第19話 検査

 しばらく座り込んでいたダヴィさんだったが、しかし直ぐに復活してとりあえず真面目に指示を出し始めた。

「ではソウイチ君はこの検査着に着替えてくれたまえ。そして荷物は全て、この台の上に置いてくれたまえ」

 最初から真面目にやっていれば良い物を、どうして衝動が抑えられなかったのかと疑問に思うのだが……往々にして人間というのは馬鹿なのでしょうがないのだろう。興味のある事柄に対して興奮して暴走するのは、平行世界といえども一緒のようだ。

「そしてその黒い袋の中身については、こちらに置いてもらって良いかな?」

 黒い袋の中身。その言葉を口にしたとき……ダヴィさんの言葉が少しだけ震えている気がした。それが気になって目を向けてみれば……明らかに警戒しているように、刀を入れている運搬袋から距離を取ろうとしている。ダヴィさんだけかと思えば、真矢さんも警戒しているようで顔が強ばっているのがわかった。

「何をそんなに警戒されているのですか?」

 考えすぎとは思ったが、気になったので直接的に聞いてみることにした。そしてとりあえず、運搬袋の中身……刀を取り出そうとファスナーに手を掛ける。すると、ダヴィさんが手をこちらに向けて、待ったをかけてきた。

「ちなみに聞きたいんだが、それの中身はなんなんだい? 細長い歪曲した棒のようだけど」

(スキャニングでもしたのか?)

 歪曲した棒ということはわかっているようだが、具体的な材質等を言われないことにすこし疑問を抱いた。ロボット……オーラスーツが開発、運用されているような世界だ。輸送機や基地内部に監視というか解析の機器があっても不思議じゃない。というよりもない方がおかしい。そうでなければ私の荷物をチェックされない道理がない。

 なのに何故、今更になって、私の運搬袋の中身がわかってないような言い方をしてくるのが、少々意外に思えた。

「細長い棒ということは、機械的に透視とかされたと言うことですよね? それでわからなかったのですか?」

「君のその運搬袋の中身は、オーラエネルギーが強力すぎてね。機器が計測を拒否したから詳しいことはわかってないんだ。ちなみに……爆発物とかではないんだよね?」

 未だにオーラ関係の事はわかってないので、何とも言えないが……計測機器が計測を拒否したというのが理解できなかった。しかし聞ける雰囲気でもないので、とりあえず中身の回答をしておく。

「中身は刀……刃物ですね」

「刃物? そんな長くて歪曲したものが?」

「えぇ。爆発しないので取り出しますよ?」

 警戒しているので一応断りを入れておく。ごくりと……喉が鳴ったのが聞こえると錯覚するほどに、大仰にダヴィさんと真矢さんが唾を飲み込んでいた。そこまで緊張する理由が私にはわからないが……それでも出さなければ何も進まないので、私はとりあえず緊張をほぐすように、普段よりもゆっくりと丁寧に、運搬袋から四振りの刀、そして奉納刀の拵えを取り出した。

 といっても、取り出したのは白鞘袋、拵袋という、細長い布に包まれた姿のため、まだ刀であるとはわからない。とりあえず、運搬袋に入れていたものを全て取り出して指定された場所においた。

「……これは一体何なんだい?」

「先にも言いましたが刃物です。もっとわかりやすく言えば、剣ですね」

 刀では通用しなかったので、剣と言い換える。真矢さんのオーラスーツが直剣を装備していたので通じないことはないはずだ。

「剣? この歪曲したものが?」

 この台詞で、この世界には緩やかにカーブを描いて切ることに特化した、いわゆる湾刀と呼ばれる物が、歴史的に見てもないことがわかった。

「えぇ。私の世界では湾曲した剣のことを、総称として刀と呼ばれることが多いものですが、用途は剣と同じような武器です。そしてこの刀は私の国……日本が誇る美術品として扱われている日本刀になります」

「? 武器なのに美術品? 意味がよくわからないね」

 矛盾しているようなことに、ダヴィさんが首を傾げていた。これに関しては私も否定できないので、苦笑するしかなかった。

 そして言葉で説明するよりは見てもらった方が早いだろうと思い、私は美術刀である、奉納刀の白鞘袋の封を開けて、鞘を払うことにした。

 刃渡り三尺五寸……105cmという長大な刀だ。元来、茎に刀工の名前を刻むのが普通なのだが、奉納刀の場合は神に納めるということもあって、銘を切らないこともあったという。その代わりといっては何だが、「奉進納」という文字と、その刀の鍛造を依頼したと思われる人名が、刻まれていた。そのためこの刀は誰に鍛えられたのかは謎だが……そんなことは些末事だった。

