第6話 飛竜

「つ……疲れた……」

 何とか困難をやり遂げたと思しき状況になって、周囲を警戒しつつ残心していた私。その残心も終えて、漸く安全になったとわかって、心の底から絞り出した言葉だった。

 謎の流体生命体と思しき○イリアンとの戦闘が、始まってどれくらい時間が経ったのか? どれだけの数のエイリア○を屠ったのか? 色々と不明だが……ともかく突如として始まった、未確認生命体との戦闘は無事に終えたようだった。床に座り、荷物の中から、大事に取っていたペットボトルのお茶を飲んで、一息吐いた。

『無事みたいね? 大丈夫?』

 先ほどまでわさわさと、わき出るように未確認生命体が入り込んでいた、コンテナの隙間から顔をのぞかせてきたのは、このコンテナに入っていたロボットだ。意味不明な言語を話しているようだが……全く理解できない。ただ、声の感じから言って、こちらのことを気遣っているのは感じ取れた。

「お気遣いありがとうございます。そちらは大丈夫ですか?」

 最初こそ完全に戦えないと思っていた私が、意外にも未確認生命体を普通に倒すものだから直ぐに方針を変えて、このロボットは私を放置していた。それについて思うところがないといえば嘘になる。

 しかし装備していた武器が、多対一向きの武器ではなかったので致し方ないこともある。ゆえに私はそれを飲み込んだ。実際、かなり過酷な役割分担だが、何とか危局を乗り切ったのは事実なのだ。感謝はするべきだろう。

 一応礼を伝えるも、通じないことは百も承知している。そのため私は礼を述べるのと同時に、深々と頭を下げていた。異世界とはいえ、頭を下げる事の意味は通じるだろうと、信じておいた。

 幸いと言うべきか異常と言うべきか……小型サイズの未確認生命体を倒すことは何とかなったわけではあるが、ロボットが相手してくれたロボットよりも大きな敵に、私が対応できたとは思えない。仮に対応できたとしても、このロボットがいなければ未確認生命体の問題が片付いた後、生命を守るための拠点を得るという部分で、完全に詰みだ。この後ロボットが私をどのように扱うのかは謎だが……守ってくれたことも鑑みれば、少なくとも殺されることはないだろう。

 それに今はロボット以上に……自らの体のことが気になっていた。

「……一体、どうなっているんだ?」

 初老の男から、もっとも脂がのったと言っても過言ではない、二十代前半の肉体に若返った自らの肉体。確かに全てにおいて、初老の男よりもスペックが上回るのは、事実だろう。しかしそれを差し引いても、あまりにも体の動きが良すぎた。

 反射速度、筋力に素早さ。全てがどう控えめに見ても……私の実際の二十代前半の時より、比べものにならないほど動きが良い。また体力も異常にあった。持久力にはそれなりに自信はある。初老になった今でも、10kmを走りきることが出来る。しかしそれでも……あれだけの未確認生命体を撲殺してなお、少し荒く息切れしているだけというのは、いくらなんでもおかしすぎた。

 更に目も異様に見えた。視えたといってもいいくらいだ。先読みもあるが……未確認生命体の動きを見損ねなかったのだ。凄まじい速度で振るわれてきた爪の斬撃さえ、爪の先端をはっきりと見ることが出来る位だ。

「極めつけが……」

 先ほどまで振るっていた、手にしている木刀に目を向ける。確かにこの木刀は高級品の木刀だ。最高品質の木刀で、手入れに使っていた油も、最高品質のものを使用していた。

 しかし……それでも木刀である。未確認生物の手応えがよくわからない感じではあったので、木刀にそこまでのダメージの蓄積は無かったのかも知れない。それを差し引いても……大量の未確認生命体を撲殺してまったく傷付かないのは、異常としか言いようがなかった。

「……木刀でこれだと」

 何が原因で木刀が頑丈なのかは謎だ。素材として木は頑丈な方だが、金属に比べるべくもないだろう。無論木材は素材として生きているので、長期間の使用が可能なのは事実だが、硬度という意味ではどうしても鉄には劣る。

 ちらりと……私は床に置かれている自らが作成した、刀運搬袋へと目を向ける。中にあるのは……愛刀三振りと、奉納する予定だった三尺の刀。

(使わなければいけなくなるのか?)

