第20話 相違点

 刀を取り出してある程度説明をし、そして逆にオーラマテリアルの特性の一つを説明されてから、私の体の検査を行った。といっても本当にただの健康診断だった。設備が未来技術のために、かなり正確に、早く計測できるのはもちろんだが、血液なども抜く量がかなり減っていた。その健康診断の結果が直ぐに判明したのだが……どうやら私の体は完全に健康体になっているようだった。

 また、私が初老の男性という話については半信半疑と状況だった。理由はいくつかある。否定的な意味では肉体が完全に若いということだ。どうしてかは不明だが、ともかく完全に二十代前半の肉体になってしまっているのだ。

 肯定的な意味としては、私自身が理解できなかったが、私の話を信じざるを得ないほどの説得性を持たせているらしい。それが……

「オーラエネルギーが測定値を振り切った?」

「そう。君の体に内包されたオーラエネルギー。これが振り切ったという結果は見たことがない。元来は、年齢が高いほどオーラエネルギーが増えていくというのが、この世界の常識なんだ」

 肉体的に若く、また精力的にも若い方が充ち満ちていて活発に動けるイメージを私は抱いている。それは現代人であれば皆同じだろう。

 しかしこの世界では、肉体的には若い方が良いのだが、オーラエネルギー的には年老いていた方が良いらしい。先に聞いた歴史的な価値のある代物だけでなく、年老いた人間の方がオーラエネルギーの容量が多いというのを考慮するに、オーラエネルギーというのは想いだけでなく、時間の積み重ねもその強弱に影響するようだ。

 つまり私は肉体こそ若いが、この世界の同年代の人間よりも遙かにオーラエネルギーを内包しているということだ。

 であるのならば、刀が……日本刀が最強になりうるのもよくわかる話だった。

「今の君の肉体の検査結果と、オーラエネルギーの総量、そして君自身の話を考慮すれば、君が言っていたことは間違いないんだろう。けれど……それを差し引いてもちょっと荒唐無稽すぎてねぇ」

「それは私も同感ですね。我が事ながら……」

 信じてもらいたい気持ちはあるのだが、しかしそれ以上に自分自身でも信じられてない……というか、意味がわからないのでダヴィさんが渋い顔をするのもよくわかった。ただデータを鑑みれば私が初老の人間というのは信じざるを得ないということで、とりあえず経過観察となった。

「では肉体的には全く問題ないと判別できたとして……次に互いの世界的な相違点に問答をさせてもらいた――」

「まずはそれよりも先にやるべき事があるだろ?」

 ダヴィさんでも真矢さんでもない、新たな人物の声が響いてダヴィさんが話を止める。全員でそちらに顔を向けると、そこには何か荷物を両手で抱えた女性がたたずんでいた。何というか……大変失礼な物言いを許してもらえるのであれば、大阪のおばちゃんという感じの女性だった。

「珠代曹長。食事を届けていただきありがとうございます」

「別にかまいやしないよ、マヤちゃん。ダヴィみたいな自由奔放というよりも、馬鹿な子の扱いはそれなりに慣れたよ」

 快活にそう笑いながら部屋に入ってきて、真矢さんにそういいながら抱えていたものの一つを渡していた。平べったい箱のようで、食事という事から弁当箱のようなものだと思われた。

 意外だったのが、曹長ということであれば少尉よりも階級は下のはずだ。しかし言葉遣いは逆になっている。年齢的に見れば間違いないのだが、一応ここは軍隊のはずだ。それが許される御仁なのだろう。許されている理由が裏のドン的な意味なのか、それともその人柄故なのかは、直ぐにはわからないが。

「むぅ、ひどい言いぐさだね」

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いもんかね。あんた……前にも言っただろう? 飯は最低でも一日一食はくえって。私が口酸っぱくそういってからまだ一週間程度しか経ってないと思うけどね? 数日は食堂であんたの顔を見た覚えがないよ。どうせまた研究に没頭して、ろくな生活送ってないんだろう?」

「うぐ……」

 小柄なダヴィさんと珠代曹長では、見た目も相まって親子のように思われるやりとりだ。といっても珠代曹長は見た目は日系人のようなので、見た目で見れば親子ではないのだが……二人のやりとりに信頼が見えるのでそう見えてしまうのだろう。

