第27話:激情

 スパイス生産拠点の襲撃やマティアスの異変の原因がキョウヤだという可能性が浮上した。


 僕は王城の庭をぐるぐる歩きながらそのことを考え続けていた。


 まず第一にスパイス拠点がこの世界の常識を超えた力を持って攻略された。

 ペトロニーアの推測によれば彼女以上の魔道具の知識か、かなり高度なスキルの技能が必要らしい。

 これを持つ可能性がある人間としてキョウヤが真っ先に僕の頭に浮かんできた。


 第二にマティアスや兵士たちに異変が起きた。これはカレー依存症を促進させる薬剤のせいで間違いがない。

 問題は誰がそんなものを作ったのかということだけれど、例えばキョウヤの【生成】スキルで可能だとしたら話は早い。このスキルで任意の性質を持つ化学物質を創り出せるのだとしたらそんなことも可能だろう。


 思考が偏っているのかもしれないけれど、やはりキョウヤが関わっているのだとすれば説明がつきやすい。


 僕は足を止めて、目の前に咲く赤い花を見つめた。


「だとしたら⋯⋯」


 もしかしたら改善薬も作れるのではないか。

 そんな考えも頭に浮かんでくる。


 だがその一方でマティアスをあんな風にした人間がキョウヤだと思うと腹に熱いものが発生して、全身がぷるぷると震えてくる。


「この激情は止められるのかな」


 たかぶった魔力を集めて花に放つと、鮮やかだった花弁は見えない粒子となり、空に消えていった。





 僕はエレノア直属の情報収集部隊にキョウヤの情報を集めるように依頼した。

 その結果、キョウヤはいまこの国にいて王都に向かっている最中だということが分かった。


「本人が直接手を下したという可能性は低くなったかな?」


「うーん。そうなのかしらね」


 僕は私室でエレノアに相談をしていた。

 この部屋は国王陛下が使っていた場所で、すでに僕に与えられている。


「何か引っ掛かるか?」


「そうね。もし相手がユウトだったら、国の端にいるとしても魔法を使ってすぐに王都にこれるでしょ?」


「そうだね。瞬時にとは行かないけれど、全力で飛べば何とかなるかもしれない」


「キョウヤさんも同じよ。私の情報網に引っ掛からなかったのは不思議だけれど、あれから三日は経っているし、国内は移動圏内だと考えるべきだわ」


 エレノアに言われて確かにそうかもしれないと思えてきた。


「となるとやっぱりキョウヤの容疑を晴らすことはできないね。王都に来たら僕のところにも顔を出すだろうから少し話してみよう」


「そうするしかないわね」


「ペトロニーアには対策の魔道具をお願いしているから、いまはとにかく完成を待とうか」


「実際の薬物がないとなかなか難しいと言っていたけれどね」


 ペトロニーアはいま散布された薬物を検知する魔道具を作っている。被害者たちの血液から情報を取得しようとしているのだが、なかなかうまく行かないらしい。


「ひとまずは風の魔法で対策を練るしかないな」


「上層部で風属性が使えない人には魔道具を配ったわ。ひとまずの脅威が薬剤散布ならこれで対策できるかもしれないけれど、相手の手の内が分からない以上、不安は拭えないわね」


「そうだな。頭を働かせなくちゃいけないところだけれど、でもペトロニーアには程々にしてもらわないといけないよなぁ」


「当然よ。ペトロニーアも身重なんだから⋯⋯」


 エレノアの妊娠が判明した後、ソフィア、ペトロニーア、ルシアンヌの三人も妊娠していたことが分かった。どういう確率なんだろう⋯⋯。





 エレノアと話した後、僕は最近よく足を運ぶようになった部屋に向かった。そこにはこの世界で唯一の視点を持っている男がいる。


 僕は扉を勢いよく開けて、部屋に飛び込んだ。


「アルトゥリアス、元気にしてるー?」


「ユ、ユウトさん。また来たんですか⋯⋯」


 部屋には引きつらせた顔のアルトゥリアスがいる。

 僕が来るといつもこんな表情だ。


 アルトゥリアスが落ち着くのを待ってから僕は問いかける。


「今日は何してたの?」


「今日は朝から騎士団の訓練を受けましたね⋯⋯。そ、それから教会の炊き出しに参加して、今は読書をしています」


 アルトゥリアスは僕が招いた食客ということになっている。逃げ出す以外は何をするにも自由だと言っており、各方面に顔を出しているようだ。


 アルトゥリウスはいつも僕たちに重要な視点を教えてくれる。独自の観点から物事を考えて助言をくれるので、いまでは多くの人から『賢人』と呼ばれている。


 今日も僕はアルトゥリウスに大事な相談をしにきた。


「アルトゥリアス、キョウヤのことを教えてくれ。お前の主観で良いからどんな奴なのか知りたいんだ」


「キ、キョウヤのことですか? そうですねぇ⋯⋯。彼は謙虚さと傲慢さを持った天才ですかね」


「謙虚さと傲慢さ? それって反対の言葉じゃないか?」


 僕はアルトゥリアスの言葉に飛びついた。

 アルトゥリアスの発言にはこんな風に引っ掛かりがある。


「そうなんですけれどね。正確に言うと傲慢を謙虚で覆っているといえば良いんでしょうか⋯⋯。例えば自分は能力があるという自信があるからあえて謙虚に振る舞っているというか、そんな感じがあるんです。中身は本物の天才なので鼻につくとかではないんですけどね」


「やっぱりキョウヤってすごいの?」


「すごいなんてもんじゃありませんよ。短期間で画期的なものをいくつも作り出して、神聖国を代表する人物になりつつありますからね」


 アルトゥリアスがここまで真っ直ぐ褒めるのであればキョウヤの能力は本物なのだろうと思った。


「僕はキョウヤが何をしてきたかって知らないんだけど、教えてくれる?」


「そりゃあ、ユウトさんに比べたらキョウヤはまだ足りていません。ですが火薬や着火剤などはキョウヤが開発したものが急速に広まっていて、今では帝国兵も全員が使っていると言いますし、他にも石鹸や化粧水などを作ってお金もたくさん持っているようですよ」


 どれも【生成】スキルで生み出したものを使って作っているのだろう。

 しかしそれほどのものを開発しているのに製品はおろか噂まで聞こえてこなかったというのには違和感がある。


「そんな話はピネン王国では聞いたことがないんだけど⋯⋯」


「あぁ⋯⋯そうかもしれませんね。神聖国はピネン王国に妬みを抱いていたようですし、ユウトさんにも聞いてほしくなかったでしょうから情報を統制していたのかもしれません」


「そんな風にされる心当たりがないんだけど」


「ユウトさんからしたらそうでしょうね。ですが神聖国はあなたに思い入れがあるんですよ」


「そうなの?」


「えぇ、だってあなたを異世界から召喚すると決めたのは神聖国の教皇猊下ですから」


「なんだって!?」


 鋭い眼差しで見つめたらアルトゥリアスはまた顔を引きつけらせてしまい、話を聞き出すのに時間がかかった。

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