第14話:衝撃

※ショッキングな描写があります。


--------------------



 次の日、村を歩いていると遠くにレネットを見かけた。


「おーい、レネットちゃん」


「⋯⋯」


 呼びかけたけれど反応がないので、近づいてみると顔は真っ青で尋常な様子ではない。


「ママが⋯⋯パパが⋯⋯」


 目の焦点が合わないまま譫言うわごとのように何かを呟いているけれど要領を得ない。


 不思議に思ってレネットと同じ方を見てみると村の広場に人が集まり、騒がしく動いている。誰かが大きな声を出しているようだけれど、何を言っているかは分からない。


「⋯⋯何かあったのかな? ちょっと行ってくるね」


 不穏な空気だった。

 レネットのことが心配だったけれど僕は吸い寄せられるように広場に向かっていった。




 広場に近づくにつれて声が聞こえてくる。


「早く誰か呼んでこい! 医者でも魔法使いでも良いんだ! 誰かいないのか?」


 人が倒れているのが見える。

 僕は思わず声を出した。


「僕は回復魔法が使えます! 何事ですか!?」


「あんたは王国の⋯⋯。ミラベルさんがナイフで自分を刺したんだ。早くしないと手遅れになる! 診てくれないか?」


 僕は目の前に倒れている女性を見た。

 その人はレネットの母親だった。

 強い疑問が湧いてくるけれどそれを振り払い、必要な行動をしようと感情を抑えた。


 僕はまず全力で生命維持魔法を発動した。

 この魔法があればリミットまでの時間を引き延ばすことができる。


 次にオレンジに光る火魔法を空に打ち上げた後で、レネットの母親――ミラベルさんの身体を【鑑定】した。


 スキルによるとミラベルさんは腹部に刃物を刺したようだ。

 傷は内臓に達しており、危ない状態だが意識はまだあるようだ。


「うぅ⋯⋯」


 ミラベルさんが呻き声をあげている。

 これからの処置次第で助かる可能性は十分にある。

 僕は生命維持魔法を継続しながら同時に回復魔法を発動した。

 

「ユウト!」

「ユウト⋯⋯」


 火魔法を打ち上げてから十数秒後、ルシアンヌとペトロニーアが同時に到着した。二人とも流石の速さだ。


「ルシアンヌ、気付けのウイスキーと最高品質のポーションを持ってきてくれ! 事は一刻を争う!」


 ルシアンヌはすぐに物品を取りに走った。

 大まかな事情は見れば分かるので言う必要がないだろう。


「ペトロニーア、生命維持魔法を変わってくれ。内臓が傷ついているから最大出力で頼む」


 ペトロニーアは頷くとすぐに魔法を発動した。


 僕は魔力のほとんどを回復魔法に注ぎ込む。

 医学に詳しければ鑑定スキルの情報を元にもっと適切な治療が出来るのだろうけれど、そんな知識は僕にはない。


 できるのは傷口に対して魔法を叩きつけるだけだ。


「ユウト!」


 ルシアンヌがやってきた。

 僕はミラベルさんの上半身を起こし、支える。


「ルシアンヌ、ウイスキーを飲ませてくれ」


 この世界では大きな怪我を負った時、酒精の強い酒を飲ませる処置が行われている。今回のように意識がはっきりとしていない時には有効らしい。


 ルシアンヌは瓶に付いている小さな杯にウイスキーを注ぎ、手慣れた様子でミラベルさんの口元にてがった。


 後頭部に手を添えながらルシアンヌが耳元で「飲め」と言うとミラベルさんはウイスキーを口の中に入れゴクリと喉を鳴らした。


「ゲホッ、ゲホッ!」


 しかし酒精が強かったのか目を見開いてウイスキーを吐き出してしまう。

 ミラベルさんは自分の手で口元を押さえ、咳をしている。

 やはり意識レベルはそこまで低くはないようだ。


「み、みず⋯⋯」


 ミラベルさんがそう呟いたのを聞くと、ルシアンヌはあらかじめ栓を抜いていたポーションの瓶を渡した。


「甘い水だぞ」


 ミラベルさんは躊躇う事なくポーションを手に取り、一気に飲み始めた。


 今が好機だ。

 僕はペトロニーアと目を合わせ、二人同時に回復魔法を発動する。


 最高品質のポーションと二人の高度な回復魔法を合わせれば、聖女でなくともミラベルさんを助けることができる。


「ふぅ⋯⋯」


 ミラベルさんはポーションを飲みきり、一息ついている。

 せっかく意識がはっきりしたところで申し訳ないけれど、今度は安静に眠ってもらいたい。


「ペトロニーア、睡眠魔法を頼む」


 ペトロニーアは頷いて魔法を発動した。

 するとミラベルさんはすぐに脱力し、気持ちよさそうな顔で眠りについた。


「終わったか⋯⋯」


 僕は思わずため息をついた。

 気がつくと心臓がバクバクと音を立てている。


「ルシアンヌ、ペトロニーア、助かったよ」


「いや、いいんだが一体何があったんだ?」


「それが僕も分からないんだよ。自分で自分を刺したって聞いたけど、なんでそんなことになったんだ?」

 

