第7話『ラピスとヒロ』

「あたしはラピス。人格のあるウイルス……」


 いつから人格があるかなんてわからない。

 どうしてと言われても、気がついたらあらゆることを知っていた。

 いつの間にか自我が芽生えて、時が経ったら知識も増えて、生きるために人へ寄生してこうしてあたしはいつしか、人に寄生しながら生きながらえてきた。


 なんとかここまで生きながらえてきたものの、いよいよもって厳しい。

 それはこの星の人らが皆、セトラーと呼ばれる食物連鎖でいう上位種に食い散らかされ始めたから……。


 彼らが訪れたのは突然だった。

 友好的な態度をみせあたかも魔法を伝授しにきた、親善大使かのような振る舞いを見せる。

 すると、次々と周りが未知なるウイルスに罹患して魔法が使えるようになると、国は途端に活気づいた。それが彼らの狙いであるとも知らずに我先へと感染し、魔法の行使が始まる。

 ダンジョンも出現し、積極的に魔獣を狩ることを勧められる。

 そうして狩るとより魔力が強化され高度化されていった。


 ある時に、この星の人の手の甲に紋様が現れ始める。

 これがのちに判明する『家畜個体識別システム』で使われる読み取り用コードだった。


 1年もしないうちに、彼らの居住区に招待される人々はいつしか誰も帰ってくることはなかった。それもそのはず食肉として食べられているからだ。


 偶発的な事故で数人が脱出でき、セトラーの本性をしることになっても時はすでに遅かった。政府の中枢にまで入り込まれており、対応は完全に後手に回り取り返しのつかない事態になってしまった。


 レジスタンスが組織されるも焼石に水。

 

 星々を超えて次元を超えてくるセトラーの力は圧倒的……。

 科学力の差だけでなく、魔力ももち個々の戦闘能力もずば抜けて高い。

 しかもこの種族は皆、容姿端麗。ある意味完璧超人だった。

 

 そのためか誰も彼らを倒すどころか、傷つけることすらできていない。

 不思議なことに、彼らに従順な人がほとんどだ。

 それは『Sシャウト』と呼ばれる彼らだけが持つ、洗脳魔法によるものだった。

 抵抗すらできず、洗脳されてしまいあとは食肉の順番を待つだけの存在となる。

 一部の抵抗勢力はもはや、全滅まで風前の灯だった。


 ――なぜ? どうして?

 

 あたしなりに調べてみると、どうやら入念に計画された食料計画ということがつかめてきた。その矢先、あたしもその寄生した人も食われた。


 それでもあたしは生き残った。

 体外に放出されたあと、どうにかして生き物を乗り換えながら寄生し続け、再び人へ寄生してみた。今度は少し間抜けなセトラーへうまいこと寄生できた。あたしめちゃくちゃ頑張ったし当然ね。


 そこであたしは、驚くべきことを知った。


 彼らは一定の方法で人を家畜化し、安定的な食料供給場所として、星々を巡っていた。

 自身の星系だけでなく、次元を切り裂き指令が記憶されたウイルスを作り送り出していた。食については異常なほどこだわりを見せる種族特性がある。

 

 ある一定の知的水準を見つけると自動的に送り込まれるように自動化されており、非常に効率が良い。


 このセトラーと呼ばれる人種は、同じ形状の人を食うことになんら抵抗がなく、食欲が旺盛ゆえにそのように進化したのかもしれない。

 彼らに打ち勝つには、まず彼らのことを知らないといけないと考えていた。

 今はできるだけ情報を得ようと、あたしは必死になってこの寄生したセトラーを操作して、あたしの記憶に刻んでいった。


 ――あれから数年。

 

