第23話 戦死

「しつこいぞ、ルフィーニさん!」


 ルフィーニのラブブレードを、ブラオヴィントが弾く。その勢いで、ルフィーニのラブリオンの態勢が乱れた。そのスキを逃さず剣を振るう椎名は、ルフィーニのマシンにまた新たな傷を一つ刻み込む。

 いまだ美しい輝きを放つブラオヴィントとは対照的に、ルフィーニのラブリオンは致命傷こそないものの、すでに傷だらけだった。

 当初こそ互角の戦いを演じていたその二機であったが、勝負が長引くに連れ、次第に差が出始めている。相変わらずのラブパワーを放ち続ける椎名に対して、ルフィーニの方はラブパワーの落ち込みが明らかだった。


 これは二人の地力の差といえた。

 車でたとえるならば、椎名は常に五速三千回転で普通の走行中。それに対してルフィーニは、二速の七千回転でなんとかここまで互角に渡り合ってきたようなもの。そんな二人、どちらが先にガス欠なりエンストなりに陥るかは明白だった。


「俺はあんたとは戦いたくない。今のうちに退け! さもないと、ホントに落とすぞ!」


「私とお前は敵同士だろうが! 今更何をふざけたことを!(ジョー様、私に力を!)」


 ルフィーニが最後の力を振り絞った。ありふれた言い方をすれば、消える直前の蝋燭の炎の一際明るい輝きのように。

 いきなりの闘志の再燃に椎名は虚を突かれた。

 ルフィーニは左腕を自らブラオヴィントのラブブレードに串刺しにすることにより、相手の剣の動きを封じた。そして剣の使えなくなったブラオヴィントに対して渾身の突きを放つ!


「もらった!」


「くっ! この間合いでは!!」


 コックピットを狙ってくる刺突に対して、反射的に右手をガードに回した。しかしラブパワー溢れるその剣はブラオヴィントの右手を貫く。そして貫いて余りある勢いを持った剣は更に椎名の命を脅かすべく迫ってきた。


(なんとか串刺しだけは!)


 瞬間の時の中、椎名は少しでもマシンの向きを変えて命の保全をはかろうとする。

 だが、その椎名はふいに不思議な感覚を覚えた。それは、自分に流れ込んでくる暖かで強いラブパワーの流れ。自分からではない、自分以外の何者かを源とするその高密度のラブパワーは、椎名自身のラブパワーと混じり合い、椎名にかつてない力を与える。


「なんだこの抵抗感は!?」


 突きを放っていたルフィーニは、剣に違和感を感じた。まだブラオヴィントの装甲には達していないにもかかわらず、剣が重いのだ。まるで水の中で剣を突き刺しているような感覚。しかも、次第にそれは水から泥へ、泥から粘土へと抵抗感を増していく。


「そ、そんな馬鹿な!?」


 ──そしてラブブレードが止まった。ブラオヴィントの体に到達する前に。

 ブラオヴィントから放出され続けているラブパワーの波動が物理的な力となって、ルフィーニのラブブレードの進行を押しとどめているのだ。


「バリアなのか!?」


 通常、ラブリオンはラブパワーを全身に見えないオーラのようにまとわせている。とはいえ、それは物理的な力を持つものではない。ラブパワーを込めた攻撃の威力を多少減じさせることはあっても、ラブブレードを物理的に食い止めるほどの力があるはずがないのだ。


「えーい、どんな手を使ったか知らぬが、ジョー様のためにも私はお前を落とす!」


 ルフィーニはこの現象について深く考えるのをやめた。戦闘中の余計な考えは動きを鈍らせるだけだということは熟知している。


「くぅ! まだそんなこと言うのかよ! この俺の前で!!」


 椎名の絶叫に近い叫びに呼応するかのように、ブラオヴィントのラブブレードが黒く変色した。先の戦いにおいてルフィーニのラブリオンの右腕をラブブレードと共に斬り落としたあの黒く輝く剣の再現である。

 しかし椎名は自分の剣のそんな変化に気づかないまま、ハエを払うかのようにラブブレードを振るった。それは、ルフィーニを追い払う意図で放ったもの。

 ──だが、実際にはその効果は、その程度で済むような生易しいものではなかった。外から流れ込んでくる莫大なラブパワー、それが黒き光に更なる力を与えてしまった。

 倒すつもりでなく振るわれた剣。牽制するだけで十分。腕の一本でも破壊できれば万々歳。そんな一撃。だが、膨大なラブパワーと反応した黒き刀身は、いきなり伸びた。間合いにして約二倍。その結果、黒い光の剣は、ルフィーニのラブリオンの腕だけでなく、そのボディをも真っ二つに両断してしまった。──コックピットのルフィーニごと。


「なっ――!?」


 やった当の本人が言葉を失う。

 目の前で爆破の炎を上げるルフィーニのラブリオンを見ても、彼の思考は停止したままだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「撤退だ」


 ルフィーニが椎名に撃破されたのを見て、丈は撤退命令を出した。


「……ルフィーニが戦死しましたね」


 沈痛な面もちでエレノアが呟く。だが、その声には暗さがなかった。むしろ、晴々した感じさえ受けてしまうかもしれない。


「いい戦士を失いました」


 丈の声はひどく沈痛だった。しかし、不思議とその瞳に悲しみの色は見受けられない。


(ルフィーニがいなくなった今、ジョー様の心は私に……)


 我知らず踊る心。そのことにふと気づき、エレノアは自分の心の醜さに一瞬身震いする。だが、それとて、丈と自分の間にあった障害が取り除かれたことへの喜びの前では些細なものだった。エレノアは、今は自分を自己嫌悪することなく、それも道理として不思議と受け入れられた。


 青の国対赤の国の第二回戦。結果的に赤の国の撤退で終わったが、今回の被害は双方ともほぼ同等であった。

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