 この世界がどんな状況であるのか、察するのはそう難しいことではないだろう。それは私が特別頭が良いわけではなく、十分推察できる材料があったからだ。その材料から推測するに……木刀よりも遙かに強力な得物が、この場にあるということになる。

「う~~~む」

 ロボットの存在から鑑みても、転移なのは間違いない。夢という事もあり得なくはないが……それにしてはあまりにも感触がリアル過ぎる。未確認生命体を撲殺した感触。鼻に香る……砂の匂いしかしない風。周囲の廃墟と化した大地の破壊の爪痕。

『警報? どうして?』

 そして……先ほどからこちらを心配して話しかけてきてくれている、ロボット。このロボットが、未確認生命体と戦っているのは、先の一戦が証明している。そして……恐らくあまり強くないであろう、人型サイズの未確認生命体。私の身体能力に得物の異常さ。これらを鑑みれば……これから先は、実にめんどくさく険しい道が待っているのが容易に想像できた。

「なんとまぁ……面妖な……」

 顔に手を当てながらそう呟いていた。そう呟くしかなかった。




(疲れたのかしら? まぁそれは当然なのだけれど……)

 とりあえずFMEの襲撃が一段落し、増援が無いと思いつつも、私はオーラスーツを除装することなく、周囲の警戒を続けていた。除装しない理由としては、あまり考えたくないことだが、まだ油断できない状況であることに、代わりがないからだ。背面のオーラライフルは、すでに限界に近い。恐らく後一発撃てるか否か、というところだろう。そうなると残された武器は、オーラハンドガン二丁と腰のマテリアルソード、コンテナに積載されたオーラナイフとオーラハンドガンの予備のみだ。これでは中型を相手するのが精一杯だ。

 そして次に……この男の人の前に、インナースーツで対峙する勇気がなかったためだ。インナースーツは、オーラスーツを着用するのに最適化されたスーツ。防弾、防刃性能はあるし、耐衝撃性能も申し分ないけど、アクティブスーツと比べられるわけもない。

 アクティブスーツは、オーラスーツを装備せずともFMEと戦うために作成、開発されたスーツだ。スーツというよりは外骨格装備と称した方が、しっくりくる。オーラマテリアルを使用してないため、オーラスーツよりは劣るけれど、それでも生身とは比べものにならないほどの、力と素早さを与えてくれる。

 オーラスーツの武器も、中型サイズまでであれば、アタッチメントを使用してアクティブスーツでの装備と使用が可能。そのため、アクティブスーツでも中型までであればFMEと戦うことが出来なくはない。

 だけど……現実として今私が纏っているのはインナースーツとオーラスーツ。オーラスーツであっても、この男の人と戦うのは避けたいと思うのが正直なところなのに……それよりも無防備なインナースーツで、この人と対峙したくはなかった。

(まぁ……先ほど何かこちらに言ってきたあとに頭を下げてくれていたから、変な人ではあっても性格破綻者とかではないと思うのだけれど)

 先ほど頭を下げてきた動作は、私にも理解できた。故にその前に口にしていた言葉はお礼だろう。ならば今自分がどういう状況なのかは、ある程度理解できていると考えて良いはずなのだ。その上でこちらに礼節を持って接してくるのだから、問題ないと思えた。けれども、繰り返してしまうけれど……私は除装する気はなかった。

 故に私は、非常時という言い訳を自分にしつつ……実際まだ救援が来てない状況で除装するのは自殺行為だ……周囲の警戒を怠らなかった。またなるべく声を掛けて、男の人の言語のデータを少しでも蓄積するのを忘れない。

『無事みたいね? 大丈夫?』

「お気遣いありがとうございます。そちらは大丈夫ですか?」

 もちろん通じないけれど……こちらが話しかければキチンと返してくれる。また無我夢中とはいえFMEに対処しつつ、私ともこうしてコミュニケーションを取るのだから、言語さえ通じればきっと良好な関係が築けるだろう。

 良い意味で異常と言える……人型種とはいえFMEを生身で、しかも格闘戦で屠った……男の人だけど、活躍が期待できると内心で喜んでいた。


 そのときだった。


!!!!

 甲高い音がスーツの中に響いた。オーラスーツのレーダーが、新たにこちらに接近してくる物体を捉えていた。戦闘が終わったことで周囲の状況を早く知るために、索敵範囲を広げて探知を行っていたためだ。さきほどよりも詳細なデータを取得できなくなるけれど、周囲に反応がない以上、少しでも早く接敵を知るためにしたことだ。

 だけど……こちらに送られたデータを見て、私の心境は恐怖に包まれた。

「この反応!?」

 立体マップに示された敵の光点は、どう見ても飛翔しながら接近してきている。それも凄まじいスピードで。しかもオーラスーツに登録されているデータと照合して、こちらに飛翔して接近してきているFMEが、何の個体かを教えてくれる。

「FME飛行型……ドラゴン種、リーレス!?」

 その個体は、数多のオーラスーツを壊し尽くしてきた、最凶の名前。人類最強の兵装であるオーラスーツですら、退けることしか出来ない、特別なFMEの名称だった。



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