第33話:決着

 キョウヤのスキルは【生成】だ。

 僕の【分解】の正反対のスキルを同じ異世界転移者が持っている。


 キョウヤは今日ずっと僕に敵意を向けていた。

 魔剣術で何度も斬りかかり、直撃したら大きな傷を負ってしまうような攻撃を放っている。


「⋯⋯もう良いよね」


 僕は自分から攻撃するつもりはなかった。

 マティアスのことは許せなかったけれど、あれ以上攻撃をしかけてこないのだったらキョウヤを追わないつもりだった。


 人間としてキョウヤのことを嫌いになれなかったからだ。

 だけど、それももう限界だ。

 ここまで攻撃されてしまったら何もしないわけにはいかない。


「降りかかる火の粉は払う」


 僕は身体に魔力を循環させ、剣に闇属性の魔法を通わせた。


 さきほどからキョウヤは黙ったまま僕の動向を見つめている。

 何を考えているのかは分からないけれど、もうこれ以上の言葉が必要ないことだけは分かる。


 なんの因果でこうなってしまったのかは分からないけれど、僕たちの戦いはもう止めることはできない。


「戦おう」


 僕が言葉を発した瞬間、キョウヤは地面を強く蹴った。

 これまでは攻撃的な動きが多かったけれど、今は撹乱するように僕の周りを走っている。


 異質な魔力があたりに漂い始める。

 僕は即座に風の魔法を身体に纏わせ、周囲の空気を解毒し始めた。

 ひとまず毒に対する対策をしなければ勝てないだろう。


 僕が対処を始めたのに気がついてキョウヤがニヤッと笑ったのが見えた。

 何か仕掛けてくるつもりだろう。


 キョウヤはぬるっとした動きで突きを放ってくる。

 警戒を強めながら僕はそれを躱し、キョウヤの動きを見続けた。


 攻撃を外したキョウヤはそのまま後ろに跳び、僕から大きく距離をとった。


 拍子抜けだなと思った瞬間、僕を取り囲むようにおびただしい量の銃が空中に出現していた。 

 銃は浮いており、全ての銃口がこちらを向いている。


「ユウト、チェックメイトだ」


 そんなキョウヤの声が聞こえると同時に三つの銃から弾丸が放たれた。

 すかさず僕は魔力壁を展開して防御した。


 ガガガン!


 大きな衝撃が伝わってくる。

 弾の速さに対して攻撃が異常に重い。

 何度も食らっていたら防御を突破されてしまうだろう。


 対策を考えているうちにまた三発分の銃声が聞こえる。

 先ほどよりも魔力壁を厚くして受ける。


 これだけ防御を固めていれば大丈夫だろうと考えていると、弾丸はスルッと壁を通り抜けてこちらに向かってきた。


「ちっ!」


 僕は持っていた剣に全属性の魔力を同時に纏わせ、弾を叩いた。

 グニュッという変な感触があったものの、弾丸をはじくことに成功した。


 次はなんだと思っているとまた次の弾丸がこちらに向かってくる。

 いい加減対処するのが面倒になってくるけれど、しばらくは様子を見た方が良さそうだ。


 次の弾は着弾前に爆発して魔力壁に穴を開けた。

 その次は物理貫通性能が高くて剣での防御を抜かれそうになった。


 性質を変えながらやってくる攻撃に一個ずつ丁寧に対応していると離れたところから笑い声が聞こえてきた。


「アッハッハ! これが俺の【生成】の能力だ!」


 キョウヤは腹を抱えて笑っている。

 気でも触れたかのようだ。


「魔力で動く特殊な銃と特別な性質を付与した弾、そのどちらも俺がスキルで創り出した! 一つでも対処するのがやっとな攻撃が同時にやってきたらどうなるかあんたなら分かるよな?」


 僕はキョウヤの目をしっかりと見据えた。

 多分無表情に近い顔をしていると思う。


「あー、怖い怖い。そんな目をしても俺は手加減しないよ」


 キョウヤはその身に宿る魔力を全開にして、周囲に浮かぶ銃にスキルを使った。


「ユウト、あなたに会えてよかったよ。来世は地球で会おう!」


「お前、本当に――」


 ダダダダダダン!


