第33話 最終決戦

 着々と弔い合戦の準備を進める青の国。

 一方の赤の国は、エレノアの死により混乱に陥り内部分裂寸前──かと思いきや、実際にはそうなってはいなかった。


「エレノアは青の国のスパイだった」


 とても信じられそうに噂だったが、丈は兵士や国民の間にその噂を流させた。もちろん巧みに情報操作を行って。

 そして皆が疑心暗鬼になったところで、丈自らが、噂が事実であることを認める会見を開いた。

 だが、そうやったとしても普通ならとても信じられるものではないだろう。しかし、それでも人心を掴むことができたのは、やはりひとえに丈の強大なラブパワーがあったればこそである。


 また、噂に尾ひれはつきもの。丈が何もせずともいつの間にか、エレノアは赤の国の軍事秘密を、内通した兵士と共に持ち出そうとしたところを撃たれただとか、実はエレノアはすでに青の国に戻っていてミリアを影で操っているだとかいう話が巷で囁かれ出してもいた。

 丈はそれを否定するようなことはしなかった。そういう噂が流れるということは、それだけ嘘が真実味を持って捉えられてきたということであり、何よりその噂によりエレノアの死という厳然たる事実がいくらかうやむやにされるのだから。


「これでなんとか青の国と戦えるようになった。……しかしこれ以上の戦力の浪費は、ほかの国に対抗する力を失うことになる」


 その言葉に応えてくれるものは誰もいない。エレノアもルフィーニも、もうすでにいないのだ。


「いい加減、次でケリをつけねばならんな」


 たった一人だが、孤独は感じない。丈の孤独は今に始まったことではないのだから。

 それに、丈には大いなる目的があった。その目的に向かって突き進んでいる間は、この孤独とてただのプロローグにすぎない。輝くエピローグを迎えるためなら、孤独などなんでもない。

 月の光だけが差し込む暗く静かな自室で、丈は決意の色を秘めた瞳を輝かせて椅子から立ち上がった。


◇ ◇ ◇ ◇


 青の国と赤の国の国境近くにある平原。主となる水源がないがために、開発はされてこず、住む者もほとんどいない。だが、今、その地には、かつてないほどの人間が集まって来ていた。──空を埋め尽くすほどの機械の群と共に。


 青と赤の国、双方共にここで雌雄を決すべく最大限の戦力を投入してきた。このマシン群を見れば両国の王の意志の固さが容易に見て取れる。

 このことからも、今回の戦いの勝者は一方だけ。敗者の国が歴史から姿を消すことになるだろうということが伺い知れる。


『皆の者、よく聞きなさい。この戦いはエレノア姉さんの弔い合戦です。ここで姉上の仇を討たずして、どうして国に帰ることができましょう。いいですか、この戦いは我々の意地とプライドを懸けた戦いでもあるのです。我々が勝利するまで、この戦いが終わりはしないことを肝に銘じておきなさい』


 戦いをもう目の前にして、最後のミリアの声が通信機を通してすべての兵士に届けられた。もはや彼らの心には一欠片ひとかけらの恐れも不安もない。ただ、ミリアの指揮の元、エレノアの無念をはらすべく戦うという一つの意志にまとまっていた。


『シーナ、これで終わりにするわよ』


 部隊長であるシーナの元へ、専用回線でブリッジのミリアの声が届けられる。


「わかってる。ハナからそのつもりだ」


 応える声は、気合い十分。


『でも、憎しみに心を奪われては駄目よ』


「大丈夫だ。ミリアの愛で守られている俺にヘイトリオン化はない」


 誰が誰を愛してるっていうのよ、そんな返しを期待というか予想しての軽口。少なくとも椎名はそのつもりだった──が、


『そうね。シーナが私のこの燃えるような愛を感じていてくれる限り、大丈夫よね』


「…………」


 予想だにしなかった、慈しみと照れとが入り混じったようなリアルな返答に、こういう場合の対処マニュアルが頭の中にない椎名は言葉を失ってしまう。


『……冗談よ。もう! ノリが悪いわねぇ。俺もキミを愛しているぜ、くらい言ってよ』


「す、すまん。あまりにも役者だったんで、マジかと思っちまった」


 二人がそんなやりとりをしているうちに、進む先に真っ赤な空が見えてきた。黄昏──ではない。現に太陽はまだ南の空高くに輝いている。その赤い空の正体は、空を埋め尽くすほどの赤いラブリオンだった。


「……ジョーの奴、本気だな」


 だが青の国の軍勢とて負けてはいない。ミリアはエレノアの弔い合戦であるこの戦い以上に味方の士気を高揚させられる機会はほかにないと判断し、ここを最終決戦場にすべく出せるだけの数を揃えてきているのだから。


『皆の者、ここまで来てはもう作戦も何もありません! いらぬことは何も考えず、とにかく目に映る敵をすべて叩き伏すことだけに集中しなさい!』


 全兵に伝えられるミリアの声。それはもちろん椎名にも届いた。

 だが、椎名はミリアが全く何の考えもなしに戦うほど楽観主義者でないことを知っている。ミリアの言葉が、兵士達をただ戦いだけに集中させるためのものであることくらいは見抜ける。そしてその裏に、戦況はすべて自分が見極め、戦略も戦術もすべて自分が決めるというミリアの強い意志をしかと感じた。


「いよいよだな、ミリア」


『ええ』


 さすがの二人の声にも緊張が感じられる。


『キングジョーは私が絶対に沈めるわ。たとえ、この艦で特攻してでも。……だから、ジョーのドナーは任せたわよ』


「おおよ! ジョーとの因縁はここですべて終わりにする」


『でも、くれぐれもヘイトリオン化だけは……』


「わかってる! そっちこそ無理はするなよ」


 ウインク一つ残して、ブラオヴィントが先陣を切ってクィーンミリアから発進した。


◇ ◇ ◇ ◇


「……出たか」


 キングジョーのブリッジで椎名の出撃を確認した丈がシートから立ち上がった。


(できるなら、出てきて欲しくはなかったが……)


「キングジョーは常にクィーンミリアと距離をとれ。攻撃はラブリオンに任せて、その援護に集中すればいい。クィーンミリアはオレが沈める。……後は任せたぞ」


 クルー達の方を向くことなくドアの方へ歩を進める。

 丈はブリッジで指揮だけを執っているわけにはいかなかった。赤の国の兵は、いわば丈のラブパワーに魅せられて付き従っている者達。その者達の戦意をかき立てるためには、丈自身がラブリオンを駆って先頭に立って戦う必要性がある。特に、今回のようにエレノアの死、ヘイトリオンという不安の要素が兵達の中にある時は余計に。


(クィーンミリアさえ潰せば戦いにケリは着く……だが、その前にはシーナが立ちふさがるな、確実に……。)


「ちっ! シーナのバカが」


 ブリッジを出る際に、誰にも聞こえないような小さな声で吐き捨てられた丈の呟き。クルーの中には聞き取った者もいたが、それを気にするものはいなかった。


 そして、この世界の歴史においても最大のラブリオンによる会戦の火蓋が切られた。

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