 どれほどの時が経ったのか。

 あたし自身はかなりの知識と技術を得たつもり。

 まだこのセトラーですら知り得ない技術も含めて、うまいこと技術を高められたと思う。


 そうしていくうちに、セトラーたちにより新たな小規模プロジェクトが立ち上がったことを知った。


 彼らの手には、別の世界から迷い込んだ異物があった。

 既知の化学式と人の遺伝子配列が記された金属板。それとかなり原始的な音声の記録。これらを復元するのに相当な時間が費やされた。


 言えることは、新たな家畜候補が見つかったというわけだ。

 しかもここに記録された情報からすると、滅んでいなければ相当良質な個体だ。

 ゆえに、セトラーたちはちなまこになって探し始めた。


 これは相当なごちそうだと。


 ただし、この金属製の円盤に記載された星はどこにもない。

 なのでこの物質のもとの場所を探すべく、現行の次元移動で捜査が行われた。

 そこからまた数年経過し、ようやくいくつか片手で足りるぐらいの候補地が見つかった。

 今度の仕込みは自動化されたおり、最初の3つのウイルスに指令が書き込まれている。3つのうちどれかが生き残れば計画は実行されるよう、保険がかけられている。


 そこで、あたしと同じ知的水準をもつウイルスを二個作ることにした。もちろんあたしもおもむき、セトラー内部からの破壊とセトラーの侵略を失敗させたいから。


 どちらかというと初めは好奇心だったのかもしれない。


 それでも今は、かなり真剣で必ず成功させたいと思っている。

 同胞のウイルスを作り出すのに時間がかかってしまい、最後の出立にギリギリ間に合うところで完成した。


 人の手の大きさほどもある木の葉三枚と、ウイルスを拡散させる木の枝。

 今回は、この木の葉に触れさせて感染させるという。

 その感染により、現地の者は尖兵となってプロジェクト成功へと導く。


 あたしたちは、どうにかして三枚の葉っぱから既存のウイルスを排除して、自分達が入れ替わる方法を考えていた。


 散々悩んだ挙句、一番シンプルな方法は今あたしが寄生しているこのセトラーを、三枚とも直接葉に触れさせて感染と同時に乗り移らせる方法が最善だと思った。


 その妙策を思いついてから数時間。

 ようやく行動を開始できるタイミングがやってきた。


 変わらずセトラーを惑わせながら目的の場所に誘導をする。

 特にこの寄生しているセトラーは、食欲のことになると我を忘れるほど卑しい。


 その癖を利用して、二枚の葉に触れさせる。

 うまいこと、既存のウイルスと入れ替わり最後にあたしが入れ替わる。


 体を離れてしまうと、操作が効かないのであらかじめ仕込んでおいた物があった。

 特定の箇所に触れると、あとは自動的に転送手続きが開始される方法だ。


 この間抜けなセトラーはもののみごとにハマり、狙った通りの動きで触れて欲しい操作パネルに触れた。

 これであとは、次の世界に行くだけ。

 果たしてどんな出会いがあるのか、期待で知識と記憶がぐるぐる回る。


 ――そして出会った。


 ヒロという名の人に。

 どこか劣等感を強く持っているかと思うと、分け隔てなく物事に接することができ、柔軟性にも富んでいる。まさにウイルス的にベストな存在。


 しかも研究生として学びを深めているなんて、まさにあたしとの相性も抜群に思えてしまう。

 肉体を手に入れた後でも研究は欠かせないし、そのパートナーたる存在も重要。

 科学に興味がある人の方がはるかにいいし、探究心がある人の方が当然いい。

 そういう意味では、ヒロとの出会いは『運命』としか言いようがないとも思った。


 この世界でならいよいよ肉体を手に入れたくなる。

 セトラーたちと違うのもいいし、何よりヒロと共に歩んでいきたいと初めて思ってしまった。

 だからこそこれまで培ってきた知識と技術で、ヒロと生きながらえたい。

 セトラーたちをこの際だから殲滅しちゃいたい。


 そんな思いから、あたしとヒロの物語は始まった。

 セトラー絶滅作戦、それがあたしの優先目的。

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