異世界の『魔法ウイルス』東京感染。〜日本人家畜化計画に加担してしまった俺。食物連鎖の新たな頂点たる異界の者の入植者に抗う運命はいかに〜

雨井 雪ノ介

第1話『プロローグ』(1/2)

 ――あの光に包まれた事件の日。


 すべてが変わってしまった……。

 ゴダード教授とリナ助教授そして、学生のヒロも。

 まるであの頃は、何か幻だったのかとさえ、ヒロは思う。

 

 

 ――ここは、大学内の研究室の一室。

 

 正午すぎに、大学の研究室にある実験施設が突然うなりをあげた。

 あり得ない引力が発生し、少しずつ施設の中央へ引き摺り込まれるようにして、水平にひかれていく。

 

 赤色灯が危険を察知し、危険度を表すかのように激しく回り危機を知らせてくれている。

 

 ここは大学の研究室内に設けられた、小規模な窓のない実験施設だった。

 特殊な粒子加速器のような施設で、研究課題として擬似ワームホール作成を行っていた。

 

 白髪混じりの長髪で髭もじゃの小太りゴダード教授は、寝癖をつけながらいつも忙しなく動いていた。

 それをサポートするリナ助教授は美魔女と呼ばれ、黒髪の長く綺麗な髪をもち凛とした姿格好で、どちらかというと落ち着いて手助けをしていた。

 

 その中でごく普通の学生としてのヒロは、長めの髪で中肉中背の眼光は鋭くも丹精な顔つきをしており、二人の指示を聞きながらレポートをまとめたり、検証をしたりなどをしていた。


 そのようないつもの研究室の光景が今日は一変した。

 

 ゴダード教授は、溢れ出す光を見つめていた。

 左腕をあげ、あっちに行けと言わんばかりの動作をしきりにさせる。

 低い声は焦りを帯びて、震えるように声をだす。

「今すぐ逃げるんじゃ!」


 助教授のリナですら、焦りが色濃く現れ美貌を歪ませつつもヒロを案じていう。

「ヒロくん、ここは私たちに任せて!」


 当のヒロは、普段はあまり変化しないクールな表情を保っていた。ところがこの大学の研究室でまさかの大事が起きており、顔を歪ませながら右往左往してしまう。


 ヒロは混乱して、叫ぶだけしかできなかった。

「ゴダード教授! リナさん!」

 

 そのヒロの声を最後に、三人とも光の本流に飲み込まれてしまう。

 三者三様とも叫ぶものの、その声はかき消されて誰にも聞こえない。


 視界は真っ白になり、音は消えてしまう。

 ヒロは手を翳しながらも視界が白く染まる中、一体の不思議な物を目撃する。

 

 ヒロは、思わず声に出す。

「黄金? 人?」


 見たのは一瞬のようで、数分のような不思議な感覚だ。

 そのぼんやりとした黄金色をした人型はしゃべった。

「ゲボアに気をつけろ」

 

 この言葉を最後に、ヒロは視界が暗転した。

 

 ――数刻後。


 果たしてその体感時間は正確なのかは、誰にもわからない。

 気がつくと、ゴダード教授とリナ助教授も起きあがろうとしていたところだ。

 あの光は収まり、巨大な施設が消えただけで人体には何も起きていないように見えた。

 いつもの通りの稼働確認のはずで、あれほどまでの未知な力が現れるのは、想定外の事象だった。


 光の渦。一言で言うと今回の事件を示す言葉だった。


 ゴダード教授は頭を押さえながらいう。

「皆、大丈夫か?」


 リナ助教授は比較的大丈夫そうで、とくに何かというわけでもなく受け答えをしていた。

「ええ、大丈夫よ。ヒロくんは?」


 ヒロもまた特に体の不調があるわけでもないものの、何かが体に入り込んだような奇妙な違和感を感じていた。

 感覚的には、冷水に浸かっていた体を温泉のお湯に浸かることで血管がじわりと広がる感覚だ。

 その広がっていく感覚の最中、温かい何かが体内に入り込んでくるという不思議な体験だ。

 

