第7話:告白
この世界に転移してから僕は死ぬほど魔法を練習してきた。
一番得意な魔法は光魔法で、その次は雷魔法だと思う。格好いいからたくさん練習した。
他にも炎や氷の魔法はもちろん、闇の魔法だって使うことができる。
そんな僕が最近開発を進めているのが強化魔法と弱体化魔法だ。
この世界でも多少の強化は知られているし、毒はよく使われるけれど、元の世界ほどその概念が発達しているわけではない。
僕はルシアンヌの攻撃を受けながら反撃の準備を続けていた。
ルシアンヌは『七色』という異名を持つほど多彩な属性の魔法を扱うことができる。
そして圧倒的な技量の剣技を魔法と組み合わせることで数々の戦いを勝利に導いてきた実績がある。
正直【分解】スキルを使わないと厳しい相手だけれど、模擬戦で使って良い能力ではないので
ルシアンヌの猛攻を凌ぎながら僕はあたりに漂わせていた闇魔法を集結させて彼女を覆った。
「何っ?」
ルシアンヌは突然の攻撃に虚を突かれたようだ。
けれど瞬時に光の魔法を放ち、僕の魔法を振り払った。流石の対応力だ。
だけど闇魔法を食らってしまった時点で彼女の勝利の芽はなくなった。
僕は魔法で剣を強化してルシアンヌを攻める。当然彼女は受けるけれど、動きは速くない。
「身体が重い⋯⋯!」
弱体化魔法は巧妙に隠蔽するのが肝だ。
気付かれないうちに敵に迫り、戦況を決定的にする。
強力な魔法だったらルシアンヌも気がついただろうけど、紛らわせるところにこの種の魔法の愉しみがある。
僕は力を込めてガムシャラにルシアンヌを攻め続けた。
彼女は体勢を立て直そうとしているけれど、その間も無く押されている。
そしてついに僕はルシアンヌの剣を弾き飛ばし、首元に刃を突きつけた。
「今日も私の負けか⋯⋯。【分解】を使わせたかったがそこまでは遠いようだな」
「何度も言っているけどこんな戦いで【分解】スキルを使うことはないよ」
ルシアンヌは悔しそうな顔を浮かべている。
「あの闇魔法を喰らったのがよくなかったのだな。落ち着いて対処すれば良かったのだろうが初見ではどうしようもなかった」
「そうだね。あそこで冷静に距離を取られたら結構困ったなあ」
ルシアンヌは光魔法の名手なので時間をかければ弱体化魔法を破られてしまったと思う。
「だが今回も学びがあった。同じ手を使われても次回は対処できるだろう。⋯⋯ユウトの場合は次にはまた新しい手を用意してくるから厄介なのだがな」
「新しい技を開発するたびに対処されるのもこっちからしたら十分厄介なんだよなぁ⋯⋯」
僕とルシアンヌは苦笑を浮かべながらお互いを称えた。
このようにルシアンヌは個の力も飛び抜けているが、統率力も群を抜いている。
彼女の指揮は目を見張るもので「ピネン王国にルシアンヌあり」と呼ばれるほどだ。
敵からしたら悪夢のような将だと思う。
「さて、スッキリしたことだし、私は執務に戻ることにしよう」
「ありがとう。良い訓練になったし、僕も王城に戻ろうかな⋯⋯」
「あぁ、訓練したくなったら私を呼んでくれ。ユウトの訓練相手になる者は私以上に少ないのだからな」
「そんなことないとは思うけれどね⋯⋯。でもありがとう」
そう言って帰ろうとした時、ルシアンヌも反対側に足を出しながら言った。
「会った時は思い詰めた顔をしていたようだが、いまは張りのある顔になったな。ユウトの悩みは私には分からんが、そっちの表情の方がユウトらしくて良いと思うぞ」
ルシアンヌの顔は見えなかったけれど、心なしか耳が赤くなっているような気がした。
◆
その日の夜遅く、僕はエレノアの部屋にいた。
早く話したかったのだけれど、彼女は政務が押していたようで中々会うことができなかった。
「こんなに遅くまで仕事だなんて珍しいね」
「政策についての議論が紛糾してその対処に追われてしまったの⋯⋯」
「エレノアでも仕事に追われることがあるんだね。いつもあれだけ早く仕事を片付けていくのに」
「いくら考えても人の気持ちや価値観を変えることはできないのだから意見が対立した人達の仲裁をするのはいつも大変よ」
エレノアは瞳に理知的な光を灯らせて言った。
この国の政治はエレノアのおかげでうまく回っていると宰相が言っていたけれど、それは実務の能力だけではなくて人間関係の調整能力にも起因しているのかもしれない。
今日あったことをひとしきり話した後、僕は本題を切り出すことにした。
「ねぇ、エレノア。ソフィアとペトロニーアのことだけど、僕なりに考えたんだ」
「うん⋯⋯」
「やっぱり僕はエレノアが好きなんだ。君以外の人と関係を持つことはやっぱり考えられないよ」
「⋯⋯そうなのね」
「うん。僕が王になるとかそういうことについてはまだピンと来ていないけれど、一つ確かなことがあるんだ」
僕はまっすぐにエレノアの目を見ながら言った。
「それは、僕は君を必ず選ぶということだよ。何があってもエレノアのことを一番に考えて未来を選択していく。もしそのために僕が王になることが本当に必要なのだとしたら僕はそうすることを覚悟するよ」
「ユウト⋯⋯」
エレノアは僕の身体に腕を回した。
「僕が不安定なのがエレノアを心配させる理由の一つだと思う。すぐにとは行かないけれど僕はもっと強くなって自分の足でしっかり立てるようになるよ」
「ユウトはもう十分に強いわ。私たちが強くなれないのが不安の原因なのよ」
僕は強くエレノアを抱きしめる。
この華奢な身体で彼女が大きなものを背負っていると思ったのだ。
「エレノア、君の力を貸して欲しい。一緒に強くなっていこう。僕はエレノアを含めて僕を助けてくれたこの国の人たちが大好きなんだ。みんなに喜んでもらえるようにいろんなことをしていきたいと思っている。そのために隣にいてもらいたいのはエレノアだけだよ」
「⋯⋯ユウトの気持ちは分かったわ。だけどもし私以外の人が必要だと思った時にはためらわないで。ユウトほどの男が一人の女におさまる必要はないんだから」
尚も聞き入れてくれないエレノアを見て、僕は彼女を自分のところに優しく引き寄せた。そしてゆっくりと目を合わせた後で瑞々しい唇にキスをした。
エレノアは「あぁ⋯⋯」とため息のような声を漏らして僕の頬に手を添える。
「ユウト、私はあなたのことを愛しているわ」
「僕もだよ、エレノア」
エレノアは仕立ての良いドレスに手をかけながら潤んだ目で僕を見た。
我慢できなくなった僕たちは、今度は長く熱い口付けを交わした。
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