第21話 過去の経歴詐称

「とりあえず訓練生として明日から訓練を受けてもらう。入隊は随時受け付けているのだけど、君はあまりにも特殊すぎるので、マヤ君と共に訓練だ。これは先ほども言っていたことだ。わかるね?」

 入隊を随時受け入れているというのが驚きだったが、それも致し方ないのかも知れない。それならば同期生というか……同じ時期に入隊した人と一緒に訓練すればいいと思ったが、それはないようだ。

「マヤ君には悪いが訓練に付き合ってくれたまえ。一人だと能率もわるいし、一般人だった彼のフォローも必要だ」

「わかりました」

「次に、君の身の上の話については、基本的に話すことを禁止させてもらう。これはマヤ君も同様だ。一応言っておくがこれは命令だ。いいね?」

 口調こそ変わってないが、命令と言う言葉を使ってきた時のダヴィさんの表情は上の立場の人間の顔をしていた。若くマッドサイエンティスト風な感じであっても、その責任を負わせられるだけの技術と覚悟があるのだろう。

「次に君の部屋についてはマヤ君の隣室に入ってもらうよ。私としては是非とも同室で生活して欲しかったのだけど……流石に男女同じ部屋にするわけにはいかないからね」

 その言葉に俺は安堵した。何せ特殊な男という設定は古今東西創作物の世界ではありふれた設定なわけで。しかもその特殊性に拍車をかけているのが真矢さんという女性が使用可能だった特殊武器と、リンクしているような状況なのだ。そのため経過観察のために同室で~~~とかがあり得なくもないと思っていたのだ。

「おや、残念そうにしてる? 君がどうしてもというのなら、同室にするのもやぶさかではないよ?」

「阿呆なことをいわんでください」

 にやにやしながらそういってくるダヴィさんに、思わず普通に返してしまった。上官侮辱になるかと一瞬恐怖したが、気にすることなく、ダヴィさんは話を続けた。

「あのダヴィ中佐。私の隣の部屋にはすでに璃兜がいるのですが?」

「それはわかってるよ。だからマヤ君は今の部屋から1-Aの部屋に移ってもらう。1-Bにソウイチ君が入室する形だね」

「――わかりました」

 部屋の移動を簡単に言ってくるのが軍隊っぽいと思ってしまった。しかし話しぶりから鑑みるに、どうやら部屋は個室であると思われた。まだ確定ではないが、これが意外だった。私だけならばその特殊性を鑑みればわかるのだが、他の隊員も個室っぽいのは意外だった。

 そして……一瞬だけ息を呑んだ真矢さんの様子が、非常に気になった。

「後、君のマテリアル兵装についてだが、それほど小型な物、それどころか変化もするマテリアル兵装は今のところ存在しない。これもまだ秘匿事項……こちらに関しては絶対厳守だ。いいね?」

 取り上げないことに違和感を一瞬覚えたが……あまりにも想定が過ぎてどう取り扱うべきかわからないのだろう。また、特殊すぎる装備を取り上げるよりも、観察と監視を行った方が良いという理由もあるのかも知れない。

「わかっていると思うけど、緊急事態を除いてこちらの許可なしに装備しないように」

「承知しました」

「後、これは先ほどチカ司令から送られてきた君の過去についてのデータだ。読みたまえ」

 そういって差し出されたのは、驚いたことに紙に印刷された用紙。そこに書かれていたのは、私のこれからの設定だった。

 ソウイチ・シンドウ。24歳。埼玉にて生まれ育った。農作業を行う仕事に就いていたが、マテリアル兵装の適合者に選ばれた事が偶然発覚し、平和のためと入隊した。特殊なマテリアル兵装のため、特殊訓練を行うことになった。要約すればこんな感じだった。

(……違和感あるなぁ)

 マテリアル兵装に適合したことは嘘ではないので、そこはいい。全て嘘ではなく真実を混ぜて、信憑性を持たせるというのは間違ってない。ただ私が気になるのは……純粋に自分の年齢についてだった。

(……じっくり見てないけど、24の頃の私の顔って今の顔だったかな?)

