第31話:狂乱と炒めカレー

 一口にカレーと言ってもさまざまな料理がある。

 定番なのはスパイスを入れて煮込んだものだけれど、それだけでも無数の組み合わせが存在し、可能性に満ち溢れている。


 無限の多様性を誇るカレーの中で元気を出したい時にぴったりなカレーがあるので僕はアルトゥリアスとそれを作ることにした。


 今日は気持ちの良い天気なので僕たちは王城の庭で料理を作る。

 こんなことができるのは僕が実質的な国王だからだ。


 僕はアイテムボックスから大量のニンニクを出してアルトゥリアスに渡した。


「アルトゥリアス、まずはこれをみじん切りにしてくれ」


「分かりました!」


 そう言うとアルトゥリアスが猛烈な勢いでニンニクを処理し始めた。

 この男はいつもビクビクしている癖に料理のこととなると遠慮がなくなる。

 まぁ、それが良いところだと思っているんだけどね。


「それが終わったら玉ねぎを細長く切って。あとこの長唐辛子の種をとって縦半分に切って」


「はい!」


 僕は土魔法を使って竈門かまどを作る。この料理は火力が欲しいので丁寧に作業しなければならない。

 ちなみにアルトゥリアスがまな板を置いている台も僕が魔法でこしらえた。


 竈門に火をつけて風魔法で燃え上がらせる。

 良い具合に火花が上がってきたのを確認して、僕は大きな中華鍋を竈門の上に二つ置いた。


「今日は炒めカレーだ!」


「おぉ⋯⋯!」


 元の世界にいた頃、何度か炒めカレーを食べたことがあった。

 正しい作り方は分からないけれど自分なりに考えたレシピがあるので、今日はそれを作ることにする。


 僕はアイテムボックスからとっておきの食材を取り出した。


「じゃーん!」


「⋯⋯それはもしやデーモンマッドクラブですか?」


「お、アルトゥリアスも知ってる?」


「知っているなんてものではありませんよ。料理人なら誰でも憧れる超高級食材です!」


 この前、川遊びに行った時に大量に出現したので氷魔法で凍らせて収納しておいたのだ。


 このカニの魔物は非常に力が強く並の冒険者では捕獲すらできないが、多少氷魔法に長けていれば容易に動きを止めることができる。


 僕はこのカニを五匹取り出し、風の魔法で適当に切断した。

 プロの料理人には申し訳ないが、この料理は荒く調理した方が美味しくなる気がしている。


 片方の中華鍋に油を多めに入れて火にかける。


「ニンニクもらうね」


 山のように盛られたところからみじん切りのニンニクを一掴みもらい、油に投入する。

 そしてそこにカニを殻のまま豪快にぶち込む。

 正直食べづらいのだけど、殻を入れた方が美味しくなるので欠かせない。


 火の勢いを落とし、蓋をしてじっくりカニを炒めていく。


「野菜を切り終わりました」


「じゃあ、もう一つの鍋を使って炒めてくれ。玉ねぎがしんなりしてきたら良い頃合いだから教えてね」


「分かりました」


 炒めはアルトゥリアスに任せて僕はスパイスの方の準備をする。


 突然背中の辺りにピリピリとした感触が広がり、腹が震えてくる。

 ずっと目を背けていた光景がこれから広がることが分かっているので、覚悟を決めなければならない。


 僕は金属製のボウルを取り出し、卵を割った。

 そして牛乳を加え、しっかり混ぜ合わせる。


 次に特製の調味油を多めに入れてさらに混ぜていく。

 この油は乾燥した小エビやニンニク、唐辛子などを漬けて作ったものだ。

 赤く色づいていて味をよくまとめてくれる。


 最後に懐からスパイスミックスを取り出し、ボウルに入れた。

 調理に集中していたアルトゥリアスの視線がスパイスに集まっているのが分かる。