「それで? あんたが新しく入ってきたっていう男かい?」

 ダヴィさんにも弁当らしき物を渡してから、こちらにやってきた珠代曹長がそう言ってくる。そして値踏みしているように、じろじろと上から下まで私の体を見てきた。実際に値踏みしているのだろう。ただし不快感はなかったので、本当にただどんな男なのか興味があるようだった。

「お初にお目にかかります。本日真矢さんに保護されてこちらの基地に連行され入隊しました、真壁宗一と申します。以後よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。私は珠代・飯田っていうんだ。よろしくね。ダヴィの実験が加熱しすぎたら私にいいなね。そのときは私からお灸を据えておくから」

「むぅ、タマヨ曹長。これは上官侮辱罪と捉えていいのかい?」

「おや、そういうこというのかい? ならしょうがないね。部下として上官の身体の健康を保つために、ダヴィ技術中佐の秘書になるように千夏司令に連絡し――」

「調子に乗ってましたごめんなさい!」

 食い気味にそう声を張り上げながら土下座をしたダヴィさん。なんというか、実に下らないコントを見ている気分だった。

「馬鹿なことで時間を取らせるんじゃないよこの娘は。あんたもこの子は馬鹿だけど悪い子じゃないから、面倒見てやってね」

「……承知しました」

 言いよどんだのはこれが侮辱罪にならないかを一瞬悩んだからだ。しかしその心配はないと、二人のやりとりを見て判断して返答しておいた。

 その後も何度かダヴィさんとやりとりをして珠代曹長は食堂へと戻っていった。そしてその何度かの二人のやりとりが……実に微笑ましいやりとりにも見えてならなかった。親子……とまでは言わないがそれに近しい関係に見えた。

 実際、ダヴィさんの実年齢は謎だが、小柄な体と見た目から鑑みてもまだ中学生くらいの年齢のはずだ。親に甘えても不思議ではない。FMEという謎の生命と戦争しているこの世界では、軽々しく両親の事を聞くのも躊躇われる。それはダヴィさんだけでなく真矢さんや他の人間も同様だが……ダヴィさんは見た目が子供っぽいこともあってなおさら聞きにくい。

 しかし聞かなかったからといって別段何か困るわけではない。とりあえず珠代曹長の言葉を覚えておいて、行き過ぎだと判断したら素直に助力を請えばいいだろう。私の返答を聞いて安心したのか、珠代曹長は笑顔で研究室を去っていった。

「まぁ確かに、私もそろそろまともな食事をしたいと思っていたところだ。とりあえずいただこうか?」

「そうですね。ちょうどお昼の時間ですし」

 真矢さんの言葉で時計を見て、確かにちょうど昼の時間だった。そのため、ダヴィさんの部屋でこのメンバーでご飯をいただく運びとなった。

 ここで少々予想外だったのが、食事が普通だったことだ。戦争中のためにもっと貧しいというか、おいしくないというか……食事事情に余裕がないと考えていたのだが、少し肩すかしを食らった。

(いや……まずい食事が出てくるのが逆に期待はずれとか、おかしいのだが……)

 また、使われている食材も、差違がないことも驚いた。平行世界でけっこう違いがあるのだが、それでも食材が変わりないのは助かった。これで食事についてはほとんど問題ないことが確定したからだ。

「どうだい食事は? 君の世界と比べてみて?」

 私が食事をしながら考え事をしているのを見て、ダヴィさんがそう問うてきた。その瞳には好奇心と共に研究者としての感情も滲ませていて……有り体に言えば非常に興味深そうにこちらを見ていた。

「そうですね。一応戦争中なのでもっとまずい物が出てくると思っていました」

「それならよかった。まぁ最前線の基地とはいえ物資に余裕がないわけではないからね。ただ戦場だとそうもいかないけどね? ねぇマヤ君?」

「それは仕方ないかと思います。悠長に食べている余裕がない場合もありますから」

「ふむ……」

 戦場でも食えることは食えるようでちょっと安心した。この世界ではどうなっているかは謎だが、それでも最低限の食事を三食食べて生きてきたので、衣食住は最低限保証して欲しいのだ。といっても、本当に戦場に出たらそんな悠長なことは言ってられないだろうが。

