第5話『葛藤』(1/3)
ヒロに感染したウイルスの影響は、ヒロを葛藤させてしまう。
なぜなら、植民地化計画の詳細をはじめから知ってしまっていたからだ。
『魔法ウイルス』の感染者を増やさなけばセトラーに勝ち目がなく、かといってどこか感染者を増やすのは良くないと思ってしまう自身がいる。
今までの常識から感染症ならば、そう考えるは当たり前だ。
そこで思うことは、人を人たらしめるものは何か。
もはや体内の変化もあり、ヒロは人ではなくなっていきつつある。
この変化には、特異な衝動が増えてしまった。
魔力持ちの者を見ると、『共食い』をしたくなる衝動にかられてしまう。
つまり相手の魔核を食べたくなるわけだ。
それをすると間違いなく喰われた方は死んでしまう。
まさに『殺人者』と脳裏をよぎる。
ところが珍しいことではなくなりつつあるのは、感染者は全員程度の差こそあれ、魔力持ちの他者を襲って喰らっている。
感覚的には異常な空腹感に襲われてしまい、それを解消するには魔核を喰らうより他にない。
もちろん喰らわずにやり過ごす方法もあるにはある。
ただし、その時間が増えれば増えていくほど、衝動が強くなっていき最後には見境なくなる。
つい先程目撃したのは、小学校低学年と思わしき男児がどこかの中年を襲い喰らっていた。
もうまさに魔獣の状態で、人間性などそこにはありもしなかった。
単に欲望のまま、食われる者と食う者の違いでしかなく、至極単純な弱肉強食の時代に突入したかのように見えた。
当然それを止める者などおらず、今のところは負けた側が食われるという構図だ。
この食うか食われるかの状態が現代社会で起きてしまっている異常さは、恐らくはまともな者ならすでに感じて対策をしているだろう。
とは言ってもやれることは限られていた。
一人だけで出歩かず複数人でいることと、襲撃を受けたら応戦せず逃げるに徹する。
応戦しているところへ助けに入るケースはほとんどなく、逃げる者に対しては援護射撃をしてくれる者がちらほらといる情勢だ。
物騒な世の中になったと思うものの、人のことはまったく言えない。
自分自身も実は『共食い』がしたくてたまらない衝動に駆られている。
今だけはなんとか、自我を保っているつもりだ。
ところがそのような自制心など、歯牙にもかけずいずれ衝動的に共食いをする時がやってくるかもしれないと内心、恐怖心が湧いてくる。
ヒロの気を知ってか知らずか、仮にヒロが『共食い』に溺れた時の勇姿は、ウイルスから見て抱かれたい男ナンバーワンとのことだ。
一体どのような基準なのかわけがわからない。
そうした中で、自身の葛藤が激しく心をゆさぶる。
俺が人を殺めて、さらに感染も広めるなんて……内心叫んでしまう。
そんなことできるわけない! と。ただそれは、広く感染させる無差別感染に対してだ。
恐らくはヒロもう既にわかっていた。
『共食い』はしてしまう。それもかなり近い時期にだ。だからこそ口が裂けてもできるわけがないなどと言えない。
またどの口がそのようなこと言っているんだと、いずれなるのだろうか。
ただ状況として『共食い』をしつつ『魔法ウイルス』感染を広げないと、今度は自分が殺められるかもしれないし、力をつけておかないと負けた時には食われてしまう。とくにセトラーに食われるのは、まっぴらごめんだ。
セトラーに狙われる未来も嫌だし、かといって魔力の質を高めないと生きていけない。
さらには質を高めて強くなればなるほど、セトラーたちの食肉候補の筆頭になる。
だから何もしなくても周りが動くから、結局するしか生き残る道がない。
さらにいつまで経っても「自分は誰かに比べて劣る」との思いもあり、研究はうまくいかない。
さらに、こんな事態になっても変わらず、思ってしまうところがヒロらしかった。
殺人が罪に問われない今、『共食い』や『大量感染』もやるしかないのか、それとも本当にやるべきなんだろうか? 素の状態だとどうしたって思い悩んでしまう。
何もかもここは、潔くやってしまうほうが……。
いつまで経っても答えが出てこないし、簡単に答えが出せないでいた。
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