第21話:警戒
アルトゥリアスを抱えながら森に戻るとみんなが迎えてくれた。
「ユウト、すごかったな! あれが全力の【分解】だったのか?」
「おつかれさま。格好良かったよ!」
「ユウト様すごすぎっす。仲間だと分かっていても威圧されましたよ!」
「私の魔法はいかがでしたか⋯⋯?」
みんな朗らかな様子でさっきの感想をくれる。
温かな空気だが、緩み切るにはまだ早い。
「ルシアンヌ、状況はどうだ?」
「今のところ戦いが再開する気配はないぞ」
「一応神聖国の兵士には一言だけ釘を刺しておいたけど、言うことを聞くかは分からないな」
できれば正気に戻って自分たちの狂信的な行いを振り返って欲しい。
「あれだけの大穴が空いたんだから死者がいないとしても戦いどころじゃないとボクは思うよ」
「ペトロニーアの言う通りだが調査はしっかりやった方が良い。ルシアンヌ、騎士達に頼めるか?」
ルシアンヌは頷いて、騎士達を戦場に向かわせた。
戦争の終結のためにこれからも動いていく必要があるけれど、戦いが一時停止すれば僕たちの基本的な役割は終わることになる。
状況調査が終わるまで時間があると思ったので、僕は抱えているアルトゥリアスを治療することにした。
「ペトロニーア、治療を手伝ってくれないか?」
「いいけど⋯⋯その人は誰?」
「詳しくは分からないんだが神聖国の兵士だ。名前はアルトゥリアスというらしいけど、面白いと思って連れてきた」
「面白い?」
「あぁ。彼には本質を見抜く目があるかもしれないと思ってね」
「⋯⋯?」
ペトロニーアは疑問符を浮かべたけれどこれ以上聞いても無駄だと思ったのか黙って治療に協力してくれた。
アルトゥリウスの顔は殴られたせいでボコボコになっていた。
その影響でどんな顔をしているのか分からなかったけれど、治療してみると目鼻立ちの整った美しい顔をしていた。きっとモテていたに違いない。
「うぅ⋯⋯」
ペトロニーアと話しているとアルトゥリアスが呻き声をあげて目を覚ました。辺りをキョロキョロと見回した後、ハッとした表情になって僕に切実な様子で訴えてきた。
「あ、悪魔がいるんです! 早く逃げないといけません!」
あまりに必死な様子だったので僕はつい笑ってしまった。
回復魔法のおかげで血色が良くなっていたのにすぐに顔は青ざめてしまった。
「わ、笑っている場合じゃないんです。このままじゃ神聖国も帝国も滅びてしまう⋯⋯」
おどおどするアルトゥリアスに向かって僕は満面の笑みを浮かべた。
「僕がその悪魔だよ、アルトゥリアス」
「えっ?」
立ち上がって黒い衣装を見せるとアルトゥリアスの顔がみるみるうちに強張り、ついには瞼が痙攣し始めた。
「アルトゥリアス、僕は君を害するつもりはない。ただ僕と一緒にピネン王国に来て欲しいだけなんだ」
できる限りフレンドリーな様子で話してみたけれど、アルトゥリアスが警戒を解くことはなかった。まぁ当然だと思う。
ただ僕に対して敵対的な態度をとっているので、ペトロニーアをはじめとする周囲にいる人たちがピリつき始めている。
もう少し放置したらペトロニーアがキレる気がする。
彼女は無表情で人を粉微塵にする魔法を使うのでちょっと怖い。
「ユウト、怪しい者を捕らえたぞ」
どうしようかと考えているとルシアンヌの声が聞こえてきた。いつのまにかいなくなったと思っていたけれど、周囲を警戒していたようだ。
ルシアンヌの後ろには茶髪の男が手を縛られ立っていた。彼はアルトゥリアスに匹敵するほど顔が整っていて僕と同じ歳ぐらいに見える。
元の世界で言うと東洋人の顔つきだけれど⋯⋯。
「君は誰だ?」
そう言いながら僕は速攻で【鑑定】をかけた。
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名 前:キョウヤ・イワブチ
称 号:異世界転移者、神聖国の救世主
状 態:健康
スキル:生成(Lv.9)、魔剣術(Lv.7)、全属性魔法(Lv.7)、空間収納(Lv.7)、鑑定(Lv.5)、解析(Lv.5)、錬金術(Lv.4)、隠蔽(Lv.2)
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同じ異世界転移者だ。
