、私は右腕の腕輪に触れて、内心で呟いた。
(装着……)
その思いと同時に……私の視界が一瞬だけ黒くなり、直ぐにバイザー越しの視界になった。視界は生身の時とほとんど変わらないが、それでもバイザー越しに見えるため、違和感があった。
「すごい、一瞬で……」
「これが……」
真矢さんと千夏さんが驚きの声を上げてこちらを見ているのがわかった。私としては未だこの姿を客観的に見たことがないのでどのような格好をしているのか未だにわかってないのだが……全身を覆っていると思われるので、おおよその姿は想像できた。
そう思いつつも、私は自らの右腕に目を向けて……そこにアームキャノンと呼ぶべき筒状になっていることを見て、小さく何度も頷いていた。
(ほぼ間違いなくロトメイドのパワードスーツだろうな)
色んな作品があったが、私が思い描くパワードスーツはこれだった。その証拠というべき、右腕が直接銃器になっている姿はまさにそれだった。そしてそこでようやく、もっとも反応しそうなマッドサイエンティストが全く反応してないことに気づいて……そちらへと目を向けた。
その視線の先には……目を見開いてこちらを凝視しているダヴィさんの姿があった。文字通りの驚天動地というべきなのか……口すらも開けてぽかんとしている。
だが……直ぐに意識を取り戻して、こちらに駆け寄ってきた。
「素晴らしい!」
「……はぁ?」
駆け寄ってきて飛び込むようにしてこちらに近寄ってきてべたべたと触ってくる。どう反応して良いかも謎なので、されるがままにならざるを得なかった。
「一瞬にして装着したね! しかも……どう見ても体積的に腕輪で足りるはずもないというのに!? 映像で一応確認はさせてもらっていたのだけど……やはり生で見るのは想像以上だ!?」
非常に興奮し早口にまくし立ててくる。しかし私としてもこれを纏うのは二度目なので……自分自身体を観察するのに必死だったので、あまり気にならなかった。
(確かに、どう見ても体積的に足りるはずがないよな……)
見た目は謎だが、このパワードスーツの大きな特徴は……動きを阻害しないように、体の起伏がほとんどないデザインをしているのが見て取れていた。視界に写る場所……胸元や膝などがそれに当たる。ただ太もも部分に長方形の噴射口らしき物が見て取れる。それが手の動きを阻害するほど大きくはないため、私としては気にならなかった。
先ほどはぶっつけ本番で夢中であり、更に軽業師のように宙に跳んで急落下しての唐竹割という……ゲームに出てきそうな動きをしたときは興奮していて気づかなかったが、今腕や足を軽く動かしても体の動きを阻害している感じが全くなかった。
これはかなり重要な事で……手足の動きを阻害されては、普段通りに剣を振るうことが出来なくなる。また出っ張りがないことで、腕がどこかに当たる様子もない。それがなさそうなのは、個人的にかなり朗報だった。
「少し落ち着けダヴィ!」
「あぁそんな殺生な!?」
考察している私を完全に放置してべたべた触っていたダヴィさんが、千夏さんに首根っこをひっつかまれて宙にぶら下げられていた。その顔には呆れ以上に……怒りが滲んでいるのが、口元を軽くひくひくさせているのでよくわかった。
「何故最高機密のデータをすでに貴様が見ているのかは後に議論させてもらうとして……」
その言葉に、ダヴィさんがびくっと体を一度震わせたのがわかった。そしてその反応と千夏さんの言葉で……何をしたのかが容易に想像できた。
(これだからマッドサイエンティストというのは……)
ほぼ間違いなく機密データを勝手に先に開封して閲覧したのだろう。それを興奮しすぎて思わず口にしてしまった……というのが容易に想像できた。ダヴィさんを宙ぶらりんにしたまま、千夏さんはその怒りをそのままに、こちらに鋭い目を向けてくる。
「強制徴兵というのはあまり好ましくない。だが頭が悪くなさそうなあなたであればもうお気づきだろうが……こちらとしてはあなたに入隊して欲しいと思っている。それを伝えた上で改めて聞こう。今後のあなたの処遇は、どちらがいい?」
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