「……これは」

「……綺麗」

 長いために抜くのも運搬するのも苦労するという、大変扱いづらい代物だが、その長さ、長いにもかかわらずその美しさは、まさに一級品だった。何よりその時間と、幾人もの人々の思いが積み重なった刀だ。美しくありながら、神々しさも併せ持っていた。

「この刀は私が生まれた時よりも遙かに昔……四百年前に鍛えられて神に奉納された刀です」

「……四百年前?」

 四百年という言葉に、真矢さんが呆気にとられたようにオウム返しのように呟いていた。私はそれに頷いて、言葉を続ける。

「元来は武器として普及していった日本刀だったのですが、ごらんの通り、美術品と言っても問題ないほどの美しさを秘めた物です。この美しさがあったために、武器としての意味合いも在りながら、美術品……神聖な物として扱われてきたのです」

 日本刀を語り出せばきりがないのだが……なるべく簡素に言うことを心がけた。

「それは私の生まれた時代も同様でした。しかし元は人殺しの道具。そして長大な刃物であることに代わりはない。そのために現代日本では美術品と扱うことで、刃物ではないと扱っておりました」

「ずいぶん暴論に感じるけどね?」

「否定はしません。ですが、日本刀は私の国が千年以上の時間をかけて鍛え、大事にされてきた大事な歴史的文化財なのです。それを、ただ人殺しの道具だけで終わらせるのは……あまりにももったいないでしょう」

 どれほど取り繕うと、元来は人殺しの道具。これは絶対に覆らない事実。しかし、そうではあるが、それだけではないのだ。

 確かに大名に命じられたために、人を殺すための武器である刀を鍛えたことも事実だろう。合戦が一週間後のため、五日以内に刀を千振り鍛えろと命じられたなどの無茶ぶりも合ったはずだ。しかもしくじれば間違いなく打ち首だ。それこそ死にものぐるいで鍛えるだろう。

 しかし職人として、自らの腕と……心命を賭して、刀を鍛えたはずだ。その全身全霊を賭けて鍛えたその心が、刀に命を吹き込んだのは間違いないはずだ。

 だからこそ、刀というのは美しく尊いのだ。言葉ではこの程度の事しか言えないが……それ以上の何かを秘めている。私はそう思っていた。

「確かに……これだけ美しければ納得だね」

「それで……これが何か問題なのですか?」

 本当に自ら話をぶった切るようにしなければいつまでも語ってしまうために、意識的に話をぶった切った。そんな私にキョトンとするダヴィさんだったが、凄まじい何かを見ていることを思い出して、咳払いをする。

「問題という訳ではないのだがね。いや問題ではあるんだけど……想いに反応するという特性上、歴史的価値のある武器にオーラマテリアルを取り込ませれば非常に強力なマテリアル兵装になる。先にマヤ君が説明していたね?」

 覚えているのかという確認なのだろう。ダヴィさんがそういってきたので私は素直に頷いておいた。歴史的価値をかなぐり捨ててでも、武器に変えて戦わなければならない。かなり追い詰められていると認識したので忘れるはずもない。

 そしてその話を聞いて、私が警戒したのは……言うまでもないだろう。

「そのため、オーラエネルギーの数値が高い物は可能な限り接収させてもらっているのが現状だ。平行世界の君もそれは例外ではない……と思っていたんだけどね」

「……思っていた?」

 接収もあり得るという考えは間違いではなかったようだ。しかしダヴィさんの話しぶりから雲行きが変わっていくのを感じた。

「先にも言ったが、計測機器が計測を拒否している。雰囲気と見た目からだけでもわかったというのに……君の話を聞いて確信した。その刀という物は間違いなくこの世界において、最強のオーラエネルギーを有しているだろう。それ故に……どうにも手出しが出来ない」

「はぁ?」

 最強の武器とも言うべき物なら強制徴収もあり得ると素直に思う……それは出来れば避けたいところだが……のだが、手出しが出来ないという意味がわからず、私としては首を傾げるしかない。それは私だけではなく真矢さんも同様のようで、ダヴィさんの言葉の続きを待っていた。

