第12話:出立
次の日、僕は変装して王都を歩き回った。
そしてすぐにカレーの消費量が高くなっているという事実を確認することができた。
いま王都にはたくさんのカレー屋があるが、スパイスの供給量は減っている。
そのため庶民的な店では価格を変えずにスパイスの量を減らして食事を出しているようだ。
その分いわゆるカレーの香りは薄まるのだがトウガラシやコショウなどの辛味成分を足すことで誤魔化しているみたいだった。
おかげでどの店でも辛口のカレーばかり提供されている。
一般的に出回っている香辛料には中毒成分がないのでその点は安心なのだが、味は辛すぎて微妙だった。
だけど僕が見た限りお客さんは猛烈な勢いでカレーを頬張り、「美味しい美味しい」と言って去っていく。
お店の人に話を聞くと、最近では毎日毎食カレーを食べる人も珍しくなく、どの家でも少量のカレーにハーブやトウガラシを加えて料理するのが多くなっているようだった。
そうだとしてもカレーを食べる人々の様子がおかしいように思ったので、僕はお店でカレーを食べる人たちを次々に【鑑定】していった。
するとほとんど全ての人がカレー依存症の発作を起こしていることが判明した。
「⋯⋯おかしい。依存症ってこんなに治らないものなのか?」
カレースパイスから中毒成分を除去するようになってから結構経つけれど、いまだに調べた全ての人がカレー依存症である。しかも発作状態の人が増えているので悪化していると見ることもできる。
前に調べた時はイライラしている人が多かったけれど、今日はとにかくストレスを食べることにぶつけているような人が多い。
食事処にいるからそういう人をよく見るのだろうか。
「ってか、そもそもカレーの中毒成分がなくなったのにカレーを食べたくなるものなのかな?」
そう口に出した時、僕は元の世界でのことを思い出した。
親戚に酒好きのおじさんがいたのだが、その人があるとき酒をやめたと言ってノンアルコール飲料を飲んでいたのを目にした。
ゴクゴクと飲み続けて缶が十本に達した時、僕はおかしいものを見ている気分になって目を背けた記憶がある。
たしかそのおじさんは肝臓が悪いとかでお酒をやめたんだけれど、その後身体の違う部分に異常が生じて早くに亡くなってしまったのだ。
自覚と無自覚の差はあるけれど、いま王都の人におじさんと同じことが起きているのではないだろうか。
彼らはカレー依存症で中毒になった時の高揚感が忘れられない。
それを得るためにこれまで通りにカレーを食べるのだけど、成分は失われているから一向に満足感を得ることはできない。
その結果、質ではなく量を求めたり、別の刺激である辛さを求めたりする。
代償行動というやつだろうか。
「⋯⋯だから依存症が治らないのか?」
あとはカレー依存症という名前だけれど、成分だけではなく『カレーを食べる』という行為に依存し始めている人がいるのかもしれない。
同じ依存症でも細かく見れば人によって症状は違うのかもしれないと僕は思った。
詳しく調べたいところだったけれど、時間が限られているので街の人々を無作為に【鑑定】しながら帰るに留めることにした。
◆
それからすぐに僕らは戦地へ旅立つことになった。
僕と一緒に移動するのは騎士団の五人と魔法団の五人だが、集まったのは各々でトップの実力を持つ五人だった。
「いやぁ、今回の選抜は激しかったなぁ」
「団長が張り切りすぎたせいですよ⋯⋯」
騎士団は志願者を募り、予選の後でリーグ戦までして僕の同行者を決めたらしい。
最初はルシアンヌが独断で人を選んだのだが苦情が多かったせいでそういう決め方をせざるを得なかったそうだ。
戦いはとても白熱して大怪我をする者もいたそうだ。
最終的には聖女ソフィアを呼んで回復しなければならないほどの騒動になったようだけど、僕と戦いに行く人を決めるだけでそうなるなんて恐ろしすぎる。
