第6話『俺自身の証明』(1/2)
ヒロは、真昼間の大学の研究室で一人、困惑していた。
ウイルスに誘導されているのか、それとも自身の意識的な行動によるものなのか、ヒロはわからなくなってきた。
確か猫のトキソプラズマに感染していると、猫好きになると……。
そのようなことを何処かで聞いたような気がしていた。
つまりは、あの自我のある魔法ウイルスに感染すると、そのウイルスが好きになるなんてことはあるのかと疑問は募る。
だからヒロは思う、みながおかしくなっていくと。
その証左として、魔法ウイルスに感染した者で突然生肉を食い出す人が出たり、交通事故がやたらと多発したりしていた。さらに最悪なのは、公共交通機関の麻痺である。
ただ意外なことに、ライフラインはまだ健在でかつ正常だ。他には通信環境もなんとか問題は起きていない。
ただし、物流関連ではあらゆるものが滞り始めた。
物が届かないし、送れない。
というのも、各地の道路や鉄道が魔法による戦闘の影響で、荒れ始めたからだ。
その修復を発注するはずの政府は機能していないものだから、道路は軒並み瓦礫が積み上がり道路を封鎖しているようなものだ。
道路と鉄道の両方が機能しなければ当然、物流は止まってしまう。
こうした不安な世の中で未来の道筋が見えない中、政府からの発表が行われるという。
果たして何が語られるのか、国民の多くが固唾を飲んで見守る中、事件は起きた。
この事件の目撃者は、生中継を見ているすべての日本国民だ。
テレビ中継では、官邸から何かの発表があると伝えられていた。
全国民が生中継で注視していた時に事件が起き、日本中に衝撃が走った。
国の代表たる者がスーツのポケットから、白いハンカチに包まれた物を後生大事に取り出す。
するとそれは、紛れもない人の茶色の汚物で、突然ソーセージをかじるかのように貪り喰らい出した。
ヒロは思わずいう。
「うわっ! 桐生田首相がアレを食ってる」
ラピスは呆れ返る様子で、ため息まじりにいう。
「ああ、あれね。多分、元来ド変態なのよ、きっと……」
ヒロは何を言っているのかわからない、というふうに呆気に取られていた。
「え?」
ラピスは、観察結果を解説するかのように、説明を続けていた。
「一部の欲求が異常増大するの。だからあの人は元々変態よ?」
思わずヒロは言葉が漏れる。
「あれが首相か……」
残念だけどもう終わりね、と言わんばかりにラピスは言う。
「まあ、苦労はしているんだろうけど、ああなるともうダメね」
ヒロはどこかため息をついてしまう。
「はあ……」
その割にはニヤニヤとしながら、ヒロの顔を覗き込みながらラピスはいう。
「でもね、ああいう異常な者を共食いすると、すごいパワーアップよ?」
何を言っているんだと顔を引き攣らせながら、ヒロは言葉をはいた。
「そんなことがあるのか?」
どうやらラピスにとっては当たり前のようで、説明をしてきた。
「魔力濃度が高いからね。もしかして……まだ『自分は誰かに比べて劣る』なんて、思っていないでしょうね?」
突然のラピスの指摘に不意をつかれたのか、思わずヒロは声を出した。
「げっ」
眉をハの字にし困った表情を浮かべると、仕方がないねと言いたげな口調でラピスはヒロに伝える。
「図星みたいね。……まあいいわ。あたしが良いもの作ってあげる」
思わず『いいもの』に、ヒロは反応してしまった。
「作る? 何を?」
自分の胸を叩く仕草をみせ、自信満々なそぶりを見せると、ラピスはヒロに向かっていう。
「任せておいて。ヒロは誰にも劣ってなんていないわ。あたしがあなたを見込んだんですもの」
そう伝えるとラピスは視界から消え、黙り込んでしまう。
恐らくは何かの作業を開始し始めたのかと思い、ヒロはラピスを信頼して待つより他になかった。
ヒロは他人と比較して自身が劣ると思うには相応の理由があった。
とはいえそれだと出来ない理由ばかりを言っていて、決して建設的ではないと考えてもいた。
――人よりも時間がかかる。
それがまずヒロを焦らせた。どれほど費やしても進まないし、成果は悪い。
これもまたヒロを劣等感で気持ちを深く沈める要因でもあった。
これらが積み重なることで、人より劣るとヒロは思い込んでしまう。
ゆえに人付き合いもほとんどなく、研究室に所属の両名とは唯一うまくいっていた。
同じ大学の研究室にいた助教授のリナと教授のゴダードの二人である。
今やその二人は、それぞれ作り出した組織のトップとなっており、支持者を多数集めている。
寂しいものの、一見順調そうで何よりだとヒロは思っていた。
本当は合流して、ことを成し遂げたい気持ちもある。
残念ながら、ラピスとの二人三脚で進めるミッションは、他の二人とは異なるものだった。
結果として行き着く先は同じでも、その過程が大きく違うのである。
なぜなら、ラピス自身が魔法ウイルスそれぞれに対して、過程の異なる物をそれぞれ実行していると言っていたからだ。
それはリスク分散の一環で三人の内誰か一人が成功すれば、全て完了になる。
一方でヒロはまた一人に戻り、誰も来ない研究室を往復する日々を過ごす。
目的は、あるミッションのためだ。
まだ実行段階には情報と準備も乏しく、日々調査と検証を繰り返す必要があった。
この大学の研究室はヒロにとって思い入れが深い場所でもあった。それはあの二人がいたからだった。
多少部屋の中は乱雑で窓のない部屋であっても、大学でのリナとゴダードとの関係性ゆえに、ヒロにとっては居心地のよい場所になっている。
リナとゴダードは、ヒロの能力を評価しまた個人的にも理解を示してくれていた。
それもあって二人がいる時は、精神的にも安定して過ごしていた。
ところが、心の支えであるその二人はもういない……。
それぞれが目的に沿って、互いに別の行動をとっていているからだ。
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