 ご丁寧に顔写真が添付されており……まさに履歴書のような用紙だったのだ。

 私には自撮りする趣味はなかった。そのため自分の携帯に昔のはおろか、最近の己の姿を収めた写真すらもない。自宅のPCにはいくつか保管はされているが、今そのPCがあるわけもない。そのため、昔の自分の顔というのは、自分の記憶にしか残っていないので、正直その点を含めても違和感しかなった。

「最初は戸惑うというか、咄嗟に回答を間違えるかも知れないけれど、君の場合ある意味で安心だ。年寄りと言ったところで、君の嘘くさくない本当に若々しい姿を見れば、誰も中身が60を超えた初老の男性だとは思わないだろう」

 これについては激しく同意した。咄嗟に間違えるのは仕方がないと思いたい。何せ今朝までは間違いなく、定年退職した初老のおっさんだったのだ。精神は肉体に影響を受けるとはいうが……流石にまだなじんでないというか、自分自身この肉体が自分だと思えてないので、非常に違和感があるのだ。それについては仕方がないと思っても良いだろう。

 戦時中故に少々微妙だが、この世界にも整形技術というのはあるはずだ。それを知っているはずのダヴィさんが問題ないと判断するのであれば、整形くさくも見えないという事だと判断して良いだろう。

「ただし詳しい身の上とマテリアル兵装について零すことは、絶対に駄目だ」

「承知いたしました」

 これに付いては注意すれば何とかなるので注意するしかない。実際……マテリアル兵装の希少性から鑑みれば、いくら適正があったとはいえ私以外の人員達とマッチングのようなことを行っていないにも関わらず、独占的に私が最強の武器を手に入れたような状況だ。それが知られれば、軋轢が生まれるのは必至だろう。

 ただ……少し気になることがあった。そのため私は挙手をする。

「質問かな? 発言を許可するよ」

「ありがとうございます。マテリアル兵装に対して禁句というのは理解しましたが、けっこう目立つと思うのですが?」

 右手にある腕輪を見つつ、私はそう発言した。腕時計よりも少し大きなごつい腕輪だ。目立たないわけがなかった。

「そこはうまく誤魔化してくれ」

(て、適当な……)

 あまりにもあれな回答だったが、言葉を続けないところからみてこれで押し通すのだろう。これ以上の問答は出来ないと判断し、私は次の質問を口にする。

「あともう一つあります。お話は重々承知し、私もその必要性があるとそれなりに理解したつもりではいます。ですが、私が磨いた技術についての漏洩は、かなり難しいかと」

 別段私は武芸に全てを捧げていたわけではないし、漫画に出てくるような超人ではない。しかし……腐っても数十年以上の時間、真剣に稽古をしてきたのだ。何かの弾み……それこそ接近戦の訓練等で普通に棒状の武器を持ってしまった場合、剣術を使ってしまうだろう。

 今までの話を考えるに、ほぼ間違いなく近接格闘術とも言うべき剣術は、この世界では廃れているはずだ。軍隊格闘などは残っていると思われるが……それでもそれと剣術ではまるで違う。これをどうすべきかが……私にはわからなかった。

 が、あっさりと許可されてしまった。

「あぁそれは気にしなくて良い。渡した用紙に記入してなかったけど、君は自らの家で剣術を習っていたという体で通す。といっても、君の家に口伝で伝わっていただけの剣術なので、信憑性はない。ということにする」

「……はぁ?」

「君は察していると思うけど、この世界に剣術と言うのはもう存在してないんだ。だから……君の家に剣術が残されていたとしても、それを判断する人間がいないんだよ。この世界にはね。だからそれで誤魔化す」

 その言葉は普通に納得できた。確かに剣術が廃れた世界であれば、普通の人間には剣術とは咄嗟にはわからない。実家に口伝で残っていた剣術程度では……巫山戯た剣術と取られても不思議ではない。

「長年の経験からくる物だからしょうがないことだからね。それにこれはありがたい話でもあるからね。君の実力がある程度認知されたら……剣術教官をお願いする事になるかも知れない。絶対ではないけれど可能性はあるから、それは頭に入れておいてくれたまえ」

 その言葉に私は内心で苦い思いで頷いていた。私の話を全面的に信じているのが少々気になるが……それでも近接剣術が使える人間が顕れたというのは、朗報なのだろう。

 マテリアル兵装の事を完全に理解したとは言えないが、それでも話から鑑みれば木刀みたいな武器もマテリアル兵装になっており、その兵装で大型種ですらも容易に倒せるのだ。それを効率的に運用できるようになるのであれば、何でも使う……というのが心情だろう。

(……うまく指導できるかは謎だが)