 全ての銃口から多様な性質を持つ弾が同時に放たれる。

 僕は迫り来る弾丸には目もくれず、キョウヤの瞳を見続けた。


 そしてそんな様子の僕に対してキョウヤが訝しげな顔をした瞬間、身体に秘めていた魔力を解き放った。

 周囲に広がる【分解】の力に触れると数百発あった弾丸が『シュウ⋯⋯』と音を立てて全て溶けた。


「⋯⋯お前、本当にこの程度の攻撃で僕を倒せると思ったのか?」


 僕はキョウヤの方に向かって一歩足を進めた。

 慌てたキョウヤは銃を追加で【生成】して、さっきの倍以上の数の弾丸を発射する。


 僕は手を広げ、【分解】の力が込められた魔力で自分を覆う。

 弾丸はまたしてもスプレーを出す時のような軽い音を出して消えてしまった。


「嘘だ⋯⋯なぜそんなに簡単に対処できるんだ⋯⋯」


 小声で呟くキョウヤの目を見ながら僕はまた一歩前に進んだ。

 気がつくとキョウヤの額には大玉の汗が発生している。


「全力でかかってこいよ、キョウヤ」


 そう言うとキョウヤは身体に力を込めて魔力を操り出した。

 その顔には先ほどまでの余裕はない。


「うわあぁぁぁ!!!」


 キョウヤの叫び声とともにベトベトした気体が送られてくる。

 気体なのに粘性があるように見えるのだ。

 そしてその物質は薄い虹色の光を放っている。

 ちょうど良い言葉が見当たらないほど不可思議な物体だ。


 異次元の性質を持つ物質を今まさにキョウヤが作っているのだろう。


 自然と唇の端が上がるのが分かる。

 対処できるか分からない攻撃が初めてやってきた。


「これなら楽しめそうだ!」


 僕は【分解】スキルを全開にして自分のまわりを囲った。

 魔力は球状に広がり、僕を外界から隔離する。


「絶界!」


 キョウヤと僕の全力、どちらが強いか勝負だ。

 僕はまた一歩キョウヤに向かって足を踏み出した。


 キョウヤが【生成】した超自然的な物質と全てを【分解】する僕の障壁が激突する。


 しゅん。


 だけどあっけないことにキョウヤの全力は僕の絶界に飲み込まれて、霧散してしまった。


「ひ、ひいいいぃぃぃ!」


 また一歩足を踏み出すとキョウヤは顔をひきつらせ、喚き声を上げる。

 こんなキャラだったっけ?


「最期に言いたいことはあるか?」


 そう問いかけるとキョウヤは錯乱した。

 足をばたつかせながら地面を這っている。


「俺は死ぬわけにはいかないんだ! 死ぬわけにはいかないんだよぉぉぉ!!!!」


 僕はキョウヤに手をかざす。

 もっと楽しめるかと思ったけれど、想像以上に決着は早かった。


「殺さないでくれ⋯⋯殺さないでくれぇぇぇ!!!」


 見苦しくわめくキョウヤを見て気持ちがどんどん冷めてくる。

 キョウヤと戦うことをあれだけ躊躇ためらっていたのが不思議なくらいに仲良くしたいという気持ちがなくなってゆく。


「僕の仲間に手を出したのは君だよね? 僕だけじゃなくてエレノアやソフィアにもちょっかいを出そうとしていたよね? ペトロニーアにあの薬を使おうとしたんだよね?」


 激情が湧いてくる。

 目の前の男をボロボロに切り刻んでしまいたくなるようなドロっとした感情が顔を出してくる。


 鼻がくっつきそうなほどに顔を近づけて怒りをぶつけてやろうと思った。

 だけど僕はそれを飲み込んだ。

 これから消え去る人間に感情をぶつけても仕方がないような気がしてきたからだ。


「許さないよ⋯⋯そんな君を許すことはないんだ⋯⋯」


 僕は怒りで震えながらそう言った。

 すると、キョウヤは気持ち悪く足をばたつかせる動きをやめて止まった。

 観念したのだろう。


 僕はキョウヤにもう一度同じ質問をした。


「最期に言いたいことはあるか?」


 キョウヤはしばらく黙ったあと、目に涙を浮かべて言った。


「⋯⋯元気なカシアともう一度だけ話したかった。いまはもうそれだけだよ」


「カシアというのは恋人か?」


 僕がそう聞くとキョウヤはゆっくりと頷いた。

 そしてもう話したくないとばかりに目を閉じた。


「こんな結末になってしまったけれど君と会えて嬉しかったよ。さよなら、キョウヤ⋯⋯」


 僕はキョウヤの肩に触れて【分解】スキルを発動した。


 キョウヤの身体は一瞬で崩れ、粉のように細かくなった。

 その粉に魔法で火をつけると全体が一気に燃え出した。


 とむらいにしては簡素になってしまったなぁと思いながら僕はその火が消えるまでずっとずっと見つめ続けた。


 これが僕の最初で最後の人殺しだった。

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