第14話『全員感染』
政府が機能せず軍は崩壊。そして警察組織も事実上、機能不全だ。
このような無政府状態であるにもかかわらず、ゴダード教授率いる組織エンシェントが頭角を表し、治安維持に一役買っている。
当然ながらリナの率いる魔法教団も同様で、魔法を使い暴虐無人でトラブルが多発する地域を重点的に、制圧をしていた。これは、魔法の行使と存在を脅かされる側の聖戦だと唱える。
それもそうだろう。秩序ある使い方をしなければ力にものを言わせた暴力に支配される世界に成り下がってしまう。
それこそ、有益に魔法を行使しようとする者にとっては、脅威でしかない。
一方でヒロは一人、ラピスの助言のとおりに実行していた。
ただしこの結果から導き出されるのは、ヒロにとっても悩んだ末の行動だった。
――日本人全員感染。
セトラーに対抗するには、まずは魔法が使える土台を整えて反抗作戦を準備しなければならない。
そう簡単な道のりではなく、犠牲も大きくなる。
それでも意を決してしたのは、今のままなら全滅しか道が残されていないからだ。
だからこそ行動の責任も感じる。
単に魔法が使えるようになるなら、メリットはあっても今すぐのデメリットはないように思われた。
ところが、それは大きな誤りであることに、ヒロとラピスは気がついたのだ。
ヒロが地道に大学の研究室で調べていたところ、ラピスも初期見落としていたことがあった。
それは、日本人独自の抗体である。
有名な話では、生の海藻を消化するバクテリアを腸内に保有しているのは、日本人だけと言われている。
それと同じように今回のウイルスに感染すると、日本人特有の『遺伝子』が反応し重症化を誘発して、最悪死に至ってしまう。
つまり、感染者を増やすことは死者を増やすことになりかねない。そのようなことが許されるのかと、ヒロは思い悩んだ。自分だけならともかく、他者を巻き込むということは必然的に犠牲が増えてしまう。
たった三人に委ねられる命運は非常に重く、辛い決断としかいえない。
それでもヒロは無責任と言われればそれまででも、実行した。
このような事態になったら、力と知る者だけが持つ特権なのだと。そう自身に言い聞かせて動き出した。事実、世の中知らなくてもいいことはごまんとあるし、知らない真実の方が多いかもしれない。
ゆえに、ヒロは行動した。もう悠長に構えていけるほど時間は残されていない。ラピスと一緒になった時点で、こうなる運命だった。
ならばより良い方向へ進むべく、邁進するしかない。
正直なところ、正義感などという物ではないし偽善でもない。
あるのは食べられたくないし、訳のわからない入植者たちを排除したい思いだけだ。
それにこのことは、ヒロとリナとゴダードの三人しか知らない秘密だ。
なのでバレようもない。
あの二人があえて口を滑らして言わない限り、第三者は知る由もない。
だから自己本位であっても、結果として抗うことができるなら、手段を選んでいる場合ではないと自分に言い聞かせた。
これは、俺が選んだ道なんだと。
するとラピスはいう。
「そこまで気負うことはないわ。だめなら……食料になるだけだし!」
随分とあっけらかんとした言いようだ。
ただその結論に行き着いたのは、これまで度重なるセトラーとの経験の積み重ねからだろう。それは想像するに難しくなかった。
それでもそう言ってくれるのはラピスの優しさだろうだから、ヒロはいう。
「ありがとな」
ラピスは明るく、ヒロの背中を押してくれるようにいう。
「気にしないで。あたしたちはあたしたちのやるべきことをしましょ」
そうだ。研究室にて地道に準備していた感染拡大のための準備だ。
ウイルス自体を改変するのは難しい。ならばインフルエンザウイルスと同じく飛沫感染が有効なら、それを生かすより他にない。
ヒロは大学に通うことから、ちょうど運よく大きな場所で全校生徒の集会が行われるタイミングを見つけた。
それを見計らって、密室となる場所にてウイルスに触れさせ感染させる方法だ。日本人全員感染の規模は難しくとも大学の関係者なら可能だ。
混乱の中、まだライフラインは辛うじて維持されている。誰しもがそれだけは死守しないと、自分たちが苦労することは理解しているからだろう。そうしたこともあり、大学は未だだ健在で通学している者も多い。企業はどうだろうか、そこはまだよくわからない。
とはいえ、政府や警察と軍隊は動かなくとも、世の中の経済活動は回っている。
魔法事件の多発でどうなるかと思いきや、意外と治安維持さえなんとかなれば回る世の中だということがわかってきた。
力を手にしても暴れるのは一部の物であって、大多数は様子見というところだろうか。
ただ、どこかでそのバランスは一気に崩れる危うさもある。
今は力を手にしているのは、ほんの一部だからだ。それが増えれば増えるほど、収集がつかないのは目に見えてわかるだろう。
現に、一部の者で自制が働いているのはごく僅かだ。
そしてこのようなご時世でも、手の消毒として入室時に手の除菌を行う装置がある。
その噴射機の液すべてにウイルスを入れてしまう作戦だ。
前日には設置されるので予備のタンクも含めて全てに仕込んでいた。
ヒロはすでに準備を完了しているため、あとは時間の経過を待つばかりだった。
一方でリナとゴダードは、各々で準備を進めていた。
ゴダードはウイルスからもたらされた科学的知見をもとに、何かを作っている様子だ。
リナの方は、教団にて人心掌握しまさにすべての教祖と言わんばかりの状態でうまく誘導している。
技術のゴダード、人心のリナ。そしてヒロは単独で進める。
果たしてこの三人の内いずれかの者により、魔法ウイルスの感染は広がるのかまだ誰にもわからない。
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