第22話:求婚
「いやー、ユウトのカレーはまじで美味いな!」
僕の警戒虚しく、キョウヤはマトンカレーを満面の笑みで頬張っている。
僕たちはすっかり打ち解け、お互いを呼び捨てで呼ぶことになった。あの緊張感を返してくれ。
これが演技だとしたら大した者だと思うけれど、おそらくキョウヤはカレーに対して警戒心を持っていないと思う。もちろん転移者に効果がないと知っていれば食べるかもしれないけれど、それなりに勇気のいることだろう。
「俺、こっちに来て初めてカレーを食べたとき涙が出たよ。まさか食べられると思っていなかったからさぁ」
「あぁ分かるよ、その気持ち。だから僕も必死で作ったんだよねー」
「こっちに来てから一年半くらい経つんだけど、白米とか唐揚げを食べた時よりもカレー食べた時の方がなんだか嬉しかったなぁ。味付けにはまだ改良の余地があると思ったけどさぁ」
キョウヤは僕より一年以上遅れてこの世界に来たらしい。
どんな生活を送ってきたのか分からないけれど、きっと寂しい思いをしていたのだろう。
「キョウヤの家のカレーってどんなだった? 僕の家は玉ねぎとニンジン、ジャガイモは普通であとは豚肉だったんだよ」
「俺の家は牛肉だったなぁ。母さんが辛いもの好きだったから辛口のカレーでさ。早く大人になりたくてヒーヒー言いながら俺も食ってたよ」
僕は久しぶりに元の世界の話をして、キョウヤと笑い合った。同い年だと分かったのもあって久しぶりに懐かしい話をすることができた。
その後、お腹いっぱい食べてからキョウヤは神聖国の駐屯地に戻って行った。
アルトゥリアスのことを奪還したいのかと思ったけれど、彼が元気だと分かるとそれ以上のことは聞いてこなかったし、二人で話すこともないようだった。
キョウヤと僕が楽しげに話すのをみてアルトゥリアスは幾分冷静さを取り戻したようだった。自分が捕虜だと理解したのも大きかったのかもしれない。
◆
それから三日間、僕たちは神聖国と帝国に動きがないのか見張り続けていた。
離れたところにいたエレノアとソフィアも合流して森に築いた仮拠点にやってきた。潜伏必要もないと思ってみんなで作ったのだ。
キョウヤも毎日のようにやってきて、一緒にご飯を食べながら話すと帰っていった。やはりこの世界に転移して来て寂しかったのかもしれない。
エレノアはそんなキョウヤによく話しかけていた。キョウヤは神聖国の上層部と繋がりがあるようなので情報を得ているようだ。
エレノアは僕たちが元いた世界の話もキョウヤから聞いているようだ。僕の故郷の話ということでかなり興味があることらしい。
そしてさらに二日が経った後、両軍は撤退を始めた。
エレノアの話では、神聖国は最終的にはキョウヤを停戦交渉の使者として派遣していたらしく、エレノアとキョウヤの間でいつの間にか条件のすり合わせが終わっていたようだ。
帝国の方はエレノアが事前に帝都で交渉していたので、こちらもつつがなく条件を飲むことになったそうだ。
◆
仮拠点でお茶を飲みながら僕はエレノアと今回のことを振り返っていた。明日帰国を始めるのでゆっくりできるのは今日までだ。
「帝国と神聖国は何でこんなに簡単に停戦に踏み切ったんだ? 武力で僕達に敵わないとしても他にいろんな要素はあっただろう?」
あまりにもあっさりだったので僕はエレノアに聞いた。
「二つの要素があるわね。一つは神の遣いであるユウト直々の介入だったこと。そのことによって『神は戦いを望んでいない』と考える人が増えて、両国は大義を失ったわ」
「なるほどね。納得はいかないけれど理解はできるよ」
「もう一つはユウトからカレーを貰えることになったというのが大きいわね。両国とも商会を経由せずにユウトからカレースパイスを直接賜るということをかなり重視しているみたい。そうすることで『神に選ばれた国』とみなされるから戦争するよりも価値があるのね」
