第20話:作戦

 カレーの匂いで気を引いた後に僕が登場し、全力の攻撃を見せて戦意を喪失させるというのがエレノアの立てた作戦だ。


「お前ら空気を送れ!」


 ルシアンヌの号令に従って騎士達は森の植物を伐採し、風魔法を発動した。鉄板に入れたスパイスミックスの香りが立ち込め、辺りに広がる。


 エレノアによればカレーの神の芳香によって兵士たちは足を止めるらしい。

 理由はどうあれ、カレーの匂いによって兵士たちの動きが止まることには僕も同意した。

 街を歩いていても『あ、この家はカレーだ』って分かるくらい匂いが広がりやすいことは分かっているしね。


「みんな、ボクの後に魔法を発動して」


 ルシアンヌ以下騎士団の者がカレーの匂いを拡散させようとしている時、魔法団の人たちは儀式魔法の詠唱をしていた。


 この魔法は効果範囲内を夜のように真っ暗にする効果があり、古くから神の儀式に使われてきたようだ。


 昼なのに突然夜のように暗くなっていくという演出のおかげで場の神秘さはかなり増した。魔力に余裕のあったペトロニーアが雲を出現させたのも効果的だったに違いないと思っている。




 ペトロニーア達の魔法が発動したのを確認してから僕はカレーの火を消し、エレノアとソフィアが監修した謎の上着を羽織った。


 これは魔王が着ていそうな漆黒のコートでやたら丈が長い。しかもよく見ると黒い布地に黒い糸で刺繍が入っていて、男心をくすぐってくる。


 エレノア達は僕のことを神の遣いと言うことがあるけれど、その割に悪にしか見えない服を用意してくるのはよく分からなかった。二人曰く「格好良さを追求」したそうだけれど、いざ着てみるとなんだか恥ずかしくなった。


「⋯⋯本当にこれで行くのか?」


 僕が逡巡しているとよだれを垂らしながらペトロニーアがのっそり近づいてきた。


「ユウト、その服すごく似合っているよ。エレノア様はセンスが良いね」


「そうか? 真っ黒すぎないか?」


「それが良いんじゃない。ユウトってよく黒い服着ているでしょ?」


「⋯⋯まぁ、そうだけど」


 痛いところを突かれて僕は何も言えなくなった。


 ふと目を逸らすとルシアンヌが魔法を使いながら満面の笑みで親指を立てている。

 彼女もこの格好には好意的なようだ。


「ほら、ユウト。そろそろ状況が整うよ」


「そうだね⋯⋯」


 僕は諦めて少年の妄想を体現したような格好のままで行くことにした。


 空はあっという間に暗くなり、雲が出てきている。

 途中で見つかると気まずいので離れたところから魔法で浮き上がり、全速力で両軍の間に移動した。


「本当に人がたくさんいるんだなぁ」


 上空から見ると人がかたまって陣形を作っているのがわかる。

 エレノアの話ではこの地に合計十五万の兵が集まっているらしい。

 全員がいま出撃しているわけではないだろうけれど、途方ない数字で実感が湧かない。


「ゴミのようだとは思わないけれど、あの粒ひとつひとつがヒトだとは確かに思えないなぁ」


 見下ろしながらブツブツ言っていると遠くの方で赤い光が見えた。ルシアンヌからの合図だ。


 僕は両手をゆっくり広げ、顔を天に向けた。

 するとその動きに合わせて雲が切り裂かれ、空から光が差し込んできた。

 これはルシアンヌによる演出だ。


 ルシアンヌは見た目の派手さには拘らないタイプだと思っていたけれど、行軍の間中、今回の僕の動きやライトアップの方法についてペトロニーアとずっと議論を戦わせていた。


 その結果、この演出が一番格好良いということになったので僕は言われた通りに演技をしている。


 空に上がった時から僕に気づいていた人はいたけれど、この演出によって見える限り全ての人が僕に注目した。たくさんの人に見られるのは得意じゃないけれど、今は空にいるし、比較的距離があるので大丈夫そうだ。





「さて、ここまでお膳立てしてくれたんだから僕も本気を出さなくちゃな」


 僕の【分解】スキルは威力が高くなりすぎて普段は使うことができなくなっていた。

 最後に全力を出したのは神山で古龍を討伐した時かもしれない。


 エレノアのオーダーは、威力があって格好良い技だ。人に当てるつもりはないが、当たったらただでは済まないと思わせなくてはならない。


 僕は練習だけして本番では使ったことのない秘蔵の技を出すことにした。


「——神のいかづち


 ここにいる全ての人間に技の名前を知らしめるために風魔法で声を届けることも忘れない。

 