 このスパイスミックスを使った料理を振る舞うのは初めてだから、さぞ興味を引くことだろう。


「野菜の準備が整いました!」


 アルトゥリアスの興奮した声が聞こえてきたので、カニの様子を見ると黒かった殻が綺麗な赤色になっている。

 こちらも良いだろう。


「じゃあ、カニを入れるからよく炒めてくれ」


「わ、分かりました」


 アルトゥリアスは残念そうな顔をした。

 すぐにスパイスが投入されると思っていたのかもしれない。

 顔は紅潮し、期待に満ちている。


 そんなアルトゥリアスを尻目に僕はアイテムボックスからご飯を取り出した。

 今日は時間がなかったのですでに調理したものを魔法で温めて食べることにする。

 用意するのは普通に炊いた米とよく蒸したもち米だ。この料理にはもち米が抜群に合う。


 米の準備が整ってきた頃、アルトゥリアスの鍋の中を覗き込んだ。

 カニの出汁がよく出ていてすでに美味しそうだ。


「じゃあ、入れるね」


 僕はスパイスの入った液を鍋に投入した。

 すぐに卵が固まり、カニの汁を吸って膨らみ始める。

 同時にイエローカレーの豊かな香りが広がってゆく。


「あぁ⋯⋯」


 アルトゥリアスは涎を垂らしながら恍惚とした表情を浮かべ始めた。

 こうなってしまっては使い物にならないので調理を代わる。


 火を強めて汁気を軽く飛ばす。

 僕は炒め感が強い方が好みだ。


「あぁ、すごい⋯⋯」

「カレー、カレーだ⋯⋯」

「神よ! あぁ、神よ!」


 カレーの匂いを嗅ぎつけた城の人たちが集まってくる。

 彼らに意識はなく、夢遊病患者のようだ。


「ユウトは神よ⋯⋯! 神なのよ!」

「ボクのカレー⋯⋯、カ、カ、カ、カレー⋯⋯」

「うぅー。うぅー」


 どんどん人が集まってくる。

 中には妊娠中のエレノアやソフィア、ペトロニーアもいるようだ。

 みんな一様によだれを垂らし、手を前に出しながら歩いている。

 段々、徘徊するゾンビに見えてきた。


「よし。カレーができたようだな」


 僕はお皿にお米とカレーを乗せ、並べた。

 すると集まってきた人たちは我先にカレーに群がり、貪り始める。


「あぁ⋯⋯! あぁぁ⋯⋯!!!!」

「はむっ、はむっ、はむぅっ」

「すごい。すごい。すごいいいぃぃ!」


 嬌声が聞こえてきて、僕は思わず目を背けてしまった。

 彼らは正気を失い、手でカレーをかきこんでいる。

 食事中に多幸感に包まれ、歓喜に震えている姿はまるで獣のようだ。


 普段はお上品にマナーを守った食事をする人たちもカレーの時は空腹の動物のように喰らうことしかできなくなってしまう。


 知らない人であれば見ていられるのだけれど、エレノア達のことは直視することができない。


 今や彼女達は一日に何度もカレーを食し、その度にあの状態になる。

 カレーの匂いを嗅ぎつけてそこに集まる習性もあるようだ。


 そして食事が終わるとみんな一様にからの皿を眺めて呆然とする。

 手は汚いままで口の周りにはカレーが付着している。

 瞳からは光沢が消え、焦点は合っていない。

 薬物を使いすぎた人たちはこうなってしまうのだろうか⋯⋯。


 正気の時間も徐々に短くなっているように思う。

 日によってはカレーのことが頭から離れないようで何を聞いてもおざなりなこともある。


 彼女たちはカレーに関することだったら驚くべきほどに思考が明晰になることもあるのだけれど、僕にはもう正直壊れているようにしか見えていない。


 これが覚悟を決めて見る必要があると思っていた光景だ。


 仮初の喜びを優先するという間違った信念を抱き、エゴを貫いたことの結果なのだ。

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