「その風潮はよく分からないけれど、そう思われるんだとしたらこれからは今以上に慎重に動く必要があるね」
僕とカレーが世界にもたらす影響が大きすぎる。僕がカレー依存症を甘くみていたことが戦争のきっかけだけれど、依存症になった人達の執念もかなり軽く見ていた。
「私も改めて気をつけるわ。今回はユウト達のおかげで有利に交渉を進めることができたけれど、簡単にカレーを差し出していたらキリがなくなるからね」
「そういう意味では最初からカレーの供給量を増やすだけでは解決にならなかったんだね」
「えぇ、おそらくそうだわ」
「なかなか難しいもんだなぁ」
天を仰ぐとエレノアはクスクス笑った。
その様子は王女らしく優雅だった。だけどひとたびカレーを食してしまえばエレノアでさえもその影響から逃れることはできない。
今回のことを受けて僕はカレーには麻薬に匹敵するような依存性があるのではないかと考えるようになった。
依存性の極めて強い薬物が元の世界にもあったけれど、カレーはそれに匹敵する効果を持っているかもしれない。
もしそうだとしたらみんなはカレーの成分によって本当に神の存在を感じてしまっているのかもしれない。
僕の【鑑定】ではそこまで知ることはできないのだけど、何か対処する方法がないか考えてみる必要がありそうだ。
「ねぇ、ユウト」
思索に耽っているとエレノアが僕の顔を覗き込んできた。
「何?」
「あなたが両軍の空に現れたとき、私も遠見の魔法であなたのことを見ていたのよ?」
「えっ、そうなの? 流石に遠くなかった?」
「ペトロニーアが新しい魔道具を用意してくれたのよ」
「そ、そうなんだ。どうだった?」
結構ノリノリで役を演じてしまったので、今更掘り返されると少し恥ずかしい。
だけど僕のそんな様子は気にも留めずエレノアは危ない女のようなトロンとした目になった。
「すごく格好良かったわ。私が想像していた以上の出来だった」
「そうかな⋯⋯?」
手放しに褒められるのもそれはそれで恥ずかしかった。
エレノアはそんな僕に抱きついて言った。
「さすが私の旦那様」
エレノアは『旦那』という言葉を強調した。
改めてエレノアの顔を見ると彼女は不安そうに僕の顔を見つめている。
だけどすぐに舌をぺろっと出しておどけて見せた。
それ見て僕は今回の戦いが終わったらエレノアにプロポーズしようと思っていたことを思い出した。
エレノアは冗談ですという風を装っているけれど本当は僕がちゃんと約束を守るのか不安なのかもしれない。
国に帰ったらプロポーズの準備を始めようとしていたのだけれど、目の前でそんな顔をされてしまったら放っておくことはできない。
僕はその場でひざまづいた。
エレノアは一瞬困ったような表情になったけれどすぐに僕の行動の意味を察して明るい顔になった。
「⋯⋯エレノア」
「はい!」
「タメリの森で初めて出会った時から君ほど美しい人はいないと思っていた。その時は君とこんな関係になるとは思っていなかったけれど、あのとき君と会えたことはきっと運命だったと思うんだ」
エレノアは何度も頷いている。
「エレノア、僕と結婚してくれないだろうか?」
僕は手を差し出した。
するとすぐにエレノアは僕の手を強く握りしめた。
「はい。喜んで!」
僕は顔を上げた。
エレノアの目に涙が滲んでいる。
僕は喜ぶエレノアをゆっくり抱きしめた。
プロポーズの場所が神聖国の森の仮拠点という色気のない場所になってしまったけれど、森で出会った僕たちにぴったりであるようにも感じた。
「エレノア、愛しているよ」
「ユウト、私もよ」
僕たちは見つめ合いながらゆっくりと近づき、口付けを交わした。
プロポーズのキスはいつも通りカレーの味がした。
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