ちなみにルシアンヌは当然のように一位通過だったようだ。
「ユウトはボクが守ってあげるね」
「いや、私が——」
「私です——」
魔法師団の方は騎士団のような選抜は行わなかったようだけれど、仕事の押し付け合いという名の政治闘争が発生し、その戦いに勝ち抜いた者が今ここにいるらしい。
何故か全員女性だけど、結果的に最も実力のある五人が集まったのだと聞いた。
暑苦しい集団と騒々しい集団が集まって混沌として来ているけれど、これ以上ないメンバーが揃ったと見て間違い無い。
エレノアは最後まで僕のことを気にしていて、自分を大事にするように何度も言い含められた。対してここにいるみんなは、僕なら戦争を止められるということを微塵も疑っていなくて士気も高い。
僕の評価が高すぎることに気後れするけれど、正直頼もしい。
きっと奇跡が起きるのはこういうときなのだと思うから。
◆
王都を出てからしばらく歩いていると騎士団の斥候役が魔物の接近を告げた。
ファイアウルフの群れが現れたらしい。
「腕がなるなぁ!」
「ボクが魔法で倒す」
ルシアンヌとペトロニーアはやる気十分だ。
僕たちはあとから出発するエレノア護衛隊の露払い役でもあるので、魔物を見つけたら基本戦うことになる。
全員が戦闘態勢に入っているけれど、僕は身体が鈍らないように戦いたいと思った。
「ねぇ、その魔物は僕が倒したらダメかな?」
そう言うと何故か歓声のような声が上がった。
「ユウト様の戦いが見れるわ!」
「本当に良いのですか?」
「使うのは剣か? 魔法か? それともまさか⋯⋯」
何やらざわめいている。
どうしたら良いか分からず立ち尽くしているとルシアンヌとペトロニーアが近づいてきた。
「初戦はユウトか。私が出たいところだったが譲ってやろう。もちろん剣を使うんだよな?」
「ユウトが出るならボクも引くよ。戦いを見るのは久しぶりだしね。もちろん魔法だよね?」
二人がすごい勢いで迫ってくる。
僕としてはどちらでも良いのだが、選んでしまうと角が立ちそうだ。
どうしようかと考えていると突然強い風が立ち込めて僕たちの間を通り抜けて行った。
「これで行こうか」
僕は手を伸ばし、そのまま握りしめた。
魔法で風を捉え、剣の形に整える。
「剣に魔法を纏わせるのではなく、魔法を剣の形にするのか⋯⋯」
「すごい成形能力⋯⋯。ボクにもできないかも⋯⋯」
ルシアンヌもペトロニーアも驚いている。
吹いてきた風を掴んで剣にしたら格好良いだろうという妄想をして、隠れて練習してきた成果があったようだ。
「じゃあ、行ってくるね」
斥候の騎士が教えてくれた方向に走っていくと、すぐにファイアウルフが見えた。二十匹はいそうだ。
「一匹ずつ相手にしてたら面倒だから寄せるね」
僕は風の魔法を発動した。猛烈な風が発生してファイアウルフを一箇所に集める。
「じゃあね」
剣を真横に振って円盤状のカマイタチを発生させる。
カマイタチは真っ直ぐファイアウルフの方へ向かい、魔物達を二つに切断した。
「ギャン!!」
断末魔の声が響き渡る。
「⋯⋯ボクが弔ってあげるよ」
気配なく現れたペトロニーアが即座に魔法を発動し、闇の炎を召喚する。
赤黒い炎がファイアウルフを飲み込み、燃やし尽くす。
あの強さだったら跡形もなくなってしまうだろう。
「消火は任せろ!」
今度はルシアンヌが後ろからすごいスピードでやってきた。
赤黒い炎が空高く燃え上がっているので延焼を心配したのだろう。
「はぁ!!!」
ルシアンヌはが剣に光魔法を纏わせて大きく振り回すと辺りに光が降り注ぎ、闇の炎は鎮まっていった。
火が全て消えた後、そこに残っていたのは灰になったファイアウルフだった。
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