 それにしても先の見た物は一体なんなのか。

 幻覚が見えるのは脳の病気かとさえ思ってしまう。

 そのため、少し自信なさげに答える。

 ただその不安そうな、頼りない答え方はいつもの事だった。

「はい……。大丈夫だと思います」


 ヒロの言葉を受けてから三人とも起き上がると、目の前にあった施設は丸ごと消えていた。

 何もなくなったその場所には、木の枝が一本と大きな木の葉と思われる青々とした葉が三枚落ちていた。

 どういうわけか三人とも導かれるように、各々葉を手にとる。


 ヒロは、何の変哲もない物だと思った。

 手触りからしてごく普通の葉でしかなく、裏返したり光に透かしてみるも違和感はない。


 ゴダード教授はどこからともなく、盆栽の鉢植えを持ってくると幹に少し切り込みを入れた。

 そしてこの枝をさし、濡れた布と針金で巻きつけてしまう。


 ゴダード教授はここで、響くような声を発する。

「本来あるはずの無い物がここに4つあった。それは三枚の葉と木の枝一本だ……」


 リナ助教授も何か考えるような素振りを見せ、理知的な表情をしながら透き通る声でいう。

「施設が消えて、私たちとその植物が残ったのは、何か理由があるのかしら……」


 ヒロは顕微鏡で葉を見るものの、何も変わったことはなく、そのことを二人に伝えた。

「顕微鏡で見たんですけど、これといったものは……」


 ゴダード教授は頭を書きながら、皆に伝える。

「ひとまず無事なのは何よりだ。ただあれだけ大掛かりな施設が消えたことをどう報告するか、少し考えさせてくれ……」


 リナは助教授らしく言葉を返す。

「私も手伝います。これ証人はいた方がいいですし、私も見たままのことを書きます」


 ヒロも同様にいう。

「俺も見たままを記録に残します」


 ゴダード教授は、さっそくデスクへ向かった。

「それじゃ。あの盆栽はあの位置へ置いたままにして、葉は密封しておいてくれ」


 リナ助教授は言う。

「わかりました。ヒロくんは記録の準備をお願い」


 ヒロも頷きながら返答する。

「はい、わかりました」


 ヒロは、録画用のカメラとマイクを用意し机の上に設置する。

 単にノートパソコンをおいて、レコーディングの準備だけだ。

 準備が整うと状況見分の始まりだ。

 ノートパソコンは室内が見渡せる位置に固定して、教授が歩き回りながら説明していく。


 助教授のリナとヒロは呼ばれない限り、カメラの後ろで待機だ。

 一通り説明を終えたのち、リナ助教授とヒロもそれぞれどのような物を目撃して、どのような状況だったか説明した。

 

 カメラに向けて皆で話し、記録をみなで確認したのち今日は解散となる。


 ヒロはとくに思うこともなく、いつもの研究室の流れなので帰りの挨拶をいう。

「お先です。教授とリナさんは?」


 ゴダード教授は少し困ったような表情を向けて、ヒロとリナ助教授にいう。

「わしはもう少し、情報をまとめてからにするよ。リナも可能なら上がった方がいい」


 リナ助教授は使命感があるのか、まだ作業するような様子でいう。

「お気遣いありがとうございます。私ももう少し教授を手伝います。ヒロくんは上がって」


 ヒロは軽く会釈をしながら言う。

「わかりました。それではお二方とも、むりはなさらずに……」


 ゴダード教授は片手をあげてひらひらとさせながら、モニター画面を見つめながらいう。

「ああ、ヒロありがとうな」


 リナ助教授は、ヒロへ体と視線を向けて胸元で小さく手を振りながら言う。

「ヒロくん、また明日ね」


 ゆっくりと研修室の扉を閉めると、ヒロは帰路についた。

 研究室から出ても、不思議と誰もこの騒動に気が付いていない。

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