第13話:事実

 それから僕たちは順調にフェランドレン帝国を進んでいき、ルイナ村という前線に近い場所に到着した。

 フェランドレン帝国と神聖シオネル王国の国境はもう目と鼻の先だ。


 ここまでの道のりは拍子抜けするほど楽だった。

 入国する時も僕らがピネン王国の使節団だと伝えると兵士たちは態度を大きく変えたし、ピネン王国騎士団の印章をルシアンヌが見せれば街への入場を拒むものはいなかった。


 僕はあまり目立たないようにしていたけれど、気づいて声をかけてくる人も中にはいた。大抵は貴族階級の人たちで、お金をちらつかせて秘密裏にカレースパイスを買おうとする者ばかりだった。


 そういう人たちの名前を控えておいたので、後で彼らの売買を制限しようと考えている。興味を引かれる何かを提示してくれるのなら良かったけれど、僕の性質も知らないでお金や女性を取引材料にしてくる商人は好きではない。




 いま僕たちがいるルイナ村は辺境に位置しているので、上流階級の人間や大店の商人がやってくることもない。


 村には百人以上の人がいるけれど、僕の顔を見たことのある人間もおらず静かに過ごすことができている。


 いまエレノアは帝国の都でこの戦争に関する調査を行なっている。

 僕たちは多少の不利益があっても戦争に介入するつもりだけれど、情勢を見間違えると危険だ。

 そこでエレノアは皇帝をはじめとする帝国の人たちとの外交をして情報収集し、一週間後に僕たちと合流する予定だ。


 エレノアが追いついてきたら僕たちはついに最前線に踊り出ることとなるけれど、それまではやることもないので僕たちはこの村でゆっくり過ごすことにした。


「ねぇねぇ、お兄ちゃんは何をしてる人?」


 僕が村をほっつき歩いていると小さな女の子が話しかけてきた。

 歳は七つか八つくらいだろうか。金に近い髪の色をしている。


「僕は旅人だよ。ここで人を待っているんだ」


「ふーん。その人ってお兄ちゃんの恋人?」


「そうだけど、どうして分かったの?」


「⋯⋯なんとなく。ママがパパの帰りを待っている時と同じだから」


 女の子は寂しそうな顔をしている。

 僕は放って置けない気持ちになって彼女と話を続けることにした。


「僕はユウトって言うんだけど君はなんていう名前なの?」


「⋯⋯レネット」


「良い名前だね。パパはお仕事なの?」


「そうだよ。遠いところにお仕事に行っちゃったの。パパが元気で帰ってきますようにって毎日ママとお祈りしてるんだ」


「そっかぁ。パパが無事に帰って来れると良いね」


「うん! それじゃあ、またね!」


 レネットはまた何処かへ行ってしまった。


「元気になるとよいけれど⋯⋯」


 この世界での旅は元の世界ほど優しくない。魔物や盗賊はいるし、天候だって脅威になりうる。


 レネットの父親が何処に行ったのかは知らないけれど母親が心配するのも当然だろう。




 それから僕は毎日レネットを見かけた。

 そのたびに彼女が切そうな顔をしているので少しずつ話すようになっていった。


「それじゃあ、レネットのパパは結構強いんだね」


「そうだよ! ユウトよりも身体はおっきいし、お馬さんに乗るのも得意なんだよ!」


「そっかそっか。それなら安心だね」


「うん。でもママは不安なんだって⋯⋯。ユウトはパパよりも大きいお兄さんたちに囲まれているけど、何をしているの?」


 そう聞かれて僕は困惑した。

 戦争を止めに来たとレネットに言うわけには行かないし、それ以外にどう表現したら良いか分からない。

 だけど話し始めてみると言葉は自然に出てきた。


「僕もレネットのパパと一緒だよ。仕事をしにここまで来たんだ。今は人を待っているけれど、その後で大きな仕事があるんだ」


 僕は戦争を止めに来ただけではなくて、もしかしたらカレーによって引き起こされた事態をこの目で見たくてここに来たのかもしれないという考えが頭に浮かんできた。


「そっかぁ。ユウトもお仕事で遠いところまで来たんだね。パパもこうして誰かと楽しく話しているかな?」


「うん。きっとそうだと思うよ」


 レネットと話していると遠くから「レネちゃーん」という声が聞こえてきた。


「あ、ママだ。ママー!」


 レネットの呼び声に従って、金髪の薄幸そうな女性が近づいてきた。


「レネちゃん。こんなところで遊んでいたのね」


「うん。ユウトと話をしてたの」


「あら、この方がユウトさんなのね」


 レネットのお母さんは僕の方に向き合って挨拶してくれた。


「うちの子がいつもお世話になっています。レネットの母です。最近この子がよくユウトさんの話をしているんですよ」


「ユウトと申します。こちらこそいつもレネットちゃんに相手してもらって助かってますよ」


「あたしがユウトのお世話してるのー」


「こらこら、呼び捨てじゃなくてお兄ちゃんを付けなさいっていつも言っているでしょう? すいません。言っても聞かなくて」


「いえいえ。友達みたいなものなんで大丈夫ですよ」


 そう言うとレネットのお母さんは苦笑いを浮かべた。

 同じ立場だったら僕も同じ表情になると思うけれど、言わずにいられなかった。




 三人でひとしきり話した後、レネットが声を上げた。


「お腹すいたー」


「もうご飯の準備はできているわよ。そろそろ帰りましょっか」


「うん。今日のご飯はなにー?」


「今日はお肉よ」


「わーい。あたしお肉のカレー大好き!」


 元の世界であれば微笑ましい会話が繰り広げられているけれど、この世界ではそうではない。


 僕はこの村に来てから避けていた行動に出ることにした。

 これ以上目を逸らすことはできないだろうから。


 手を振りながら去っていくレネットに対して僕は【鑑定】スキルを使用した。


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名 前:レネット

称 号:村娘

状 態:良好

 ・カレー依存症(中度 855)

スキル:生活魔法(Lv.1)、掃除(Lv.1)

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 その結果を見て、胃腸の底から生暖かいものが込み上げてくるのを僕は感じた。





 それから僕はルイナ村の人々を鑑定してまわった。

 ルイナ村は帝国内でも神聖国に近い場所にあるけれど、主要な街道と直接繋がっておらず辺鄙へんぴな場所にある。


 それにも関わらず鑑定した人々は全てカレー依存症にかかっていた。


「もう手遅れなのかもしれないな⋯⋯」


 老人や子供に至るまで全ての人がカレー依存症だ。

 カレーを食べることのできない赤ん坊でさえも依存症だという結果が出た時にはつい目を覆ってしまった。


 鑑定した人が全て依存症になっているのは教会が原因だろう。

 この世界にもいくつもの宗教があるのだけれど、どの宗教でもカレーを神の食事だと言っていて、食べない者は人間ではないような扱いを受けるらしい。


 ソフィアに働きかけてその思想を抑えてもらっているけれど、根付いた考えを払拭するのは難しそうに思う。


 カレー依存症が広がるのが早すぎる。

 摂取をやめると精神症状が発生するし、治った人を見たことがない。

 カレーに対する信仰が日に日に増しているようで、カレーの害を訴えても認めてくれることはない。


 街ではイライラする人が増えていて自分達がおかしくなっていることに気づくこともできない。

 常識も揺らぎ始めているのかもしれない。


 事実を整理しながら僕は眠れない夜を過ごした。

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