 そう言いながら周りを見ると、いつのまにか大勢の村人が集まっていることに気がついた。

 治療に必死で全く気が付かなかった。


「何があったのかをどなたか教えていただけませんか?」


 集まった人たちを見回すと前に出てくる壮年男性がいた。この人は確か村長だったと思う。


 村長は険のある表情で立っている。

 少し考えるそぶりをした後で淡々と話し始めた。


「⋯⋯ミラベルの旦那の訃報が告げられたのですよ。それを聞いて錯乱したミラベルが旦那の形見のナイフで自らを刺したのです」


 改めてミラベルさんの方を見ると横には血のついたナイフとシルバーのネックレスが落ちている。


「旦那さんが亡くなったんですか?」


「えぇ⋯⋯。神聖国との戦争があるということでこの村からも何人か兵を出していたのですが、今日全滅したという報告とともに形見が届けられたんです⋯⋯」


 もう一度冷静に周囲を見回すと手に血だらけの武器を持っている人や、目を泣き腫らした人が多くいることが分かった。


「仕事って戦争のことだったのかよ⋯⋯」


 父親の体格が良いことをレネットは自慢していた。

 まさか戦闘に駆り出されているとは思っていなかったので僕は驚いてしまった。




 いろんな情報が出てきてパンクしそうなので頭を整理しようとしていると、村長が強く拳を握りながら口を開いた。


「⋯⋯神聖国め。あんな国がのさばるからおかしいんだ。神に見放された国のくせに好き勝手しやがって⋯⋯。絶対に滅ぼしてやる」


 ぎょっとすることを言い出したので表情を確かめると村長の目には狂気が宿っている。

 なんとか宥めようと他の村人を見ると全員が似た顔をしていた。


「村長の言う通りだ」

「許せない」

「ミラベルは被害者だ⋯⋯」


 危険な空気が流れ始めたので僕は立ち上がり、ミラベルさんを村の教会に運ぶことにした。


「安静にしていればミラベルさんは助かると思います。回復結界があるはずなので教会に僕が運びますね」


 そう言うと村長は元の愛想の良い表情に戻り、腰が低くなった。


「いえいえ、ミラベルは私達が教会に運びます。この度は村民を治療していただき、ありがとうございます」


「い、いえ、良いんですよ。ミラベルさんが助かったのは運が良かっただけですので⋯⋯」


 多分僕の顔は引きつっていると思う。感情の起伏が激しすぎてついていけない。

 感情が昂った状態から一瞬で平静に戻るのはなんだか怖い。


「見るからに高価な薬を使っていましたが、お代はどうしたら良いでしょうか⋯⋯。高位の回復魔法まで使っていただいて⋯⋯」


「いえ、お代はいりませんよ。僕らが勝手にやったことですから」


「そういう訳には行きません。旅のお方のご好意に甘えているだけでは私たちは恩知らずになってしまいます」


 村長は頑なだ。けれど僕はお金を貰う気にはどうしてもなれなかった。


「⋯⋯僕はこの村に滞在してから良くレネットと遊んでいました。はたから見たら僕が遊んであげているように見えていたかもしれませんが、僕が彼女に遊んでもらっていたのです。そのお礼といいますか⋯⋯友人として当然のことをしただけです」


 なんとか強引に村長に言い聞かせて僕は立ち去ろうとした。


 話しているうちにレネットが心配になって来たけれど、彼女はここにはいなさそうだ。

 まだあそこで固まっているのだろうか。どこまでを見たのかは知らないけれど、きっとショッキングな場面を目にしてどうしようもなかったのだと今なら分かる。


「これはレネットに渡しておきますね」


 僕は形見のネックレスを拾い上げ、レネットがいた方に歩き出した。

 そしてそそくさと退散しながら何気なくネックレスを【鑑定】した。


 このとき僕は集中力が高かったので深く【鑑定】スキルを使ってしてしまった。

 このスキルはそう簡単に求める答えを得られるようになっていないはずなのに、どういう訳かこの時は知りたいと思っていたことが瞬時に分かってしまった。


『問い:レネットの父親はなぜ死んでしまったのか』

『答え:カレー依存症の発作が原因で無謀な特攻をしたから』


 ネックレスに記憶が残っていたのか、それとも何かの怨念なのか、僕は知るはずのない情報を得て雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る