第22話 戦いの行方

 その頃、丈はキングジョーの艦内に戻っていた。

 ドナーに搭乗し、一パイロットとして戦場の中にいるよりも、戦艦の中にいた方が広い視野を持って全体を見渡せるのだ。


「青の軍はいい連係をしている。……ミリアの指揮か」


 戦闘空域に目をやる丈の眉が歪む。

 青の国は、クィーンミリアを軍の中央に配し、その周囲をラブリオンが数機ずつのコンビネーションを組んで固めている。

 青の軍は決して一機のラブリオンが単独で戦うということをしなかった。コンビを組んでいる僚機、そしてクィーンミリアの砲撃、それらと連係をはかって戦っている。

 それらはすべてミリアの指揮によるものだった。


 それとは対照的に、赤の国のエレノアは戦闘に関する指示は何も出してはいなかった。彼女がキングジョーにいる理由は、軍の象徴として戦意を高めるためであり、それ以上のことは求められてはいない。女王であるエレノアが戦場に出るようなことは今までに一度もなかったのだから、指示を出せないのは当然のことだった。


 しかし、それはミリアにしても同じこと。では、二人の差は何に起因するのか。

 それは、ミリアの素養による部分もあるだろうが、彼女が愚鈍な王女を演じていた時に密かに行ってきた戦術研究が大きく影響していた。机上の訓練とはいえ、ミリアの深い思慮と洞察力があれば、それは精度と真実味のあるシミュレーションになる。その積み重ねが、この戦場のただ中にあっても、ミリアに冷静で正確な判断を下させていた。

 とはいえ、ミリアとて、今のような自分が女王となって軍を率いる事態を想定していたわけではなく、多分に趣味的な衝動により行っていたに過ぎない。


 しかし、この差は椎名と丈の立ち回りに大きな違いをもたらしていた。

 椎名が戦闘指揮をミリアに任せ、自身はラブリオンでの戦闘だけに専念できるのに対し、丈はパイロットとして戦うだけでなく、ミリアに対抗するために軍の指揮も執らねばならなかった。。

 これだけを見ると、エレノアよりもミリアの方が優れているように映るが、単純にそうだと言い切ることはできない。

 エレノアは今まで、象徴としてでもなく、傀儡としてでもなく、名君と言われる女王として君臨してきた。小国である青の国がここまで存続してきたのも、彼女がいたからだと言っても過言ではない。

 だが、その彼女も国として進むべき指針のような大きな方向性に関しては指示しても、その先の個々の細かなことまでは指図しない。それは臣下の仕事なのだ。

 その結果、エレノアは戦略的な事柄に関してはミリア以上の力を示すことができるが、戦術的なレベルの問題に関しては彼女に劣ってしまうことになっていた。


「第二陣出撃!」


 何もできない自分に臍を噛むエレノア。その横のキャプテンシートに着いた丈の命令により、キングジョーの中に待機していた部隊が飛び出した。


「第二陣がすべて出次第、第一陣の損傷機は帰艦せよ」


 戦艦のなかった時の戦闘においては、一度戦闘が始まれば、兵の体力とラブリオンは減るだけだった。そのため、長期戦になればなるほど戦いはだれたものになっていく。特に、一旦引く場所のない攻撃側は。

 そこで丈は、戦艦があることを利用し、軍をわけて最初の部隊が疲弊したところで温存しているフレッシュな部隊を投入し、常に戦闘部隊を活気にある状態で維持させることにしていた。

 また、マシンに被害を受けたり、体力的に低下した場合は、艦に戻して修理・補給をさせ、英気を養わせてから再び戦場に戻らせる。そうやって、常にパイロット、ラブリオン共に常に充実した状態で戦わそうというのだ。


 戦いは熾烈なものとなった。

 丈の作戦はうまくはまり、兵達を常に高いテンションで戦わせることに成功している。戦艦があるため補給も容易に行え、その激しい攻撃は途切れることがない。

 だが、一方の青の国とて負けてはいなかった。

 元青の国と元茶の国の混成軍である赤の国と違って、青の軍の攻撃は息があっている。味方の死角をフォローし、一機のマシンに複数で当たるというコンビネーションは、軍がよくまとまり、個人個人が自分の果たすべき役割を熟知しているからこそできるわざである。


「ここまで激しい抵抗にあうとは……。これ以上ここに留まっても被害を増やすだけか」


 ミリアが立ち上がることはある程度予想できていた。だが、ミリアの能力がここまでのものだとは、さすがの丈でも予測不可能だった。

 青の軍の火線にさらされるキングジョーのブリッジで丈は引き時を考える。


「――ん。ブラオヴィントと……あれはルフィーニのラブリオン。まだ戦い続けていたのか」


 戦場の奥深くのところで、いまだ激しく火花を散らしている二機のラブリオンが丈の目に止まった。

 青の軍の中でも主力中の主力である椎名のブラオヴィントをここまで抑え込んできたのはルフィーニの大きな功績といえる。椎名の相手をしないで済んだぶん、丈が指揮に集中できたことは赤の国にとって大きい。

 しかし、ルフィーニがここまで踏ん張ってさえ、青の国と互角の戦いしかできないというのは、丈にとっておもしろくないことだった。


「しかし、ルフィーニのやつ、敵陣深くまで引き込まれすぎだな。……援護を回すか?」


「ジョー様?」


 エレノアの呼びかけにも、視線を集中させたままの丈は応えない。無視するというよりは、気づかないといった風だ。

 丈は常に周囲に気を配っているタイプだが、いざという時の集中力は並ではない。

 エレノアもそのことはわかっていたので、気にすることもないかと思った。──が、エレノアはそれとは違う不可解さを感じた。その原因はラブパワーの流れ。エレノアには、ドナーから前線の方へ流れて行く丈のラブパワーがはっきりと感じられた。


 丈の大きなラブパワーは、赤の国の兵すべてを包んでくれている。それほどまでに丈のラブパワーは強大だ。そして、エレノアは常に自分の方へも流れてきて、温かく包み込み、力を与えてくれている丈のラブパワーを感じていた。そのラブパワーは、ほかの兵達のところへ流れて行くものよりも、強くて温かい。そのことに、エレノアは幸福を感じていた。

 しかし、今丈から放たれているラブパワーは、エレノアのところへ注がれるものよりも、大きくて深く、温かさを通り越して激しい熱ささえ感じる。


(な、何なの!? このラブパワーは!?)


 胸が締め付けられる。頬を冷たい汗が伝う。初めて感じる嫉妬の感情。緊張感に差苛まれた王位継承の儀式の時よりも激しい鼓動にエレノアは戸惑いつつ、丈の視線の先を追う。


「ルフィーニ? ……まさかジョー様はルフィーニのことを!?」


 丈の瞳の行き着く先にあるのはルフィーニのラブリオン。

 エレノアの瞳が丈の横顔とモニターとをしばし行き来した後、モニターに釘付けになる。

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