第2話:蔓延
次の日、僕はカレーがどれだけ広がっているのか調べるために王都を歩いていた。
そこには意外な光景が広がっていた。
「いつの間にこんなことになったんだ?」
カレーを開発して一年、スパイス販売を始めて半年になるけれど、王都には想像以上に多くのカレー屋ができていた。というよりどんな店のメニューにもカレーがあって、みんな当然のように注文をしている。
商会からカレースパイスの販売量の報告は受けていたのだけれど、ただの数字としてしか見ていなかったので、ここまでのここになっているとは思っていなかった。
僕は道ゆく人々を【鑑定】し、どれだけの人がエレノアと同じようにカレー依存症にかかっているのか調べた。
その結果、全員がカレー依存症にかかっていることが分かった。
⋯⋯多すぎる。
想像以上の状況に血の気が引いていく。
「まさかこれほどになっているなんて⋯⋯」
しかも被害はこれだけにとどまらないだろう。
各国の上流階級の者たちの間ではいまカレーが猛烈に流行っているのだ。
昨年の国王生誕祭で僕が各国の貴賓たちに至高のカレーを振る舞い、スパイスの販売開始を大々的に宣伝したので、一気に認知されることとなった。
その上、この国の魔法団長と協力して僕は転送の魔道具を作った。いまでは元の世界と遜色ないスピードで物資を世界中に届けることができる。
結果、世界中の主要な都市に多くのカレースパイスを販売している。
この国の王都がこの状態だとすると他国でも似たようなことになっている可能性が高い。
もしかしたらカレー依存症は世界中に蔓延してしまったのかもしれない。
このままではエレノアのように体調不良の人々で街は溢れかえってしまうだろう。
気がつくと僕の背中は汗でびっしょりになっていた。
◆
これまでに僕はたくさんの料理を開発してきた。
特に揚げ物とスイーツは好評だったので自分でお店をプロデュースしてきたし、商会にレシピを売って、たくさんのお金を稼いできた。
僕に協力してくれた商会は元々は小さかったのだけれど、今では世界でもっとも大きい店のひとつになっている。僕がこの世界に持ってきた情報はそれだけ価値の高いものだった。
味を占めた僕は次にカレーライスが食べたくなった。
米はすでに見つけていたけれど、この世界ではスパイスはあまり使われておらず、複数種のスパイスを巧妙に混ぜ合わせる文化はなさそうだった。
おかげで開発成功までの道のりは長かった。
既存のものを改良するのではなく、材料から自分で探す必要があった。
僕は世界中を回って植物を【鑑定】し、スパイスになる材料を集めていった。
カレーに使われるスパイスの名前くらいは知っていたけれど、それらがどんな植物から取られているのかなんて分からなかったので、しらみ潰しに探すことしかできなかった。
スパイスの材料を見つけた後は、それらがどこでも栽培できるように魔道具を開発し、品種改良を重ねていった。
この時も魔法団長の力を存分に借りた。彼女は魔道具作りの天才だ。
そういう努力の末に僕はやっとのことでカレーにありつけるようになった。
久しぶりのカレーライスを頬張った時にはあまりの感動に涙が止まらなかった。
それほどカレーは僕の心に故郷の味として刻み込まれていた。
かなりうまくできたこともあり、僕は自分が作り上げたカレースパイスに絶対の自信があった。
間違いなく売れると確信していた。
なのでいつもの商会に頼んで、世界中に広げてもらったのだ。
「まさかねぇ」
今朝カレースパイスを【鑑定】したら強い中毒性があることが分かった。
知識がないせいでそれ以上の情報を得られなかったが、アルコールやニコチンを鑑定したら同じように「強い中毒性」があると出たので、相応に注意する必要があるだろう。
僕が開発してきた食べ物を他にも【鑑定】したけれど、中毒性があるものはなかった。
なぜかカレーにだけそんな性質があったのだ。
そんなの分かるわけがない。
最高レベルの【鑑定】でしか分からない中毒性と暴力的なまでのおいしさ、その相性は最悪だった。
運が悪すぎると
◆
「でもみんな幸せそうなんだよな」
苦い気持ちを持ちながらも、僕は街で幸せそうにカレーを頬張る人々を見つめていた。
それが特定の成分によるものだというのが不健全かもしれないけれど、この笑顔は僕がカレーを広めることで見たかったものの一つではある。
僕は十七歳の時にこの世界に転移してきた。
右も左も分からない中で、僕は懸命に活動した。
今日までなんとかやってこれたのは自分の力のおかげではない。
世間知らずの僕をみんなが優しく受け入れてくれたからここまでになれたのだ。
それに対する恩返しがしたくて僕は頑張った。
みんなの笑顔を見ることが僕の原動力だ。
これまでに冒険者となって多くの人を助けてきた。
魔道具を作って生活を便利にしてきた。
美味しい料理やお酒を開発してみんなを楽しませてきた。
たくさんこの世界に貢献してきたと思う。
何度かやらかしてしまったこともあったけれど、毎回挽回することができていた。
だからきっと今回もなんとかなるはずだ。
俯いたままでいるのは僕らしくない。
それでは今まで僕を助けてくれた人に申し訳が立たない。
顔を上げて、この困難に立ち向かおう。
そう思うと少しだけ濁っていた視界が開けてくる。
「とにかくまずはソフィアに相談しに行こうかな」
聖女ソフィアは回復魔法に長けているので力になってくれるはずだ。魔法で治療できるなら対策が取りやすい。
方針を決めた僕は、街の人々が喜んでカレーを食べるのを眺めながら教会に向かった。
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