僕は警戒度を最大まで引き上げた。
どうしようかと相手の出方を見ているとアルトゥリウスが声を発した。
「キ、キョウヤ⋯⋯どうしてここに?」
「ここにいたのか、アルトゥリアス。誰かが連れていかれたようだと思ったけれど、それがまさか君だとは思わなかった」
キョウヤは拘束されているのに落ち着いた様子で話をしている。
いつ攻撃されても良いように僕は魔法の準備をする。ルシアンヌも攻撃態勢に入っている。
僕たちの剣呑な雰囲気に気がついたのかキョウヤは慌てて弁解を始めた。
「俺は貴方たちの敵ではない。アルトゥリウスがここにいたのは偶然で、助けに来たわけじゃない」
「まずは名を名乗れ。お前は自分の立場を分かっているのか?」
ルシアンヌはキョウヤの腕を引っ張りながら言った。
キョウヤはバツの悪そうな顔は浮かべたものの堪えていない様子だ。
「これは失礼をしたね、俺はキョウヤだよ。神聖シオネル王国の食客みたいなもので、貴方たちに興味があってここに歩いてきたんだ。暴れることもできたけれど、おとなしく拘束を受けたのは攻撃の意思がないことを見せるためさ」
キョウヤは飄々と言い放った。
ルシアンヌはそんな態度が気に入らないようで、すぐにでも攻撃を始めそうだ。
「ルシアンヌ、彼は君と同格の実力を持っているから話は本当だろう。でも流石にここにいる者を全員と戦うのは厳しいと思うから拘束を解いて大丈夫だよ」
「それは分かっているが⋯⋯」
「ルシアンヌ、頼むよ」
僕がそう言うとルシアンヌはキョウヤを縛っていた紐を渋々解き、自由にした。
「さて、この通り僕も君を害するつもりはないけれど、なんの用かな? 僕たちに興味があるって言っていたけれど⋯⋯」
「俺が興味があるのは貴方だよ。唐揚げやアイス、そしてカレーをこの世界で開発した貴方に前々から会ってみたいと思っていたんだ」
キョウヤは僕のことを知っているみたいだ。
おそらく【鑑定】スキルを使ったのだろうけれど、一応探りを入れてみる。
「つまり君は僕がユウト・スメラギだと分かってここに来たんだね。どうしてそれが分かったの?」
「さっき遠くから【鑑定】したからだよ。貴方もスキルを持っているのだから俺のことが分かっている。そうでしょう?」
そう言ってキョウヤはまっすぐ僕のことを見た。
さっき見た時キョウヤの【鑑定】スキルレベルは5だった。
僕の【隠蔽】と同じレベルなので、その影響でキョウヤには僕の能力が若干低めに見えているはずだ。
「そうだね⋯⋯分かっているよ、キョウヤ・イワブチくん」
「やっぱりそうだよな⋯⋯」
キョウヤはゆっくり息を吐きながら俯いた。おかげで表情が読めない。何がやっぱりなのだろうか。
僕はキョウヤの動きを待つことにした。
するとキョウヤは一呼吸おいてからゆっくりと顔を上げた。よく見ると少し顔色が悪いかもしれない。
「改めてになるが俺は貴方と敵対しにきた訳ではない。全体的に俺よりレベルは高いようだし、戦う理由がない」
「僕は神聖国と帝国の戦争に介入しているけど?」
「俺は戦争反対だ。むしろ貴方のおかげで大勢の人の死を止められたのだから俺は感謝している。⋯⋯国の運営をしているのは教皇猊下や国王陛下だしな」
キョウヤは冷静だ。だけどもし言っていることが本当だとしたら気になることがある。
遠目に見て僕をすぐに追ってこれるような距離にいたんだったら、兵士たちの異常な振る舞いを知らないはずがない。カレー依存症ではないキョウヤが発作に気が付かないはずがない。
「分かったよ。僕も君と戦うつもりはないよ。むしろ転移者同士仲良くしたいと思っている」
「それは良かった」
キョウヤは本当に安心したようにホッと息をついた。
だが、ここが勝負所だと僕は直感したので、キョウヤに心理的な踏み絵を課すことにした。
もしキョウヤがカレー依存症の情報を知っていたら何らかの反応を見せる可能性がある。
「キョウヤ君、僕から提案があるんだけど⋯⋯」
「提案?」
キョウヤは警戒を露わにする。
そんな彼に僕はニッコリ笑って言った。
「転生者同士、仲良くカレー食べない? いまなら出来立てだよ?」
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