第15話:睦言
動揺していたレネットをなんとか宥めた後、僕は借りている部屋に戻った。
そしてベッドに入ったまま、起き上がることができないでいた。
頭の中でずっと同じ考えが巡っている。
それは『僕のせいだ』と『僕のせいじゃない』だ。
カレーを作ったのは僕だ。
その出来事をきっかけとしてカレー依存症が蔓延して戦争に発展し、まわり回ってレネットの父親が死んだ。
レネットの母親のミラベルさんはその報を聞いて自らを傷つけたけれど僕達がいたことで一命を取りとめた。
何も知らない立場から見れば僕は善人だろうけれど、全てを知っている僕からすれば壮大な自作自演をしているような気分になってくる。
罪悪感が胸から込み上げて今にも口から出てきそうだ。
だけど全てが僕のせいなのだろうかとも思う。
カレー依存症の発作が出ていても比較的穏やかに過ごしている人はいる訳だし、みんながみんな攻撃的なわけではない。
そもそも戦争が起きた根本には帝国と神聖国の長年の対立があり、お互いに隙を狙っていたところでカレーの件が発生したと考えることもできる。
カレーが引き金になったことが確かだとしても、戦争の責任が僕にあるというのは思い込みが過ぎると思う。
だとしたら何処までが僕のせいなのだろうか。
それが分からない。
さっきから何度も同じ所に戻ってくる。同じところをぐるぐる回っているだけで考えは一向に進まない。
起き上がれもしないけど目は冴えている。
だから何度も寝返りを打ってゴロゴロしている。
「はぁ⋯⋯」
ため息が止まらない。
部屋に光が入ってこないのでもう夜なのだろうけれど何時かは分からない。
ペトロニーアが何度か様子を見に来てくれているけれど、一人にして欲しかったのでおざなりな返事をしていまの状態を保っている。
それからしばらく堂々巡りを繰り返していると部屋の扉がガチャっと開いた。
またペトロニーアが来たのだろう。
たまたま僕は扉とは反対側を向いていたので、申し訳ないけれど寝たフリをしてやり過ごすことにした。
しばらく黙っているとバタンと音がして扉が閉まった。
僕が動かないので戻っていったのだろうと思ったけれど、ひたひたと歩く音がしてこちらに近づいてくる。
何やら『パサッ、パサッ』と音がして気になったけれど、話したい気分じゃなかったので僕は反対側を向いたまま息を潜めた。
足音の主はベッドまでやってきて、突然布団の中に入ってきた。
「えっ」
思わず声を上げてしまった。
腕が僕の首に回され、ギュッと抱きしめられる。
「ユウト、もう大丈夫だから。私が来たよ」
耳元から甘い声が聞こえてくる。
この声はペトロニーアのものではない。
「⋯⋯ソフィア?」
「そうだよ。あなたのソフィアだよ」
「なんでここに⋯⋯?」
「ユウトが戦いに出るっていうから心配で来ちゃったの」
ソフィアには特に何も言わずに来たけれど、情報を知っていても不思議ではない。
「ユウトが声をかけてくれたら私も準備をしたのになぁ」
ソフィアは悩ましげな声をあげている。なんだか艶っぽい。
「ごめん。でも教会まで巻き込む訳にはいかなかったから」
「その気持ちは分かっていたけれど、寂しかったなぁ⋯⋯」
さっきからソフィアは耳元で声を出しているのでくすぐったい。
「ソフィア、来てくれたのは嬉しいんだけれど、今は話をする気分じゃないんだ。後でにしてくれると――」
「ユウトは悪くないよ」
「えっ?」
「ユウトは悪くない。カレーを作ったのも広めたのもユウトかもしれないけれど、あなたは自分の仕事をしただけなんだから」
ソフィアはまるで僕の心を見透かしたかのように断言した。
だけど、それは違う。
「⋯⋯悪いのは僕なんだよ。僕が無邪気にカレーを作ったばっかりに不幸な人が出てしまっている。僕はみんなに喜んで欲しかっただけなのに、カレーにあんな効果があるなんて思わなかったんだ」
僕は懺悔するように言った。
ソフィアに依存症の話は伝わらないと分かっているけれど、言わずにはいられなかった。
「ユウトは苦しんでいたのね」
そう。僕は苦しんでいた。
人を喜ばせるためにしたことが裏目に出てしまったこと。
しでかしたことを相談したくても誰にも話が伝わらないこと。
悪者になるではなく、むしろ聖人として崇められてしまっていること。
どれもが僕を苦しめる要因となっていた。
「僕は苦しかったんだ」
枕に涙が染みていくのが分かった。