 一応後輩達の面倒を見てきたのはそれなりに出来るとは思うのだが……それでもやはり平行世界の人間に教えるというのは不安があった。しかも状況から鑑みるに異性の指導も大いにあり得る。しかしそれは今すぐではないので、しばらく考えないことにした。

「まぁ私から言うことはこれくらいかな? 部屋の案内とか施設の案内はマヤ君にお願いするよ?」

「了解いたしました」

 流石に設備案内まではしてくれないようだ。これから私の情報の精査やらもしなければいけないのだろう。

「ソウイチ君のしばらく仕事は、訓練、この世界と自分の設定になれること、そして必要に応じて翻訳の手伝いや、私の質問に答える……という感じかな?」

「承知しました」

 訓練がどのような物かは謎だが……これは正直かなり不安だった。何せある程度の運動をしていたと言っても、それは健康維持程度の軽い物だ。軍隊の訓練と比べるべくもない。しばらくは大変なのを覚悟しなければならないだろう。

「二人はしばらく相棒として生活することになるから、お互いのことを想い合って行動するように。わかったね?」

「「了解しました」」

 私たちの返事を満足げに頷くと、ダヴィさんから先ほど渡された私の過去の経歴が書かれた用紙を回収した。どうやらデータ上に残すのも避けるための措置だったようだ。なかなかの厳重さである。

「ソウイチ君。君の身の上を完全に理解できてる訳じゃないけど、大変なのはわかるから、何かあったら遠慮せず私やマヤ君に相談してくれたまえ。私も可能な限り対処するから」

「ありがとうございます」

 そういってくる顔に嘘は見受けられなかった。というよりも信じるしかないというのが本音なので、理不尽にひどいことをされないことを祈るしかなかった。

(人体実験とかされそうで怖いけど……)

「では、本日の業務はこれにて終了だ。二人とも明日から今までの生活とはかけ離れた生活をすることになるから、くれぐれも気をつけて生活してくれたまえ」

「「はい」」

「ではではマヤ君。後はよろしく」

 そういってヒラヒラとやる気なさそうに右手を振って、直ぐに椅子に腰掛ける。そしてすぐに膨大な空中投影ディスプレイを起動させて、仕事をし始めた。その速度はもう何というか……何をしているのかも理解できない。

 投影されたキーボードが、私が知るキーボードではなかった。ダヴィさんの手に投影されたキーボードは、下だけではなく、何故か手の甲側にも出現していた。キーボードで手を挟むように配置されているのだ。押して下の、上げて上のキーボードを同時に操っている。他にも何かしていそうだったが、私に判断できたのはそれだけだった。

「宗一さん? どうされました? 部屋にご案内しますよ」

「っ。失礼。よろしくお願いします」

 一瞬見とれたというかあまりのすごさに呆気にとられたのだが、真矢さんに声をかけられたことで我に返り、その後に付いていった。




 二人が出て行ったことを確認して、ダヴィは一度手を止めて深く長い溜息を吐いていた。そして頭を休めるように目を閉じて……腰掛けている椅子の背もたれに体を預けて天上を仰ぎながら、ぼそりと呟いた。

「……一体何なんだい、あの人は」

 深く吐いた溜息と共に、零されたその声には疲労感が漂っていた。今までの疲労が蓄積していたのは事実だった。それを差し引いても……今回の出来事はあまりにもダヴィが知る事の常軌を逸していた。

『ダヴィ、入るぞ』

 ドアが開く前に訪問を告げられ、そして許可を得る前に入ってきたのは司令の千夏だった。許可を得る前に入ってきたために、千夏が見たのは椅子に深く腰掛けて背もたれに思い切り背を預けて、額に手を当てているダヴィの姿だった。

「チカ司令。出来ればチャイムを鳴らしてくれると嬉しいな?」

「それは済まなかったな。しかし珍しいな。貴様の事だから狂喜乱舞していると思っていたのだが」

 上官である千夏が入ってきて敬礼することもせず、ダヴィは背もたれに背を預けたままだった。それに慣れているのか気にしていないのか……千夏は怒ることもなくダヴィの机へと歩み寄っていく。流石にこのままでは会話がまともに出来ないので、ダヴィはもっとゆっくりしていたいという欲求を必至に堪えて、姿勢を正した。

「それでは報告を聞こうか、ダヴィ中佐」

「了解しました、チカ司令」

 互いに階級を言葉にして意識を切り替えた。そしてダヴィがコンソールを操作していくつかの画面を空中に投影させた。そこには宗一の肉体的データや映像が映し出されている。

「それで? 具体的には?」

 少しの間だけ投影されていた物を見た千夏だったが、見終えたのかダヴィにそう問いかけた。その問いに、ダヴィは新たな情報が映し出された物を千夏が見える位置に表示させた。それを見て……千夏は眉間に皺を寄せていた。

「マヤ君と一緒に戦闘しているとき、先ほど君の部屋で装備してもらったとき、そして先ほどこの部屋でももう一度装備してもらったとき……全ての状況でデータを解析してみたけど、彼は全く違和感を覚えてない。シンクロ率とでも言えばいいのか……それが完璧だ。オーラマテリアルに直に触れている……しかも全身で肌に触れているにもかかわらず、彼の身体に一切の悪影響のデータが出てこない」

「ということは……」

「あぁ。彼は今まで我々科学者達が、思い描きながらもどうしても実用化できなかった、オーラマテリアルとの完全な同調を果たしている。そしてその副作用とでもいうべきなのか……オーラマテリアルを纏って装備している」

 そして次に映し出されたのが白い球体に直に触れて……発狂するように悲鳴を上げる人物の映像だった。そしてその映像のデータを集計したと思われるデータもあわせて表示された。

「チカ司令も知っていると思うけれど、オーラマテリアルに直に触れて無事だった者はいない。怪我をするとかそういう悪影響はないけれど、誰もがずっと触れていられなくて悲鳴を上げて離れてしまう。我慢して触れていても、せいぜい数分が限度だった」

「しかし中には触れていても悲鳴を上げなかった奴もいただろう?」

「その場合は逆にオーラマテリアルから離れていってしまうね。彼のように直に触れることが出来る上に、オーラマテリアル自ら同化するように飛び込んでいくような事例は、世界中どこを探しても存在しない」

 統計されたデータに表示された中で、赤字で太文字になっている数字があった。256。恐らくこれが実験に従事した人間の総数なのだろう。その全ての人間が……オーラマテリアウルを纏うどころか、まともに触れていることすらも出来なかった人間達の人数だった。

「しかも驚いたことに……彼の細胞が赤子と同じくらいに若々しい細胞なんだ。まるで……今生まれたばかりとでも言うようにね」

「? しかしあの男はどう見ても――」

「そう、見た目は完全に成人して直ぐの若い男性だ。なのにオーラエネルギーの総数は世界有数の数値を誇り、肉体年齢は赤子とほぼ一緒。もう出鱈目すぎて理解不能だね」

 お手上げと言うように、ダヴィが肩を大げさにすくめて見せた。この世界の常識では、年を取れば取るほどオーラエネルギーの総量が増える。見た目が二十代前半に見える宗一が、内包するにはあまりにも巨大なエネルギーを内包していた。

 それを示すように、年代ごとの男女のオーラエネルギーの平均値が示されたデータと宗一のデータを比較した資料が表示されるが……文字通り比べものにならないレベルだった。

 その上で肉体も赤子と言うべき若々しい細胞なのだ。あまりにもアンバランスな人物であり、非常識な存在であるというのが、今の宗一という存在だった。

「一応確認しておくが彼は人間なんだな?」

「それは間違いない。彼は人間だ。FMEが化けた姿であるということは、あり得ないと断言できる」

 最悪の事も想定した質問だったが……これに関してはダヴィはあっさりと、そしてはっきりと否定した。

「その根拠は?」

「といわれてもね。機械で測定した結果として、肉体を構成する物質が我々と同じだった。脳の反応なんかも解析していたけど、不穏な点は見受けられなかったからね」

「ならば、彼が新種という可能性は低いか」

 宗一が人型のFMEであることを想定しての質問だった。あらゆる事を想定しなければいけない、司令ならではの発想といえたかも知れない。

「断言は出来ないけど、今のところはね。とりあえず訓練に伴って解析は進めていく。訓練メニューは通常の物に加えて、私のメニューで良いんだよね?」

 ダヴィの質問に千夏は頷いた。それでようやく少し気持ちが回ってきたのか……ダヴィが笑みを浮かべた。それも……少し気持ち悪いと言える笑みを。疲れと好奇心がない交ぜになって……実に気持ち悪い笑みとなってしまっているが、本人は気付いていなかった。

 そんなダヴィを見て千夏が溜息を吐いていたのだが……それに気づかず、ダヴィはコンソールを動かしてスケジュールを組み立てていた。


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