「食事中で申し訳ないけど食べながら質問させてもらっていいかな?」

「えぇ」

「見た感じ食事は問題ないみたいだけど、君の世界と違いはあるかい?」

「驚いたことにほとんど違いがないです。見た目も味も。このオレンジ色の物は、にんじんであってますか?」

 にんじんのグラッセと思われる物をフォークで刺してこちらからも質問する。それにダヴィさんが興味深そうにしながら、頷いてくれた。

「魚は……鯖ですか? そしてこの料理は鯖の味噌煮で?」

「そうだね。その通りだ」

 そうして互いに質問しながら食事をいただいた。何せ平行世界なのに似通った点が多いというのは研究者でなくとも不思議に思うことだ。ディスカッションのような状況になってしまった。そして食事だけでなく、ほかのことにも波及する物で……

「エネルギー問題というのはどこの世界も一緒なんだねぇ?」

「まぁこちらには奇跡的な鉱石は見つかってないので、未だ色々研究しているのですが」

「食事については完全にそっちが上みたいだね? 四百年も時代が経ってるのにねぇ」

「それについては、何とも言えませんが」

「写真とかないのかい?」

 そうしてスマホの写真を見せたりして、色々話が盛り上がったというか……話が終わらなかった。ただそれよりも大事な事があるために、中断となった。しかしまだ互いに知りたいこともあるので、後日に話をすることになった。というよりもこれはほとんど業務に近いと言っても良い物であり、必要なことなのだそうだ。

 その後は持ち物検査も行われたのだが……意外にも驚かれたのがタブレットに入っていた無数の娯楽作品だった。

「凄いね!? これを本当に人が書いていたのかい!? しかも一週間で?」

「えぇ……」

「これは素晴らしい! 娯楽ってのがなかなか無いものでね! これは素晴らしいよ!」

 独り身の男故に、趣味にお金を注ぎ込むことが可能だった。その内の一つがマンガやらラノベやらアニメであり、そのほとんどをタブレットのSDカードにぶち込んでいたのだ。

 私が若い頃から今までの人生においての娯楽作品が全て入っているので、相当数の作品が入っている。また、音楽プレイヤーのデータも興奮していた。戦争が長く続いていることもあって、娯楽にかまけるほどの余裕がないという。

 幸いなことに私は全てのデータをダウンロードしていたので、ネットに繋がらなくても読むことが出来る。早速ダヴィさんが複製していた。

「助かるよ! これだけの作品があればかなりみんな喜んでくれるはずだ! まぁ翻訳に少し時間がかかりそうだけど……」

 衣食住が満ちれば娯楽を欲するのは当然だろう。しかしその余裕がない。そんな中日本のアニメに漫画が出てきたら……興奮しない方が無理だろう。

 ちなみにこの世界の娯楽は、端的に言って昭和時代の物しかなかった。ボードゲームなんかがけっこう人気らしい。そんな中で日本の漫画が手に入れば……喜ぶのも無理はないと思われた。

(世界的に人気だしなぁ……)

 連載中の漫画で気になっている作品がもう読めないことは、ちょっと残念だった。

「ありがとうね! 本当に助かる! もしもの時は翻訳とか手伝ってくれると嬉しいよ!」

「わかりました」

 作品群が膨大なので時間はかかるだろう。データ自体はすでにもう渡してあるので、タブレットは返してもらった。

 またデータの見返りというのも変なのだが、私が持っていた充電する機器……タブレットやスマホ、音楽プレーヤー……の充電器を解析して、この基地で充電するためのコンセントを作成してくれるという。

 携帯は、もうほとんど持っていても意味がない物なのだが……それでも使えなくなるよりは使えた方が良いと思えるのは、女々しく思えてしまった自分がいた。しかしタブレットのマンガ等は読み返すという意味でも、充電できた方が良いのでお言葉に甘えておいた。

「さて、とりあえず最低限しなければいけないことは終えたかな?」

 そうして夕方、いろいろなことを行ったが無事に終わったらしい。といっても最低限という言葉から考えられるに……まだこういったことは後日行うと言うことなのだろう。

(まぁそれはそうだろうな……)

 想定していた内の悪い想像だった……スパイと疑われない状況だったのは幸いだったが、それでも正直な話怪しい人間に代わりはないのだ。監視装置や動きを止めるための装置を取り付けられないのは幸いだが、恐らくそんな物は必要ないのだろう。そうでなければいくら何でも脳みそが平和すぎる。

「さて、今後の予定……というよりも今後の君の扱いと注意点を説明させてもらうよ? 心して聞いてくれたまえ」

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