第8話『青ノ力』(6/9)

 奥へと道なりに進むとようやく、一匹で手持ち無沙汰にうろつく者がいた。

 外見は人に見えるものの、服から覗く腕は緑色になっており、顔は民俗風の仮面をつけておりわからない。


 こちらをみるや否や、短刀を構えにじりよってきた。

 ヒロはどこか皮膚の表面が夏の日差しで焼けるような、その奇妙な感覚をこのダンジョン内で味わっていた。

 皮膚の上を汗の這う音が聞こえてくるほど、ヒロは全神経を集中していた。

 何も持たず正拳突きのかまえのまま、自分の時をとめるかのようにして見据えている。

 

 相手は足のつま先を少しずつにじり寄らせて、息を整えながら距離を詰めていく。

 

 ――何かが弾ける。

 

 そのような感覚を得た瞬間、相手は瞬時に間合いを詰め短刀を腹に突き立てようと動く。

 ヒロは、それよりも素早く手の甲より、液体金属でできた短刀を突き出す。

 唐突に現れた短刀などよけられるわけもなく、相手の喉を貫通させ、また液体金属を体内にもどす。


 相手は何か嗚咽と共にもどすよう口を膨らませると、多量の血を吹き出しそのままうつ伏せに倒れてしまう。


 非常に緊張した瞬間でもあった。


 倒れた者を裏返し仰向けにすると、どこにでもいるただの人だった。

 なぜここにと思うものの、一部始終を目撃した仲間なのか、叫びながらやってくる。


 一人は男性のようで同い年ぐらいに見える者はいう。

「よくも 仲間を!」


 もう一人は女性なのか憎悪で目がくすんでいるように見え叫ぶ。

「仇を!」


 どうしてこの者たちは襲っておきながら、こうもいうのかヒロは理解に苦しむ。

 とはいえ、今は戦闘中なためそのことは、まず置いておくことにした。


 一斉に飛びかかってくる二人の背後から、ラピスは迫る。

 水たまり状の状態で鋭利な2対の円錐になり、両者を背後から串刺しにしてしまう。

 ヒロは何もせずに、ラピスが一瞬で終わらせてしまう。


 水をたっぷり吸い込んだ土嚢を放りながたかのような音をたてて、地味に転がる二つの体は、大量の血溜まりを作る。


 これですべてかと思うとまだ生き残りが二人おり、遠目からかこちらをみると逃げ去ってしまう。

 どことなく嫌な予感はしたものの、放置しても良いかと思い、どうか緩慢な気持ちになってしまう。


 思わず、ヒロらしくない言葉を口にしてしまう。

「まあ、いいか……」


 その心情を察知したのか、ラピスはニタニタしながら言う。

「共食いしたくなっちゃったんでしょ? 食べちゃえば? イヒヒヒ」


 ヒロはどこか息が荒くなっていくのを感じると、転がる遺体から体内にできている魔核を取り出しむさぼり食いだす。

 『共食い』の気持ちに切り替えると、体内のどこに魔核があるかぼんやりと見えるようになる。そこを手刀で突き刺し引き抜き喰らう。

 

 人により体内にある魔核の数は違う。多いのがいいとか少ないから濃いとかそうした物ではなく、単なる個性みたいな物だという。一先ず目の前にある3体分を食らうと、どこか少し満足した気持ちになっていく。感覚的には、小腹が空いたのを少し間食して紛らわした感じに似ていた。


 ヒロが緩慢に思ってしまうのには、もう一つ明確な理由があった。

 顔が割れていないことだ。

 顔を隠すことがこれほどにまで、堂々とした気持ちになれるとはヒロも内心驚いていた。ちょうどサングラスをかけて、相手に自分の目線が見えないのと顔が少しでも隠れることも含めて安心する感覚に近い。


 さらにもう一つの変化を感じていた。

 嫌悪していたはずの共食い時の自身と同化してきたことだ。

 どちらかというと、感情の一つとして笑う・悲しむ・怒るなどの感情に共食いが追加されたぐらいにまで浸透している気がしていた。

 これは魔人化したことで気が付かないうちに、共食い自体の必要性が体の芯から理解ができたのかもしれない。すでに元の自分とかけ離れていきつつあるのは、頭では理解していた……。

 

 ――この力を得ることは、不可逆であると。

 

 得ればその分、変質し後戻りができないし、さらには魔人としての何かがある。

 今は力が発揮できない状態になっているものの、いずれまたこのよくわからないもう一つの何かの感情も同化していくに違いないと思っていた。

 

 自分が相手に取り込まれたのか、自分が取り込んだのかその境界線が曖昧になればなるほど、不安でもありいつしか今の自分が他人になり、別人になっていそうな恐怖感も味わいつつあった。

 

 魔力を高めるとは、相手の魔力を取り込み性質の一部を吸収していくことと高濃度化して上限許容量を増やすことだとどこかわかりかけてきた。

 

 同時に、魔力に肉体を浸す時間と期間が長いほど、肉体の変化も感じている。具体的にはな何かまではまだなんとも言えないものの、昨日の自分より明日の自分はより魔力に足してフィットしているそのような感じを覚えてもいる。

 

 今思えば、彼らがなぜ魔獣ではなく近代的な装備と思われるヒロを襲撃したのか、その不可解な行動だけがどこか引っ掛かる。

 

 軍部と間違えたのかそれとも別の何かなのは、知る由もない……。


 それを言葉にしたところでラピスはわかりようもないだろう。

 ヒロは自問自答をすると、再び奥に向けて歩みを進めた。


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