第5話『葛藤』(2/3)

考えがループしてしまっている時にラピスからタイミングよく声がかかった。


 気軽に聞く様子は、ヒロ本人の意思に関係なく起きる事からであろう。

「ねぇヒロは、死にたくないんでしょ?」


 唐突に当たり前のこと言ってくるので、思わずぶっきらぼうにヒロは返した。

「なんだよ、当たり前だろ?」


 そこは淡々となだめるようでいて、冷静なラピスは事実を告げる。

「それなら……。やることは、決まっているんじゃない?」


 ヒロは、わかってはいた。結局選択肢は、すでに一つしかないことぐらいは……。


 ただ、ここで自分に対してごねていたのは、事実を認めていない甘えだということを……。


 その甘えが増長し、やりたくないなどと嘯いている。おかしいこともヒロはわかっていた。それでもヒロは言ってしまう。

「そうは言ってもさ、簡単に割り切れないよ」


 ラピスは見透かしたようにいう。

「まあ、今まで平穏無事な生き方ならそうかもね……。このままだと死ぬよ?」


 当然ながらまだ生き続けたい。だからいう。

「それは困る」


 ラピスはあくまでも事実を言っていた。

「死なない方法は、今は『共食い』しかないよ? ダンジョンへの訪問はまだ先だし」


 一瞬ヒロは、ダンジョンのキーワードに光明を見たものの、そのような物はまだない。

「ダンジョン……」


 まるでお預けをするかのようにラピスはいう。

「言っとくけど大分先だからね? ダンジョンは」


 そこでまた話が元に戻ってしまい、ヒロは思わず愚痴を言う。

「……何で俺が」


 ラピスはヒロのその言葉にも付き合い、続けた。

「なぜ、殺めなきゃならないかということ?」


 ヒロは力強く答えた。

「そうだ。自分のために大量殺戮をするなんて……」


 そこでラピスは何か考えたのか、話の内容とまるで関係のないことを提案してきた。

「んー。ヒロ、この鋭利な金属片持ってみて」


 ヒロは道端に落ちていた手のひらサイズの金属片を、怪我をしないように握る箇所だけをハンカチでくるみ手に持った。


 ヒロは恐る恐るといった感じでラピスに尋ねた。

「これでいいのか?」


 気楽にして欲しいと言う感じでラピスはいう。

「そうよ、あたしは死なないからあたしを刺して練習してみて」


 ヒロにとって見えているラピスは、ある意味で現実だ。

 感情的にも刃を向けることはあり得ないし、どこか躊躇してしまう。

 だからこそ、ヒロは正直に言った。

「幻覚とはいえ、勇気がいるぞ」


 ラピス自身は幻影だから問題なしと、余裕しゃくしゃくだ。

 自身の心臓の位置を指差し、ここを刺せと言う。

「まあ、いいから、いいから。ここよ? 体重を乗せてよく狙ってね?」


 ヒロは幻覚ならばと、練習のつもりで構えていう。

「こうか?」


 ラピスはヒロの構えを見て、全身を使い見よう見まねな感じで動きを見せていた。

「あ〜それだと、何かの拍子で手首で曲げてしまうわ。腹に添えて全身で押し当てるようなイメージで突っ込んできて」


 ヒロは言われた通りに、試してみる。

「わかった」


 すると、何か男のうめき声が聞こえてくる。

「グエェッ!」


 ラピスの幻影に対してのはずなのに、刺さった手応えを感じ思わずいう。

「随分とラピスは変な声で演じるな? しかも手応えがリアルだ」


 ラピスは自身の技術力の賜物だといい、なんてことのないようにいう。

「そうよ? あたしの技術は世界一! 今度は何度も差し込んでみて?」


 これならやれそうだと、ヒロはもう一度踏み込んでみた。

「ああ、やってみる」


 またしても奇妙な男の声がする。

「グゥゴォッ」


 見た目と現実が違いすぎて違和感があるものの、ヒロは新しい感覚に目を大きく見開いた。

「なんだか妙にリアルだ……。あれ? 脳が気持ち……いい?」


 ラピスはヒロの反応を楽しそうにしていう。

「そうよ。相手の魔力を吸い込んでいる時は、そうなるわ」


 ヒロは渇望に似た何かを覚えて、叫ばずにはいられなかった。

「相手の? なんだ? 脳が……うまいぃぃ!」


 ヒロは、狂ったように繰り返し突き刺していた。

 すでに返り血も浴びており、狂気に歪んだ笑顔でいる。

 それを知るのはもはや、ラピスだけだ。

 

 すると、ヒロの動きに合わせて男のうめき声が変わらず耳に届く。

「グゥガァ! ギャッ! ギャッ!」


 その後、地面に水の詰まった布袋を落としたような音がする。

 実はそこには厳つい顔をした中年男性がおり、すでに事切れていた。

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