第6話 初陣
ルフィーニのラブリオンを先頭に、椎名たちは飛行を続けた。
これが遊覧飛行ならどんなによかったか。
だが、今の椎名には空からの景色を楽しむ余裕はない。
最初に空に舞い上がったときこそ、椎名はその爽快感に酔いしれたが、13機のラブリオンで編隊飛行を続け、敵の偵察部隊との距離が詰まっていくのを実感するごとに、緊張感が増してくる。
「本当にこんなロボットに乗って戦闘をするのかよ……」
周囲360度透過して、今の椎名はまるで空中に座っているかのよう。
上には蒼天、下には地球とは違う世界の地面、前後左右には味方のラブリオン。
これがゲームなら、最高峰のリアリティと臨場感だ。
しかし、これはまごうことなき現実。
「やるしかないんだよな……」
前方に茶色のラブリオンの姿が見えてきた。
敵国のラブリオンに間違いない。
ただし、相手はただの偵察部隊。数は10機。13対10、数の上ではこちらが勝る。
武装については、飛行中にルフィーニから説明を受けていた。
ラブリオンの主な武器は二つだけ。
一つは、ラブブレード。10m程の大きさのラブリオンが持つ、金属製の剣だ。
とはいえ、この大きさの金属を鋭利な剣に鍛造する技術があるわけではない。形こそ剣の形をしているが、その鋭さも強度も、そのままならば鉄の棒程度のものでしかない。
だが、ラブリオンを通じてパイロットのラブパワーが流れ込んだとき、その剣はピンク色の光をまとい、鉄をも切り裂くラブブレードへと変わる。
もう一つの武器は、ラブリオンの掌にラブパワーを集中させ、光の弾として放つラブショット。ラブブレードが接近戦用の武器なら、このラブショットは飛び道具だ。
人間同士の戦いならば、剣よりも弓や銃のような飛び道具のほうが、射程でも威力でも優る。だが、ラブリオンによる戦いでは、その立場は逆転する。ラブブレードにはパイロットのラブパワーが注がれ続けるため常に高威力が維持されるが、一時的に溜めたラブパワーの光弾を放つだけのラブショットには、射程こそ長いものの、威力に関してはラブブレードと比ぶべくもない。
いよいよ椎名の目に映る敵のラブリオンの編隊の姿が大きくなってきた。
敵ラブリオンの手にピンク色のラブ光が収束していくのが見える。
味方機を見れば、同様にラブショットを放つためのラブ光を溜めていた。
椎名が何もできないままそれを見ているうちに、両陣営からラブショットの流星のように放たれる。
この距離では、空中でラブショットの威力も減退するため、当たっても致命的な一撃にはならない。だが、牽制として十分。
両陣営とも、隊列がわずかながらに乱れる。
続いて二射目のラブショットの雨。
回避のために編隊はさらに乱れ――そして、ラブブレードに光を灯しながら空中での乱戦へと移っていく。
◇ ◇ ◇ ◇
椎名の上で下で横で、青色と茶色のラブリオンが飛び回る。
前後左右360度の地上戦ならゲームでも経験していたので、ある程度は対応できたのかもしれない。だが、上下も合わせた全周囲の戦闘に、椎名はただ圧倒された。
ラブブレードを構えたはいいが、何もできず、空中を動き回るだけだった。
それでも、一箇所に留まっていなかっただけマシだった。
もしそんな動きをしていれば、椎名の乗るブラオヴィントはすでにこの戦場から消えていただろう。
ふいに椎名の側で光が閃いた。
茶色のラブリオンが燃え上がり、炎をまといながら地表に降下していく──それはもはや落下だった。
それが椎名のブラオヴィントであっても不思議ではないのだ。
ブラオヴィントに向けて敵の一機が、武器を所持していない左手にピンクの光を蓄えた。最初は小さかったその光が、風船を急激に膨らませたかのように膨れ上がっていく。
ブラオヴィントの椎名は、コックピットの中でその敵機の動きを捉えていた。だが、見えているからといって、必ずしもリアクションを起こせるというものでもない。特にこれが初陣である者ならなおさら。
「ど、どこに動けばいいんだ? 上か? 下か? 右か? 左か?」
ラブリオンを動かすのに複雑な操作は一切必要としない。
パイロットが頭の中で動くイメージさえすれば、それがラブパワーを通してダイレクトにラブリオンに伝わり、ラブリオンはその通りに動いてくれる。
しかし、そんな便利な能力も、冷静さを欠き、混乱するだけの人間の前では何の役にも立ちはしない。
容赦なく放たれる
「う、動けよ!」
椎名自身どう行動したのか覚えていないが、ブラオヴィントはなんとかすんでのところで、力ある光の弾を回避していた。
「はぁはぁはぁはぁ……」
運動したわけでもないのに、椎名の息はそうとう荒くなる。今の一撃かわすだけでも精神的疲労は相当なものだった。
