第10話『迫り来る悪の心音』
中年の男が野太い声で叫び声を挙げた。
「や、やめろぉー!」
どこかの中年の男性が黒装束の者たちに取り囲まれて、食われていた。
そう、襲う輩も襲われる者も、喰らわれるのはすべて人だ。
いわゆる『共食い』と呼ばれる罹患者同士の戦闘。
食われた者は食らった者の肥やしになり、食った者は喰われた相手のスキルを無作為に得て強くなり、魔力がより強力になる。
この力の源は、すべて魔核に依存をするものだ。
どの程度の魔力の強さを得るかは、食らわれた者の個人差が大きい。
発動させる魔法と、体内にある魔核はまるでありようが異なるのだ。
一見弱々しい魔力で魔法を使っても、第三者にとっては著しく成長する魔核であることもある。
ゆえに、獲れそうな者から襲われてしまう弱肉強食の時代が舞い降りてきたのだ。
残念なことに弱者は肉になる選択肢を強くひいてしまう、そのような辛く苦しい異常な世の中になってきた。
――これはそう、いわゆる狩りに近い。
そうした中で、いくつかのグループを名乗る者たちも表れ始めた。
最近ヒロがよく耳にするのは、三つのグループだった。
『グリーン・ハンド』
『ブルー・フグリ』
『レッド・アス』
ヒロだけがまともなのか、それとも狂ったのはひろだけなのかはわからない。
名前を見る限り、イカれたのはヒロだけではなさそうだ。
今言えるのは、魔法を使った凶悪な強盗と暴力集団が暗躍をし始めてきた。
秩序がもはやかつての治安の安定した東京ではなくなり、江戸時代並みに遡り、力あるものが切り捨てごめんの状況にまで陥っている。
そうした連中らを、あまり悪くいえない事情をヒロは抱えていた。
何を隠そうヒロは衝動的に、共食いを幾度となくしているからだ。
とくに、名の知れぬグループの一部を共食いで壊滅させたりもしていた。
当然ながらその時は、全身液体金属で作った防御用スーツを纏い、フルフェイスの仮面もつけていた。だからこそ身バレはしていないと、ヒロは自負している。
いずれ正体がバレたら恐らくは、襲撃対象になるのは間違いがない。
それだけ共食いをしまくってきたのだ。
問題はあまりにもうまくて、脳がスパークしそうになるほどで抑えがまった効かない。
パブロフの犬のごとく、魔力保持者を見つけたら見境なく襲ってしまう。
ただし、常にそうであるかというとそうでもなく、波があるのだ。
どの程度で起きるのかわはっきりとしていないものの、魔力が感覚的に半分よりさらに少なくなった時に起きるように感じる。
これをどうにかしないと、いずれ仲間ができた時に襲ってしまっては元も子もない。
ラピスに相談すると、どうにかしてみるとだけ告げてあれ以来特に進捗は芳しくない様子だ。
反対に人ではなく、セトラーたちを食らったらどうなるのか、興味はあるものの今はその時ではない。
あれだけ初めは恐る恐る動いていたヒロでも、今では大胆に動けるようになっていた。それというのもラピスとのやりとりが大きい。もし、助言もなくいきなり感染し魔法が使えるようになっても、疑心暗鬼が増すばかりでここまで順調ではないはずだった。
そう考えるとラピスには感謝してもしきれない。
その助言を得ながら、短期的にはダンジョンで魔獣と襲ってくる人は皆、殲滅しまくった。そこまでしても間に合わないかもしれないとラピスはいう。美味しさランクを上げて強くならないといけない。
反対に美味しさランクなので上がれば上がるほど、セトラーたちに狙われてしまうのは仕方ない……。とはいえ、なんとかしたいとヒロは考えていた。
これまでを振り返ると、ヒロはどうしても思ってしまう。
『共食い』をやった過去は消せないけど、やらない未来は選択できる。
果たしてどうなるのか……。ヒロが気が付かぬうちに、悪意が足音をたてて迫ってくる。
何かに気がついたのか、ラピスはヒロにいう。
「ん? ヒロどったの〜?」
今までにないほどの強烈な物を感じとったヒロはいう。
「いや……。気のせい……だろう」
ラピスはいつもと変わりなく、平然と尋ねてきた。
「何か、視線を感じるとか?」
さすが経験者かと思わせるズバリ的中な話だ。
「よくわかったな」
なんだか適当にはぐらかすよう、ラピスはいう。
「だってあたしのヒロですもん。わかっちゃう、わかっちゃう」
そこでヒロは、感じたありのままに答えた。
「刺すような感じといえばいいのか、初めてだからなんともわからん」
半透明な姿で視界にいるラピスは、おとがいに手をあてて考えながらいう。
「んーそれは完全に狙われているね。でもなんでだろ? バレるわけないのにね」
ラピスもヒロも疑問しかなくヒロはいう。
「ああ、俺もそれが気がかりでさ」
ラピスは思い当たる節がないのか、首を横に傾けながらいう。
「あたしも意識していたから、見つかることはないのにね……」
そこでヒロは先ほどのことを思い出しながらいう。
「やっちまった心当たりはかなりあるけどな……。バレる心当たりは、まるでないんだよな」
そうヒロたちは悩んでいると、ますます視線が降り注ぐ感じを受け、視線を遮るように建物の中へと入っていく。
ヒロたちが去った場所に、何か匂いを嗅ぐ仕草で静かに音も立てずに、降り立つ者がいた。
背格好はヒロとあまり変わらず、黒い上下のセットアップのジャージ姿で、顔つきはごく普通のどこにでもいる普通の青年にみえた。
ところがその者が普通と違うのは、怨嗟を何十にも重ねた顔つきをしていたことだ。
強い視線はそのまま、ヒロたちの向かった方角を睨みつけていた……。
――ヒロはあの場を立ち去ったあと……。
やはりどこか視線を感じていた。
建物の間を抜けでた先であるにも関わらず、まだ視線が降り注ぐ。
今度は先ほどと違いネットリと絡みつくといえばいいのか、そのようにしか表現できない何かの視線を感じる。
周囲を見渡しても誰もいない。
立て続けに2回目でしかも別の質の視線だ。
こうなってくるといよいよ狙われているのかもしれない。
一体に誰に? 何故? さらにどうして今なのか? 疑問は尽きない。
思い出そうとビルの壁を背中にして、立ち止まるとおとがいに手を当てて、考え込んでしまう。心当たりがあるか否かといえば、答えは一つ『かなりある』だ。
なので、どこの誰かだとしても特定にまで至れないし、至ったとしても逃げようにもそのようなところはない。
せいぜい少しの間だけの時間稼ぎにしかならないだろう。
それならば、さっさと襲撃してほしいものだとヒロは思っていた。
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