 身体に存在する全ての魔力をかき集め、お腹の辺りに集約する。

 浮遊に必要なわずかな魔力を除き、それ以外をスキルに注ぐ。


 意味ありげに右手を振り上げて、地上にそれを叩きつける。


「くらえ!」


 分解の力は白銀に輝き、稲妻のように地面に降りていった。

 じゅわっという音がして、角砂糖に水が注がれた時のように地面が深く解けてしまった。


「うわぁ、やりすぎたかも⋯⋯」


 しばらく全力を出していなかった上に、魔力操作が上手くなっていたので想像以上の威力が出てしまった。


 兵士たちの様子を見るとほとんどの人が腰を抜かしている。みんな引き攣った顔でこちらを見ている。


 両軍のちょうど真ん中に魔法を放ったので僕が開けた穴を見ることのできない人が大半だろうけれど、大きな魔力を解き放ったからそれに威圧されたのだろう。


 辺りはシーンと静まっている。

 誰か反応を示してくれたら良いのだけれど、みんな必死に立とうとするばかりで何にも言ってはくれない。


 ここはキャラを破ってでもおどけた方が良いのかもしれないと思った時、ざわめきが起こった。


「神が降臨なされた⋯⋯」

「大いなる神よ、私たちに救いをお与えください」

「これが神の御意志なのか⋯⋯?」


 そんな呟きがそこかしこから出されて騒々しい音となった。


「怖がらせるはずなんだが、なんか崇められていないか?」


 手を合わせてこちらを拝んでいる人や感涙に咽び泣いている人がいる。その目は差し詰め天啓でも受けたかのようだった。


 正直ちょっと気持ち悪い。


 冷ややかな気持ちで集まる視線を受け止めていると、突然神聖国の兵士が一人で叫び出した。


「悪魔だ!!!!! 悪魔が現れたぞ!!!!!」


「今度は人のことを悪魔呼ばわりか⋯⋯」


 神と呼ばれるのもきつかったけれど、悪魔というのもあんまりじゃないかと思った。

 でも頭の中で反芻するうちにそれが不思議としっくりくる表現であることに気がついた

 少なくとも神とか天使とか言われるよりもよっぽど気分が良い。


「そうか。王になることを決心した時に『自分は悪で良い』と思ったんだったなぁ⋯⋯」


 あの日、僕はそう決心をした。

 依存症が悪化すると分かっていても仲間達にカレーを食べさせたのは、それが必要なことだと思ったからだ。


 ディストピア化してゆく世界で人々に幸せを感じてもらうために僕は悪を為すと決めたのだ。

 もしその事実を知る人間がいたとしたら僕は『悪魔』に見えるに違いない。


「⋯⋯クックック。アッハッハッ!!!」


 そのことに気づいた時、笑いが自然と込み上げてきた。

 久しぶりに心の底から愉快な気分になり、笑いを我慢することができない。


 正しいのは僕じゃない。僕を悪魔と称した彼の方だ。

 そう思えてならなかった。


 そんな彼の顔を見ようと目線を下げると、彼はやばい目をした男達に囲まれてボコボコに殴られていた。あのままでは死んでしまう。


 魔力を操り僕は地上に舞い降りた。

 僕が降りてくるのに気がつくと兵士たちは後退り、頭を地面に擦り付けて拝み始めた。


 真ん中には彼が倒れ込んでいる。僕は状態を調べるために【鑑定】スキルを使用した。

 

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名 前:アルトゥリアス・ドーンブレイカー

称 号:神聖国騎士団中隊長、前線料理人

状 態:恐慌、カレー依存症発作

 ・カレー依存症(重度 3,836)

スキル:料理(Lv.8)、剣術(Lv.5)、叡智(Lv.5)、神眼(Lv.1)、重力魔法(Lv.1)

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「アルトゥリアスという名前なのか⋯⋯。なんか格好いいな」


 不思議な構成のスキルの中に【神眼】というスキルを見つけた。これがあるからアルトゥリアスはあのような行動が可能だったのかもしれない。


 僕は残り少ない魔力を使ってアルトゥリウスに回復魔法を使った。

 みるみるうちに怪我が治っていく様子をみて周りの兵士たちが「おぉ⋯⋯」とか言っている。


 至近距離で信仰に染まった男たちの視線を受けるのはきついものがある。

 だけどついでだからここにいる人たちに言葉を伝えることにした。


「フェランドレン帝国と神聖シオネル王国の戦争は即刻終わりにしろ。さもないと汝らに神の鉄槌が下されるだろう」


 周囲の人たちが「ありがたや」とでも言いそうな勢いで話を聞いている。

 居心地がとても悪いので、僕はアルトゥリウスを両腕で抱き抱えてここから去ることにした。


「アルトゥリアス・ドーンブレイカーは賢人だ。よってピネン王国で保護する」


 それだけ言って、僕は森の方に戻っていった。

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