喉が震え、うまく話すことができなくなってしまう。
「大丈夫だから」
ソフィアが僕を強く抱きしめる。
「罪を償いたくても誰も分かってくれないんだ。僕が悪いと誰も言ってくれないんだ。むしろ評判は上がるばっかりで虚像が大きくなっていく。それを知るたびに本当の僕の矮小さを痛感して、惨めな気持ちになるんだ」
「そうだったのね⋯⋯」
「そうさ。こんなことになるのなら僕はこの世界に来なければ良かったんだ。調子に乗って世界をかき回すくらいだったら僕は存在しない方が良かった⋯⋯」
言葉に出すと涙が止まらなくなった。
喉を掻きむしりたいくらいに苦しい。
「ユウト、そんなこと言わないで」
ソフィアは落ち着いた声で話を続ける。
「ユウトが自分のことをそんな風に思っているなんて知らなかった。私はずっと気づくことが出来なかった。だけど私はユウトと出会えて嬉しかったよ? こうしてユウトの隣で時間を過ごせていることを幸せに感じるの。ユウトが誰にも思い付かない行動をして結果を出すたびに胸がどうしようもなく高まるの。だからそんな風に言わないで欲しいな⋯⋯」
ソフィアの優しい声が頭の中に響いて僕は何も言うことができなかった。
ただ涙が流れ続けるだけで、それ以上どうすることもできなかった。
◆
しばらく過ごすと涙も落ち着き、気持ちもおさまってきた。
僕の様子を察したのかソフィアは抱きしめていた力を弱め、話し出した。
「ねぇ、ユウト。聖女は神に身を捧げなければならないって知っている?」
「⋯⋯知ってるよ」
突然なんの話が始まるのか分からなかったけれど僕は答えた。
「だから純潔を守らなければならないんだけど、例外があるの」
「例外?」
「そうだよ⋯⋯。ユウト、こっちを向いて」
ずっと後ろからソフィアに抱きつかれていた状態だったけれど、そこではじめて僕は彼女と向き合った。
ソフィアは服を着ていなかった。
「聖女はね、神の御使いとだったら身体を重ねることを許されるの。聖女の身体を見た責任⋯⋯とってくれるよね?」
僕は何が何だか分からない状態になっていた。
責任をとってほしいと言われても頭がうまく回らない。
「えっ、えっと⋯⋯」
しどろもどろになっているとソフィアは僕の服に手をかけて脱がせ始めた。
「ちょ、ちょっと待って」
そう言うけれどソフィアは止まらない。
しまいにはズボンを脱がし、僕を全裸にした。
そしてすべすべの肌を密着させながら言った。
「ユウト、あなたを心から愛しているわ」
その言葉がスイッチとなってその気になり、僕はソフィアと結ばれた。
◆
次の日、僕は罪悪感でいっぱいになりながら目を覚ました。
あれだけエレノア一筋だと心に決めたのにソフィアと関係を持ってしまった。
エレノアにはなんと説明したものだろうか⋯⋯。
ソフィアは僕を腕に抱きながら幸せそうに眠っている。
その顔を見ると心が満たされるのを感じる。
昨日はあんなに落ち込んでいたのにすぐに立ち直るなんて僕は単純だ。
「どうしよっかなぁ⋯⋯」
声に出すと部屋の中から返事が返ってきた。
「二人が結ばれて私も嬉しいわ」
「そうかな?」
「えぇ、心から祝福しているわ。だってユウトがまた大きくなったんだもの」
「大きく?」
「王女である私と聖女であるソフィア、その二人をユウトが娶れば誰も文句を言えなくなるわ」
王女である私?
って僕は誰と話しているんだ?
身体を起こして部屋を見渡すとエレノアが椅子に座って本を読んでいる。
「やっと気づいてくれたのね、ユウト」
「エレノア⋯⋯!」
「昨日は大変だったって聞いたけれどソフィアと楽しめたみたいで良かった。本当なら私がユウトを慰めたかったんだけどわがままは言わないわ」
エレノアは楽しげな表情だ。
「い、いつからそこに?」
「さっきよ。今朝この村に到着して昨日の話を聞き終わった後、ユウトが起きるのを待っていたの」
「そ、そうなんだ」
「まるで浮気がバレたみたいに焦らなくて良いわ。元々そのつもりだったし、いずれこうなると思っていたから気にしないで。それよりも相談したいことがあるの」
うまく状況を整理できる気がしなかったけれど、エレノアが真剣な表情になったので僕は話を聞くことにした。
だけどベッドから出ると自分が全裸であることに気がついたので服を着るまで待ってもらうことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます