第28話:判明
アルトゥリウス・ドーンブレイカーは知れば知るほど面白い人間だ。
彼は神聖シオネル王国の騎士団で中隊長を務めていた。
顔立ちは恐ろしく整っており、長身で金髪の姿は男の僕でも美しいと思ってしまうほどだ。
両手直剣を腰に
構えや振り、動きは王道的だ。流麗で無駄がなく、バランスも良い。
それなのに実際には剣は遅くて重みもない。
達人の場合、素振りや戦いを横から見ているとあまり強くないように見えることがある。大した動きではないのに相手が圧倒されているのを見て、自分ならもっと上手くやれると感じてしまうのだ。
だがいざ自分が戦ってみると、剣の振りが想像以上にコンパクトで太刀筋も重く、あっという間に劣勢に立たされてしまうことがある。
アルトゥリウスと戦うとその逆の現象が起きる。
横からみるとそれなりに強そうなのに戦ってみると大したことがないのだ。
そんな奴が軍にいたら容姿が整っていることへの僻みも加わってバカにされるはずだがアルトゥリアスは同僚からの評判もよく、彼の隊に入隊を志願する兵も多かったそうだ。
その理由は彼の家にある。ドーンブレイカー家は古くからある貴族で、軍部で伝統的に特殊な役割を担っていたそうだ。
その役割は「前線料理人」。ドーンブレイカーがいる戦では量、栄養、味、全てが揃った極上の食事が前線の拠点で振る舞われるらしい。
アルトゥリアスも高レベルのスキルを持つ料理人で、最前線で戦いながら兵士に料理を振る舞い続けることから非常に人気が高かったそうだ。
武人でもあり、料理人でもある。そんな特異な地位にいたからこそ、アルトゥリアスは独自の視点を持っているのかもしれない。重いカレー依存症にかかっていながら僕を『悪魔』と評したアルトゥリスへの信頼は、彼と関わるほどに増していく。
◆
アルトゥリアスの話によれば、僕をこの世界に召喚したのは神聖シオネル王国の教皇らしい。
古から知られている秘術を使って僕を呼び出したは良いのだが、術が不完全で僕は神聖国ではなくピネン王国の森に転移することになった。
それがきっかけで僕はこの国の王女であるエレノアと出会い、国に豊かさをもたらすことになるのだが、教皇はそれが気に入らなかったらしい。
カレーをはじめとしてピネン王国が得た利益は本来神聖国が得るはずだったと教皇は考えているようだ。神の食事カレーの供給を他国に握られているのも教皇からしたら屈辱だったのかもしれない。
「それで逆恨みか」
「えぇ。貴方の活躍を聞いて悔しがった教皇猊下が再度の召喚を試みて、やってきたのがキョウヤです」
アルトゥリアスの話ではキョウヤは国のサポートを得て、画期的な物を次々に生み出していったそうだ。
「神聖国で『万能薬』という薬が発明されたのを知っていますか?」
「全ての病気を治すことができる薬って言われてたんだってな。流石に『全て』というのは過大だけれど非常に画期的な薬だとソフィアから聞いた」
「その発明者の名前は明かされてはいないのですが、作成法を考案したのはキョウヤではないかと神聖国内では噂されていました。神聖国はその薬を使って強気に外交をしていた訳ですが、その頃からキョウヤの発言力が上がったようにも感じました」
その話だけ聞くと、万能薬の使い方がピネン王国におけるカレーと同じだ。
「万能薬か⋯⋯」
キョウヤが開発した可能性があるのであれば突然気になってきた。
うまく鑑定すれば何か情報が掴めるかもしれない。
しばらく僕が黙って考えていると何かを察したアルトゥリアスが口を開いた。
「ユウトさん、万能薬が欲しいのですか?」
「手に入れる方法があるのか?」
前のめりになってアルトゥリアスに迫ると、彼はまた顔を青白くさせながら言った。
「手に入れるも何もここにありますよ」
アルトゥリアスは懐に手を入れて、小瓶を取り出した。
「神聖国の兵士は全員に配られたんです。私は中隊長だったので3本支給されました。よければ差し上げます」
小瓶を受け取り、中に入っている液体を即座に【鑑定】した。
そして、そこで得た情報を見て僕は言葉を失った。
『万能薬にはカレー依存症を進行させる効果がある』
◆
その夜、僕はエレノア、ソフィア、ペトロニーア、ルシアンヌを部屋に集めた。
全員が僕の妻であり、全員が現在妊娠中だ。
みんな真剣な顔をしていて、なぜ僕が呼んだのか分かっていそうだった。
「スパイスの拠点を襲った敵について分かったことがある」
そう言うとエレノアとソフィアは目を閉じてゆっくりと息を吐いた。ペトロニーアとルシアンヌは薄く笑っている。
「敵は『万能薬』と神聖国で呼ばれている薬を襲撃に使ったようだ。この薬は病気を治す効果もあるけれど、一時的に人を錯乱させる効果があるようだ」
カレー依存症のことは伝わらないのでこのような表現にしておく。
マティアスのことも知って欲しいのだけれど、元からああいう人間だという認識に変化してしまったのでこちらも伏せる必要があった。
「作ったのはキョウヤだという話もあるけれど真偽のほどは分からない」
僕はエレノアとソフィアの方を向いた。
「エレノアとソフィアは『万能薬』の発明者の情報、あとキョウヤ・イワブチについて調査を進めてくれ。かなりの力を注ぎこんで良いと僕は思っているけれど、配分は二人に任せる」
「分かったわ」
「分かりました」
「ペトロニーアとルシアンヌはまず敵の攻撃に対する防御策を考えてくれ。ある程度の対策を練ったら今度は攻撃の準備をしようと思う」
「攻撃に打って出るのか?」
ルシアンヌが意外だという顔をした。
僕が極力攻撃をしない人間だということをよく知っているからこその反応だろう。
「すぐにというわけではないけれど、その可能性も考えている。もし敵の尻尾が掴めたら先制攻撃を仕掛ける可能性もある」
「じゃあ、そのための魔道具も作るんだよね?」
「あぁ、そのつもりだ」
ペトロニーアが目を輝かせている。これまで僕は元の世界の兵器に関する情報をあまり伝えてこなかった。その情報が得られるかもしれないと思って、ペトロニーアは興奮しているのだ。
ルシアンヌも基本的には好戦的な人間なので、戦いがあるかもしれないと聞いて目を爛々とさせている。
「ただし、みんな妊婦なんだから身体には気をつけること。大事な時期なんだから無理をしないで動いて欲しい。特にルシアンヌ」
「えっ⋯⋯」
ルシアンヌはすぐに剣を取って稽古でも始めそうだったので釘を刺すことにした。
「最近は教会の仕事もあまり回ってこなかったし、ちょうど暇していたところだったから私は動くことができそうよ」
ソフィアは最近暇すぎて祈りを捧げてばかりいたからちょうどよかったのかもしれない。隣にいるエレノアも頷いている。
「みんな改めて言うけれど僕は戦いを起こしたいわけではない。知っての通り、僕はむしろ争いを避けたいと思っている人間だよ。だけど敵に攻撃されて黙っていられるほど忍耐強い人間でもないんだ」
話を聞いている全員が一様に頷いている。
「降りかかる火の粉は必ず払う。そのためには手段を
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