第26話:推測

 マティアスの礼賛の声が響く中、僕はゆっくりとした深呼吸を重ねて気持ちを落ち着けた。


「それでペトロニーア、魔道具が作動しなかった件については何か分かった?」


「⋯⋯何も分からないということが分かった」


 ペトロニーアは不服だという気持ちを隠すことなく言った。

 彼女にしては珍しい態度だ。


「ペトロニーアでも分からない何かが起きたのか⋯⋯?」


「そうだね。でもだからこそ分かることがあるよ。ボクが調べてもなんで魔道具が作動しなかったか分からないんだよ? 多分それが最大の手がかりだと思う」


 ペトロニーアはそんなことを言い始めた。

 それだけ稀有なことが起きたのだと思うが僕にはピンと来なかった。


「それってどういうこと?」


「それだけ人智を超えたことが起きているってことだよ。例えば全部の魔道具が同時に不調になるとかさ。そんなことが起きればボクだって原因を見つけることはできないから」


「そんなことを意図的に引き起こせるのはそれこそ神だけだよ」


 隣ではまだマティアスが咆哮しているのでつい神を話に出してしまった。


「そういう類のことが起きているんじゃないかってボクは思うな。多様な方法で作動するような罠を敷き詰めていたのに一個も動いてないんだからね。攻撃を掻い潜られたんじゃなくて、作動しなかった。これが手がかりなんだろうなぁ」


 そういってペトロニーアは考え始めてしまった。

 つられて僕も頭を働かせる。


 拠点にはペトロニーア謹製の凶悪な魔道具が配備されまくっている。

 内部に侵入するだけでも大変だし、入ってからスパイス置き場に行く着くまでもかなりの種類の魔道具がある。


 犯人たちはこの全てをやり過ごし、スパイスを回収したあとで来た道を戻らなければならない。となると二回罠に対処したか、ある程度長い時間止めることができたからだと思う。


「だとするとこれは対処法が確立されていると見た方が良いだろうな」


 そのことだけは分かったけれど、あとは考えても何も思いつかなかった。

 


 横道に逸れた思考を垂れ流ししながらマティアスの様子を眺めていると、ぶつぶつと呟いていたペトロニーアが顔をあげて僕を見た。


「ユウトだったらどうやって拠点の魔道具を止める?」


「うーん。僕だったらスキルで全部分解しちゃうけれど、それじゃダメだよね?」


「対処するだけだったらそれが良いかもしれないけれど、敵は隠密で行動したいんじゃないかな? それにその方法だと誰が犯人かバレちゃうかもしれない?」


 難しすぎて、つい頭を捻ってしまった。

 そんなことができるやつがいるのだろうか。


「穏便な方法で、しかも一時的に魔道具を止めるだけの対処だよね⋯⋯。【分解】スキルをうまく使えばできることがありそうなんだけどなぁ」


 僕がそう言うとペトロニーアは再び深い思考の海に入っていた。

 だが、またすぐに顔をあげてこちらを向いた。


「ねぇ、ユウトって魔道具の中の魔力を分解することってできる?」


「それならできるかな。でもそれがなんで⋯⋯あ、そうか!」


「うん。魔道具の動力は全部魔石だから、なんらかの方法で魔力が阻害されたら当然動かなくなる」


「魔石の魔力を全力で感知してそこから伝わる魔力を分解すれば一時的に魔道具を止めることは可能かもしれないなぁ」


「やってみて」


 ペトロニーアが期待に満ちた目で僕を見る。正直かなり大変そうなのだが、僕はこの目に弱い。


 僕は周囲に漂う魔力に感覚を合わせて、魔力を広げた。

 これで数十メートルほど離れた微弱な魔力すらも検知できる。


 転移場所が森だったおかげで僕は魔力を感知することの大切さを身に沁みて理解した。だから魔力操作を磨いてかなり詳細に情報を得られるようになっている。


 魔石の魔力は独特の波長を持っているので僕は認識することができた。魔石にはミスリルでできた導線が繋がれていて、そこに魔力が流れている。


 僕は導線に流れる魔力だけを対象に【分解】スキルを行使した。

 その瞬間、確かに検知していた魔力が霧散した。


「ペトロニーア、そこにある魔道具の魔力を分解するから停止しているか確認してくれ」


 僕が対象の魔道具を指さすとペトロニーアがそれを起動した。だが導線の魔力を分解し続けているので魔道具が能力を発揮することはなかった。


「起動しなかったね」


「だな。次はここら一帯の魔道具を対象に同じことをしてみるよ」


 僕は魔力感知の範囲を百メートルまで拡大した。そこかしこに魔石の反応を感じるけれど、どれも微細だ。


 その全てを対象に僕は導線の魔力を分解した。


「ペトロニーア、周囲百メートルの魔道具を全て起動してくれ」


「分かった。全部が作動したらボクは死んじゃうね」


 苦笑いしながらペトロニーアは魔力を魔道具に送った。ペトロニーアの魔法で直接スイッチを切り替えることができるのだ。


「⋯⋯動かない。本当にできるだなんて!」

 

 ペトロニーアはのけぞりながら手を叩いて笑った。

 言い出したのはペトロニーアなのに意外だったらしい。


「だけどあんまりやりたくない作業だな。はっきり言って難度が高すぎるよ」


「ボクもそう思うよ。そもそも魔道具の魔石は探知されないように巧妙に隠蔽しているんだよ。さっきは黙っていたけれど、一個でも感知できただけで化け物レベルだとボクは思うなぁ」


 ついには嫁に化け物認定されてしまった。

 だけどペトロニーアが言うのならそうなんだろう。

 ここにあるのは世界最高峰の魔道具なのだから。


 僕がほんの少し傷ついていることに気が付かずペトロニーアは話を続ける。


「だけどこれで敵について分かったことがあるね。魔道具の発動を阻害した人は、ボク以上の魔道具師かユウトに匹敵する能力者、それ以外には考えられないよ」


「⋯⋯⋯⋯」


 ペトロニーアはこの国一番の魔法師であるとともに魔道具師でもある。僕の知る限りでは彼女以上にすごい魔道具を作る人間は知らない。


 いや、それどころかペトロニーアの能力はこの世界において突出している。何故なら転移者である僕が元の世界の知識を彼女に伝えたからだ。


 そしてペトロニーアが指摘したもう一方の可能性、僕と同等のスキルを持つ可能性のある者。


 魔道具に関する異質な助言を与えられる人、僕に匹敵する力を持つ人、そのどちらにも当てはまる人物を僕は一人だけ知っている。


「まさかキョウヤか⋯⋯?」


「ボクもその名前が浮かんできたよ」


 キョウヤが力を貸しているのであればペトロニーアの魔道具を止めることが可能かもしれない。転移者にはそれだけの力がある。


「キョウヤのスキルは【生成】。僕とは正反対の力だ」


 キョウヤを鑑定した時のことを思い出すと頭に彼の屈託のない笑顔が浮かんできた。

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