異世界転移して「カレー」を作ったらみんな依存症になりました⋯⋯。
藤花スイ
第1話:楽観
その日、僕は王女の部屋のベッドで横になっていた。
王女は僕の隣ですやすやと眠っている。
彼女は最近疲れが溜まっているようでベッドに入るなり眠ってしまった。
一方、僕は気になることがあって眠れそうにない。
最近周囲の人が続々と体調不良になっているのだ。
何か手がかりがないかと王女の身体を調べるけれど、やはり何も分からない。
小さな見落としもしないようにと何度もスキルを使っていると頭に『ぴこーん』という音が響いてきた。スキルレベルが上昇したのだ。
僕の【鑑定】スキルはこれで最大レベルだ。
やっと体調不良の原因が分かるようになるかもしれない。
僕はゆっくりと息を吐いてから再度王女を【鑑定】し、状態の部分に注目した。
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名 前:エレノア・ルイーズ・シュヴァルツブルク
称 号:ピネン王国第一王女、大陸一の才女
状 態:不調(倦怠感)
・カレー依存症(軽度 122)
スキル:叡智(Lv.7)、計略(Lv.7)、光魔法(Lv.4)
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「なんだこれ?」
そこにあったのは意外な結果だった。
最大レベルになった【鑑定】スキルによると、エレノアは『カレー依存症』にかかっているらしい。
調子を崩している理由もこれで間違いなさそうだ。
だけどカレー依存症ってなんだ?
カレーが食べたくて止められなくなるような病気になってるってことだろうか。
僕が最初にカレーを披露した時は確かにみんな大袈裟に喜ぶなぁとは思っていた。
でも唐揚げやアイスクリームを開発した時も似たようなものだったし、反応が大きくても不思議には感じなかった。だってカレーだし⋯⋯。
けど、カレーに依存性があったのだとしたら納得できる部分もある。
「みんな依存症だったのかな⋯⋯?」
確かにほぼ毎日カレーを食べていた。
あれ? 僕もみんなと同じくらいカレーを食べていたはずだけど、体調不良にはならなかった。
疑問に思って僕は自分に対して【鑑定】スキルを使った。
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名 前:ユウト・スメラギ
称 号:異世界転移者、ピネンの英雄候補
状 態:健康
スキル:分解(Lv.10)、魔力操作(Lv.10)、全属性魔法(Lv.10)、武術(Lv.10)、鑑定(Lv.10)、料理(Lv.7)、隠蔽(Lv.5)、掃除(Lv.4)
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やはり僕には何の問題も起きていない。
個人差があるのだろうか。
◆
時間をかけて隣で寝ているエレノアと自分の身体を深く調べた。
その結果、驚愕の事実が明らかとなった。
『この世界の人間はカレーに対する感受性が高く中毒性が生じる。
一方で異世界人である僕はカレーに対する耐性がある』
「だから気が付かなかったんだ⋯⋯」
自覚症状はあまりなかったようなのだけど、周囲の人たちの顔色が日に日に悪くなっていることに気づき、僕は外部からの攻撃を懸念していた。
例えば他国の工作員が未知の毒物を散いているというのが僕の推理だったけれど、間違いだったようだ。
彼女たちを攻撃している奴がいるとしたら絶対に許さないと心に決めていたけれど、まさか僕のカレーが原因だったなんて⋯⋯。
「はぁ⋯⋯」
僕はため息をついた。
自分の行いが原因でこうなってしまったことに対する強い落胆を感じている。
けれど同時に不調の原因が分かって良かったという気持ちも湧いてくる。
得体の知れない攻撃を受けているのでなくてよかった。
複雑な気持ちを抱えながら僕は横で眠っているエレノアを見た。
穏やかな顔で眠る彼女のさらさらの金髪を梳く。
すると彼女は目を覚まして僕の方を見た。
「ごめん。起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫。ユウトと一緒に寝られて嬉しいよ。私たち恋人なんだしね⋯⋯」
エレノアは「えへへ」と笑いながら言った。
だけど、僕の顔をじっと見つめるとすぐに心配そうな顔になった。
「ユウト⋯⋯何かあった?」
僕は首を横に振った。
だけどそれを見てエレノアは手を伸ばし、優しく抱きしめてくれた。
この子は感情の変化に聡いので、僕の様子が変なことに気がついたのかもしれない。
僕は何も言わずエレノアの体温を感じた。
彼女の寝巻きは乱れていて肌が直に触れる。
エレノアに抱かれたことで、頭に上がっていた血がスーッと落ち着いてゆくのが分かる。
あまりにも衝撃的な情報を見たので僕は動転していたらしい。
冷静になった頭で考えるとそこまで慌てることではないんじゃないかと思う。
なぜなら依存症は世にありふれているからだ。
元の世界でもお酒の飲みっぷりが良い人を見ていい気分になるって話を聞いたことがある。
だけどその人がアルコール依存症かどうかなんてことは誰も気にしていなかったと思うし、お酒のメーカーに勤務している人たちも悪いことをしているなんて意識はないはずだ。
今回エレノア達の不調の原因がカレーを食べ過ぎていたことだと分かった。
その原因を作ってしまったことは申し訳なく思うけれど、対処は可能だ。
そう思うと次第に安堵感が強くなってくる。
僕は人に喜んでもらうためにカレーを開発した。
実際にみんな喜んでいたし、笑顔を浮かべながら食べる姿は幸せそのものだった。
体調不良をどうにかすれば問題は解決するだろう。
問題はどれぐらいの人が依存症になっているかくらいだ。
「エレノア、ありがとう。もう大丈夫だから」
「気分は落ち着いた? よかったぁ⋯⋯」
エレノアは安堵の息を吐いた。
その様子を見て僕はたまらない気持ちになり、エレノアを力強く抱きしめた。
彼女の瞳はとろんとしていてとても可愛かった。
自分が楽観的過ぎたことをこの時の僕は理解していなかった。
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