「機器が計測できないと言うことは、それがどれほどのオーラエネルギーを有しているか不明と言うことだ。つまり接収する理由もないんだ。これが表向きの理由」

「……裏の理由は?」

「単純だ。私の部屋の計測器で計測できないのであれば……恐らくオーラマテリアルが取り込めないし、その代物自体もオーラマテリアルを拒否する」

 そういって空中に映し出されたのはとある動画だった。古い剣と思われる物に、白銀に輝く球体を近づけるも、弾かれるようにして持っていたオーラスーツの手から離れていった。

「これはこの大和国でもっとも大きな博物館だった東京国際博物館に保管されていた、一本の剣に、オーラマテリアルを取り込ませようと試みたときの映像だ。当時の機器で計測不能だったため、さぞ強力な武器になると期待していたのだが……そうはならなかったんだ」

 この映像を見て、私も納得した。この剣がどれほどの歴史を有しているのかは謎だし、この世界の大和国の歴史を知っているわけではない。しかし見た目から言ってかなりの時代を経てきた様子のため、オーラエネルギーが相当量あることは間違いないだろう。

「君がその黒い袋の中に入っているのは全てが計測不能なのでね。恐らくこの映像と同じ結果になるだろう」

「このような現象は他にも合ったのですか?」

「もちろんだとも。流石に一例だけで物事を判断するのはよろしくないからね」

 その言葉を聞いて私は胸をなで下ろしていた。これならば私が持っている大事な刀達が粗末な扱いを受けることはないだろう。元々奉納するため……つまり手放すつもりでいたのは事実だが……何というか、元来の目的以外のことに使われるのは、ちょっと思うところがあるためだ。

「というわけで……これらの刀については接収もしないが、所持もちょっと遠慮してもらいたい。何せこれだけのオーラエネルギーを発している物だ。他にも気づく人が出てくると思う」

「……それは」

 接収がないことに安堵するが、結局取り上げられることで私は露骨に声が低くなってしまった。ここらはまだまだ未熟な証だろう。接収がなくても私の手元から離れて実験で手荒に扱われても困るからだ。

「あぁ、安心したまえ。ある程度研究はさせてもらうけど、手荒なまねはしないし、出来ないんだ」

 手荒なまねはしない……は理解が出来たが、出来ないという意味がわからなかった。ダヴィさんもそれをわかっているので、新たな映像を映し出した。

「この映像は先の剣と違い、そこまで厳重に保管されてなかった剣だったので実験に使用されたときの映像だ」

その映像は、手足と胴体がアンバランスなロボット……サイズから見てコンバットスーツと思われた……が、映し出された映像の剣に向けて、ハンマーを振りかざして叩いている様子を記録した物のようだった。ハンマーのサイズはロボットから見てもそれなりに大きい。それをロボットが振り下ろすのだ。かなりの衝撃を生み出すことが出来るだろう。

 常識的に考えれば……叩かれた剣がぺしゃんこになって終わるはずなのだが、意外なことに逆にハンマーが弾かれているという、実に奇妙というか、作り物の映像なのでは? と疑わしい感じの映像だった。

「見ての通り、オーラエネルギーの内包量が多い物には傷一つ付けられないんだ。だから私が手荒に扱いたくても扱えないんだよ。また今まで君の様子を見させてもらっていたけど、君がその刀達を大事にしているのはわかっているつもりだ。だから心配しないでくれたまえ」

「……了解しました」

 マッドサイエンティストのダヴィさんがここまでいうのだから、本当に打つ手なしなのだろう。またオーラエネルギーが凄まじいことはわかったので、それを個人的に所持して無闇に目立つ理由もない。そのため、自分自身を納得させて承諾しておく。

 ただし私としても刀達が大事なことに代わりはないので、たまには様子を見るというか、手入れさせてもらうことと、また稽古のための刀についてはたまに修練で使用させてもらう許可を取り付けた。

 元々私の物なのだから、強制徴収をしないのであれば拒否するのも難しいはずだ。ダヴィさんもこれに関しては迷うそぶりもなく頷いてくれた。

「では、脱線してしまったが検査に移ろう。検査が終わり次第、質問をさせてもらうのでよろしくね?」

「了解いたしました」

 とりあえず私が運搬していた愛刀達がこの世界においてはとんでもない価値を有しているが、価値がありすぎて逆に手が出せない状況だというのはわかったので、少し安心できた。そのため私個人としては気持ちよく検査をうけることが出来たのだった。


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