椎名の頭の中では今も、次第に近づいてくるラブショットの軌跡が、何度も勝手にリプレイされ、心をますます追い詰めていく。
いまだ平常心を取り戻せない椎名に、新たなる敵が仕掛けてきた。右手に持ったピンク色に
空中戦では、前後左右だけでなく、上下方向もあわせた三次元でものを見なければならない。
だが、それは口で言うほど簡単なことではなかった。
初めてラブリオンに乗り、初めて戦場に赴き、雰囲気に完全に飲み込まれてしまっている今の椎名では、その敵の存在に気づくのが遅れるのも仕方のないことだと言えた。
ただ、その遅れは、即、死へと直結する。
敵はもうすぐそこまで肉薄してきていた。陽の光を受けてさらに輝きを増すラブブレードがすぐそこに迫る。
「────!?」
そこまできて、ようやく椎名はその敵の存在に気づくに至った。
しかし、この距離ではもはや回避運動を起こしても間に合わない。
椎名は油断していた自分を棚に上げ、心の中で意地の悪い運命の女神に呪詛の言葉を吐く。
──だが、運命の女神はまだ椎名の生き様を見たいらしかった。
敵のラブブレードがブラオヴィントのコックピットを覆う装甲に達する前に、横合いから飛び込んできたラブショットがその敵を弾き飛ばした。
更に、態勢を崩しているそのラブリオンの横を一陣の黒い風が通り過ぎる。
その風の正体は黒いラブリオン。
風が駆け抜けた跡では、先程のラブリオンが炎と煙の花を咲かせている。黒いラブリオンがすれ違い様に放った疾風迅雷の一撃が、装甲をたやすく突き破り、致命的なダメージを与えていたのだ。
青色、あるいは茶色を主体とするボディカラーをしたマシン群の中で唯一どちらにも類しない黒色をしたラブリオン――丈の駆るドナー――は、ブラオヴィントを見下ろすように滞空する。
「シーナ、こんなところで死ぬつもりか!?」
ラブパワーを介して無線のように、丈の声が聞こえてきた。
「お前はこんなところで死ぬ男じゃないだろうが!」
その声が嘲るつもりで放たれのでないことは、丈の口調から知ることができる。それは友人を心配し、叱咤する声。
だが、椎名にはそうは聞こえない。その声は、椎名の神経を激しく刺激する。
椎名は丈だけには負けるわけにはいかなかった。
「お前にばかりいい格好させるか! 俺はお前には負けん!!」
丈に対する羨望、嫉妬、対抗心、恨み、それらの感情が椎名に恐怖を忘れさせた。
そうなれば椎名の
敵の一機に目を止めた椎名は、滑るようにブラオヴィントを前進させた。その素早さは先程までとは雲泥の差。周りのラブリオンの中でも突出している。
その動きに気づいた敵は迎撃のためにラブブレードを持つ右腕を振り上げた──が、その時にはすでにブラオヴィントはその懐の中に飛び込んでいた。まずは下から斬り上げ、ラブブレードを持つ敵の右腕を切断する。
通常、ラブブレードで斬られた断面はえぐり取られたような荒さを見せるのだが、ブラオヴィントによるそれはまるで達人が居合いで藁を斬ったかのように綺麗に斬りそろえられていた。
「なんて、速さだ……」
呆然と呟くそのラブリオンのパイロット。だが、彼の悲劇はこれからが本番だった。
ブラオヴィントは、その斬り上げたラブブレードを曲線運動させることにより無駄なく反転させ、元の速度を保ったまま敵機を袈裟掛けに斬り下ろす。マシンの胸部から腹部にかけて存在するコックピットの中のパイロットは、断末魔の悲鳴を上げる間もなく絶命した。
ブラオヴィントの後方上空には、その様子を見ており、撃墜後のスキをついて倒そうと目論む敵ラブリオンがラブショットの狙いを定めていた。
だが、椎名はその敵の動きをも把握していた。
ブラオヴィントは今倒した敵の爆発に巻き込まれないよう少し後退すると、半身の姿勢になって素早く左腕を後方斜め上に突き出す。そして、ラブショットのエネルギーを溜める時間も、照準を定める余裕もないような短時間ピンクの光弾を撃ち出した。その前からブラオヴィントを狙っていた敵機の方は、いまだ放てずにいるのにもにかかわららず。
ブラオヴィントから発射されたラブショットは、かつてない程の激しい輝きと速度で敵に迫り、ラブショットを撃てずじまいで終わったパイロットを爆炎の中に沈めた。
丈に助けられてからまだ一分と経っていない。椎名はそのわずかな時間の内に二機のラブリオンを撃墜したのだ。
ここで椎名は敵を倒したことにより、興奮するよりもむしろ冷静になることができた。
「……大丈夫だ。これなら、いける!」
再び空を滑るように舞うブラオヴィント。
その動きには、もう焦りも迷いもなかった。
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